かまくらを作ろう 後編
西の空が橙色に染まり、風が冷たさを増してきた頃、バーク様が大声とともにリビングに飛び込んできた。
「できたぞ!」
じわじわと雪のドームに人が入れるだけの穴をあけるため、魔法で出した小さな火で溶かし続けていたバーク様。
少しずつ魔法を使うのは、大変だったようで顔には疲労の色があり、全身からシューと白煙が上りそうなほど。外は寒かったはずなのに、薄着で汗までかいている。
「お疲れ様です。先に汗を拭かないと風邪をひいて……」
「それより、来てくれ」
バーク様が私の手を掴み、裏庭へと走る。
その先にあったのは、人が一人通れそうな穴があいたドーム。
中は少し広くなっていたけれど、それでも人が一人入れるぐらい。私なら余裕だけど、立派な体躯のバーク様だと少し窮屈かもしれない。
(どうしましょう。オンル様から教えていただいた『かまくら』より、かなり中が小さいです)
私は準備したアレコレをどうするか考えながら視線を隣にずらした。
そこには満足そうに『かまくら』を見つめるバーク様。こうなったら、このままどうにかするしかない。
計画を実行するため、私はバーク様に提案をした。
「あの、このままだと汗が冷えて風邪をひかれるかもしれません。先に汗を流して服を着替えてはいかがでしょう?」
「お、そうだな。飯の前に汗を流してくるか」
バーク様が疑問に思うことなく私とともに屋敷へ戻る。
そこに、こっそりと入れ替わるように使用人Aの方々が裏庭へ移動した。私がお願いした物を持って。
※
汗を流して着替えたバーク様がリビングに現れた。
「……あれ? ミーは?」
キョロキョロと私を探すバーク様。
そこにオンル様が声をかけた。
「毛玉から伝言です」
「ミーから、伝言?」
バーク様の訝しむような声とともに鋭い気配がソファーの裏へ注がれる。その様子を見ることが出来ない私は、思わずキュッと体を小さくまるめた。
ドキドキしている私を無視して、オンル様が淡々と話を続ける。
「はい。裏庭に来てくれ、だそうです」
「なんでだ?」
「見せたいものがあるそうですよ。そのために、いろいろ準備していましたから」
(オンル様! しゃべり過ぎです!)
私は叫びたい気持ちを必死に抑えた。
一方のバーク様は、先程までの疑念が吹っ飛んだようで。
「ミーがオレのために!? すぐ行く!」
バタバタと走っていく足音がして、ドアが勢いよく閉まった。
「さて、これで良かったですか?」
オンル様がソファーの影に隠れていた私に声をかける。
(ありがとうございます)
声が出せない私は頭を軽くさげ、足音をたてずにバーク様の後を追った。
「ミー、どこだ?」
すでに日が落ちて暗くなった裏庭。けど、満天の星と満月の光が白い雪を照らしており、ぼんやりと景色が見える。
そこに、バーク様の足元にある小さな灯りが灯った。『かまくら』までの道に置かれたキャンドルに火が付いていく。
「このまま進めってことか?」
大きな足がゆっくりと歩いた先。昼にバーク様が一生懸命に作った『かまくら』が無数のキャンドルによって幻想的に浮かびあがる。
バーク様が苦労してあけた穴の床には小さな絨毯が敷いてあり、座ってくつろげるような仕様に。ただ、少し狭い。
キャンドルも敷物も私の提案を聞いた使用人Aの方々が準備をしてくれた。
「入れってか?」
靴を脱いだバーク様が身を屈めて『かまくら』の中へ入る。あぐらをかいて座ったところで、私は走り出した。
「ミー!」
私に気が付いたバーク様がコートの前を広げる。
「んゃ!」
(えい!)
冷たい風から逃げるようにスポッとバーク様の懐に入った。全身を包む温もりと太陽の匂い。
「どうして、猫なんだ? ……もしかして、一緒に『かまくら』に入るためか?」
「……にゃ」
(……はい)
ちょっと恥ずかしくなった私は俯いた。
人のままでは二人一緒に入ることができない。なら、私が小さくなればいい。でも、形振りかまわず呪いを利用しているようで……
ガサリ。
ずっとくわえていた袋が音をたてる。
「ん? 何をくわえているんだ?」
「うにゃあ。んみゃ」
(そうでした。どうぞ)
私は袋を褐色の手に置いた。オレンジのリボンで可愛らしくラッピングをされ、私が運ぶには大きかったけど、不思議なことにバーク様の手の中では小さく見える。
「甘い匂いがするな。開けてもいいか?」
「にゃ」
(はい)
筋張った太い指が優しく大事そうにリボンを外す。
袋をあけると、バターと甘い香りが『かまくら』の中を満たした。
「クッキーか。もしかして、ミーが作ったのか?」
「にゃ。うみゃにゃぁ……」
(はい。お口に合うといいのですが……)
オンル様から『かまくら』の説明を聞いて、本当は別のモノを準備していたけれど、この広さでは無理なので、食後に食べる予定だったクッキーだけにした。
バーク様が黄金の瞳を細めてクッキーをうっとりと見つめる。
「食べるのがもったいないな。保存魔法をかけて……」
以前にも聞いたようなセリフ。バレンタインでフォンダンショコラを作った時も同じようなことを言っていたような。
このままでは進まないため私はクッキーを持っているバーク様の手をペチペチと叩いた。
「みゃうにゃ!」
(早く食べてください!)
ハッと我に返ったバーク様が残念そうに視線をおろす。
「えっと、食べないとダメか?」
「みゃ! うみゃ、にゃにゃにゃ」
(ダメです! 美味しければ、また作りますから)
「また作ってくれるのか!? なら、今度は一緒に作ろうな!」
猫語なのに何故かバーク様に伝わったらしく、笑顔でクッキーを口に入れる。
「ん! うまい!」
サクサクと軽い音をたてながら、あっという間に完食。その様子に私はホッとした。
「にゃんみゃあう」
(お口に合ったようで良かったです)
視線を外に向ければ、キャンドルの揺れる無数の火。真っ白な雪の中で、幻想的な世界。
ぼんやりしていると、ギュッと抱きしめられた。
「ありがとうな、ミー。オレがもっと大きな穴にしていたら、人の姿で入れたのに」
「にゃ、んにゃ」
(いいえ、大丈夫です)
「……ミー」
そっとバーク様の顔が近づいてくる。
(まさか、ここで鼻チューを!? 人に戻ってしま……)
ギュッと目を閉じたところで、愛おしむように私の頬にバーク様の頬が触れた。太陽の香りが鼻に触れ、バーク様の息遣いが耳を揺らす。
ドキドキと胸の音が高鳴り、バーク様にまで聞こえそう。
恥ずかしさで熱くなっていると、淡々とした声が『かまくら』の外からした。
「そろそろ食事にしたいのですが、よろしいですか?」
オンル様の声で現実に戻る。
「……そうだな」
バーク様が私を抱いたまま、どこか名残惜しそうに『かまくら』から出る。
キャンドルの火で飾られた道を歩きながら、バーク様が私に囁いた。
「今度はもう少し大きな『かまくら』を作るから、そうしたら一緒に入ろうな」
「ぴゃ!?」
(えっ!?)
上をむけば暗闇でも分かるほど顔を赤くしたバーク様。私も恥ずかしくなって……
返事の代わりに、厚い胸板に顔をこすりつけた。
~おまけ~
人の姿に戻った私はバーク様が待つ食堂へ移動した。
大きなテーブルの上には火の魔法石の上に置かれた鍋が二つ。
いつもは見ない状況にバーク様がオンル様に訊ねる。
「なんていう料理だ?」
「オイルフォンデュとチーズフォンデュという料理です。細い棒の先に食材を刺して、鍋の中に入れて食べます。ちなみに、透明な方には油が入っておりまして、肉などを揚げます。黄色の方はチーズが入っておりまして、茹でた野菜などを付けて食べます」
「旨そうだな!」
子どものようにウキウキとしているバーク様。
「本当は毛玉が『かまくら』の中で食べるように準備していたんですけど」
オンル様の言葉にバーク様が固まる。
私は慌てて説明した。
「あの、オンル様から『かまくら』は中で鍋を使った料理を食べると教えていただきまして。この国で鍋を使った特別な料理をバーク様に食べていただきたいと準備を……」
そこで、バーク様が叫んだ。
「『かまくら』の穴を広げてくる! ミーと一緒に『かまくら』の中で食べる!」
「え?」
止める間もなく食堂を飛び出したバーク様。そして、裏庭から大きな炎と白い煙が噴き出し、『かまくら』は跡形もなく消えました。
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