夏至祭 4
「良かったです。私の手作りなので」
「なに!?」
バーク様が叫びながらガタッと椅子を倒す勢いで立ち上がる……が、頭にのせていた花冠が落ちそうになり、慌てて頭を押さえて座った。
その様子に私はおずおずと訊ねた。
「あ、あの、やはり、美味しくなかったでしょうか?」
「そうじゃない! 他にミーの手作りのケーキはあるのか!?」
その勢いに押されるように頭を横に振る。
「い、いえ。これだけです。使用人の方々に祭りの説明もしていたので、このケーキを作るだけで精一杯でした」
すると、紫黒の髪がバッと他のテーブルに並ぶの方へ向いた。その先にあるのは夏至祭用の料理の数々。
「料理は作ったのか!?」
「ケ、ケーキを作るだけで精一杯だったので、作れませんでした」
私の説明にホッするバーク様。
「よし! じゃあ、オレが全部食べるぞ!」
「で、ですが、このケーキは大きいですし、他の料理もありますし」
「夏至祭は料理も食べないといけないのか?」
「そんな決まりはありませんが……」
「なら、問題ないな!」
そう言って再びケーキにフォークを刺す。
その勢いを私は止めることができず……
「あの、無理はしないでください。残りは私が食べますので」
心配する私にバーク様がピタリと手を止めた。
「そうだな。ミーも一緒に食べよう」
「え?」
逞しい腕が伸びてきたかと思うと私の腰を掴み、軽々と持ち上げた。
「あ、あの……!?」
気が付けば椅子に座ったバーク様の膝の上。
「ほら、うまいぞ」
目の前にはフォークが刺さったケーキに、笑顔で見つめる黄金の瞳。
餌付けというか、あーん、の状態。
「え、あの、その……」
恥ずかしいけれど、バーク様が止める様子はない。たぶん、私が食べるまでこのままだろう。
(それなら……!)
私は覚悟を決めてパクリと食べた。
シン様が作ったケーキほどではないけれど、さっくりとしたスポンジに適度な甘さのクリーム。そこに瑞々しいイチゴの酸味が後味をスッキリさせる。
「……美味しいです」
私の感想にバーク様が破顔した。
「だろ! ミーはお菓子作りも上手だな! これなら毎日食べられるぞ!」
「そ、そんな! 褒めすぎです!」
ワタワタしているとバーク様が私の顔を見て動きを止めた。
その真剣な眼差しに、ふわふわと私の浮き上がっていた気持ちが鎮まる。
「どうかされました?」
「ちょっと動くなよ」
褐色の大きな指が私の耳を撫で、そのまま顔が近づく。
その近さにキュッと目を閉じると、唇の端をペロリと舐められた。
ポンッ!
これもキス判定になるらしく、白金髪の隙間から猫耳と、お尻からはふわふわの尻尾が現れる。
でも、そのことも忘れるほど私は動揺していて。
「え、あ、ふぁ……」
言葉が出ず、目を丸くして、あわあわと口を動かすだけ。
すると、バーク様が悪戯をした子どものようにニヤリと笑った。
「クリームがついていた」
その言葉に、かぁぁぁと顔が熱くなる。
顔……いや、全身が真っ赤になっていると思う。猫耳がペタッと伏せ、尻尾の毛がボフッと膨らむ。
「は、恥ずかしいです!」
両手で顔を隠して俯く私にバーク様のおおらかな声が耳を撫でた。
「最近はずっと書類仕事で忙しかったからな。こうして、ミーを補充するのもいいだろ」
「補充の仕方に問題がありますぅぅぅ」
恥ずかしすぎて顔をあげられない。
たぶん、きっと、絶対に、使用人Aの方々やギルトの人々は気づいている。気づいているけど、気づいていないフリをして作業を続けている。
そんな状況を想像したら、どんな顔をしたらいいのか分からない。
(もう、いろいろ無理です!)
心の中で叫んでいると、男性しかいないはずの庭に女性の甲高い声が私の耳に刺さった。
「会いたかったわ! 綿菓子!」
ここにいるはずのない、聞き覚えがある声。
まさかの事態に私は羞恥を忘れて顔をあげた。
視線の先には長いスカートの裾を風に泳がせながら駆けてくる褐色肌の美女。一つにまとめた黒髪が優雅になびき、切れ長の赤い瞳がうっとりと私を見つめている。
思わぬ人物の登場にバーク様と私の声が重なった。
「クラ!?」
「クラ様!?」
いつもの竜族の服ではなく、この国の夏至祭の時に着る服。白いブラウスに刺繍で彩られた朱色のベストとスカート。そこに、白いエプロンとスカーフを身に着けている。
「この国の夏至祭をするって聞いたから、着てみたの。どう?」
跳ねるようにやってきたクラ様が私の前でクルリと一周した。スカートがふわりと風を孕み、柔らかく可愛らしい雰囲気で、普段と印象がまったく違う。
「お、お似合いです」
たしかに、これはこれで似合っている。ただ、驚きの方が強くて、私はそれ以上の言葉が出なかった。
そんな私の隣で、バーク様がクラ様を睨みながら怒鳴る。
「夏至祭のことを誰から聞いた!? そもそも、おまえは懲罰中だろうが!」
「細かいことは気にしたらダメよ。それでも、盟主なの?」
「まったく細かくないし、気にしないといけないことだろ!?」
バチバチと見えない火花をぶつけ合う二人。
そこでクラ様がフッと気配を緩めた。
「新しい魔道具の開発に協力した報酬として、夏至祭の参加の許可を得たの」
腰に手を当ててフフン、と鼻を鳴らす。
その態度と言葉に、眉間にシワを寄せたバーク様がオンル様がいる方へ怒鳴った。
「本当か!?」
祭りの指示をしていたオンル様が振り返り大きく頷く。
「開発に行き詰まっていた魔道具がありましたので、その内容をクラに相談したところ、問題点が解決したそうです。ですので、その対価です」
「なんで、オレに報告がないんだ!?」
「報告したら却下されるので。これぐらいなら、私の権限内のことですし」
「だからって……」
文句を言おうとするバーク様を紫瞳が冷たく貫く。
「不服なら、私が決済している書類の仕事もバークにまわしますけど?」
その言葉に強面が強張った。
ただでさえ苦手な書類仕事をこれ以上増やしたくないバーク様は目を閉じて頷く。
「そ、それなら、仕方ねぇな。とにかく、クラは大人しく過ごせよ!」
その言葉にクラ様が弧を描くように口角をあげた。
「もちろんよ。ほら、綿菓子、一緒に踊りましょう!」
魅惑的な笑みとともに両手を広げて私を誘う。
だが、それを逞しい腕が遮った。
「ダメだ! ミーはオレの側にいるんだ!」
言葉とともにバーク様がギュッと私を抱きしめる。
このことに、クラ様が綺麗な眉尻をあげて挑発するように言った。
「祭りなのに、楽しまないの? あ、盟主は踊れないんだっけ?」
「そんなことない! ……少し苦手なだけだ」
後半は小さく呟くような声だったが、しっかりと聞き取ったクラ様がプッと笑う。
「やっぱり踊れないんじゃない」
「だから、少し苦手なだけだ! 踊れないわけじゃない!」
「どうかしら?」
神経を逆撫でするような声音に、バーク様が強面を極悪面にして睨む。
でも、クラ様にはまったく効果がない。
この険悪な空気にギルドの方々がチラチラと警戒するようにこちらを覗き見ていた。一方で、このやり取りに慣れてしまった使用人Aの方々は、いつものことですから、と夏至祭の準備を進めていく。
この混沌な状況にハラハラしていると、バーク様がフッと余裕のある笑みになり、頭にのせている花冠を指さした。




