夏至祭 3
キッチンへ移動した私は、テーブルに置いてあるイチゴのケーキと、ティーセットをキッチン用のワゴンにのせていった。ただ、お祭り用のため大量にあるので全部をワゴンに乗せることはできず。
「……もう一度、運んだほうがいいですね」
ワゴンにのせられるだけイチゴのケーキをのせた私は再び庭へと移動した。
いつもは静かな庭。でも、今日は竜族のギルドのメンバーの方々が祭りの準備をする賑やかな声に溢れている。
その心地よい音に耳を傾けながら外へ出ると、強い太陽の光が目に刺さった。
「っ……」
その眩しさに思わず手で日陰を作ると、すぐに大きな影が私を覆った。
手を外すと、そこには花冠を頭にのせたまま満面の笑みで私を見下ろすバーク様。
「うまそうだな」
私に声をかけながら、さりげなくワゴンを押していく。
「バ、バーク様? 私がしますので!」
慌てる私に黄金の瞳がにっこりと笑う。
「みんなでやった方が早く終わるだろ?」
「そ、それはそうですが……」
よく見れば、いつの間にかバーク様の屋敷の使用人である使用人Aの方々が次々と料理を運んでいる。
ちなみに、使用人の方々の名前は教えてもらえないまま。使用人の方々も名前を知られたくないようなので、使用人Aの状態が続いていた。
(不便はありませんが、使用人の方々の名前をお伺いするとバーク様が険しい顔をされるんですよね)
バーク様の嫉妬心を浴びたくない使用人Aの方々が必死に名前を隠しているなんて知らない私。そのうち名前を聞けたら……と、軽く考えていると、バーク様から声をかけられた。
「これをテーブルに並べたらいいのか?」
「はい。まだ残りのケーキがキッチンにありますので、運んできます」
「残りのケーキも運んでまいりましたよ」
その声に振り返ると目が糸のように細い使用人Aが穏やかに微笑んでいた。
「あ、ありがとうございます」
慌てて頭をさげる私に糸目の使用人Aがそっと囁いた。
「ミランダ様のイチゴのケーキはあちらへ置いておりますので」
言葉とともに手で示した先は並んだ長テーブルから少し離れたところに設置された円形のテーブル。真っ白で少しオシャレなデザイン。
その真ん中にちょこんと鎮座する少し不恰好なイチゴのケーキ。
手際の良さにもう一度お礼を言おうとしたら、背後から逞しい腕が私を抱きしめた。
「ミーに近づきすぎるな」
ジロッと黄金の瞳が糸目の使用人Aを睨む。強面の顔が極悪面になり、普通なら悲鳴をあげて逃げ出す様相。
でも、糸目の使用人Aは慣れた様子で、はいはいと一歩さがった。
「残りの準備は私たちがしておきますので、バーク様とお二人でお先にケーキをどうぞ」
それだけを言うとクルッと鮮やかに踵を返して他の使用人Aたちのところへ移動した。
その後ろ姿に何かを感じ取ったのかバーク様が首を捻る。
「……なんだ?」
妙なところで勘がいいバーク様。
私は気づかれる前に袖を引っ張って声をかけた。
「あ、あの、せっかくですので、ケーキを食べましょう」
「そうだな」
糸目の使用人の言葉に甘えて、私たちはケーキとティーセットが準備された円型のテーブルに移動する。
私は少し不恰好なホールのイチゴケーキを切り分けて皿にのせ、頭に花冠をのせたまま椅子に座ったバーク様へ差し出した。
「どうぞ」
「ミーは一緒に食べないのか?」
上目遣いで私を見つめる黄金の瞳。
いつもなら背が低い私が見上げるため、滅多に見ることがない角度の表情。その姿に胸がキュンとなる……が、今はそれより大事なことがある。
「あ、あの、まずはバーク様が食べてください。このケーキを食べるのは初めてですよね? お口に合うか教えてください」
「……わかった」
どこか疑いつつも褐色の指がフォークも持つ。
三角形に切り分けたケーキ。スポンジの間に白いクリームと沢山の赤いイチゴが挟まり、少しガタガタな三色の層を作っている。
バーク様はケーキを崩さないようにフォークでケーキの一部を切り取ると、そのまま口の中へ入れた。
「……ん」
ペロリと唇についたクリームを舐め、しっかりと咀嚼をしてケーキを味わう。その姿がなぜか艶っぽく見えて、余計に胸がドキドキして。
「あ、あの、お味はどうでしょう?」
我慢できなくなった私は胸を押さえて訊ねた。
すると、太い首にある喉仏が上下して、強面が私の方を向いた。夏の爽やかな風が紫黒の髪をかきあげ、その下にある黄金の瞳に緊張で強張る私の顔が映る。
「うまいぞ」
偽りのない様子にホッとする。
緊張が解けた私は笑みとともに、ポロッと言葉をこぼした。




