バークの不思議な夢
寒い冬の日々だが、太陽が沈んでからより一層冷え込む。今日は一年の終わりであり、新しい年が始まる特別な夜。
年越しの瞬間を一緒に過ごしたいというミーからの可愛いお願いを叶えるため、自室にコタツを出し、二人で温かく過ごせるように準備していた……はずだったのだが。
「ここ、どこだ?」
見渡す限り雪だらけ。まばらに生えている木もすべて雪で覆われて、銀世界という表現も納得してしまう。
ただ、これだけの雪なのに、不思議と寒さを感じない。
「……なんだ? オレの部屋にいたはずなのに、どういうことだ?」
状況を把握できてないオレが戸惑っていると、鈴を転がしたような声がした。
「バーク様」
驚きとともに振り返る。そこには、いつものように可愛らしい笑みを浮かべたミーが。
「どうして、ここに? いや、ここはどこなんだ?」
慌てて駆け寄るオレとは反対に、ミーがおっとりと口を開いた。
「見てください。とても、綺麗ですよ」
白い手が世界を撫でるように動く。
すると、頭上から一本の光が降り注ぎ、周囲の空気が煌めいた。何もないのに、キラキラと輝く不思議な光景。
呆気にとられているオレに、ミーが説明する。
「とても寒い日に見ることができて、『天使のささやき』と呼ばれているそうですよ」
この言葉にオレは少し前にミーが持ってきた一冊の本を思い出した。
それは、北国のことが書かれた本で『天使のささやき』についての記載もあった。その時は一緒に見たいな、と一緒に話したが……
「これが『天使のささやき』か。たしかに綺麗だな」
周囲の煌めきに目を奪われていると、ミーの姿が消えた。
「ミー? ミー!? どこだ!?」
オレの叫び声とともに世界が闇に包まれる。
それから、パッと明るくなり、知らない部屋になった。
絨毯が敷かれ、小さな棚や階段、積み重なった箱などがある。そして、よく見ればいろんなところに猫が……
「っ!?」
思わぬ光景に声が出そうになり、急いで両手で口を塞いだ。
普段ならオレの魔力で小動物は逃げ出す。それなのに、ここにいる猫たちはそういう様子がまったくない。どの猫も毛づくろいをしたり、あくびをしたりと、のんびりしている。
オレは恐る恐る足を踏み出したが、猫たちは逃げる様子もない。
「……すげぇ」
部屋の中を歩きながらオレは猫たちを観察した。
どの猫も白金髪色のふわふわとした毛で水色の瞳をしている。
「ミーと同じ色だな」
しばらくして猫たちが少しずつオレの足元に集まってきた。
「ミャー」
「にゃう」
「うみゃーん」
スリスリと足に体をこすりつけてくる猫たち。まるで天国のような光景にオレの心が震える。
「クッ!」
両手で顔を押さえ、天を仰ぐ。そこで、小さな声が耳に触れた。
「ミャウ……」
フッと頭がクリアになる。
その声に導かれるように、オレは足を動かした。集まった猫たちを踏まないように慎重に、けど素早く。焦る気持ちを抑えて目的地へ急ぐ。
部屋の隅。ふわふわな布で作られた箱の中を覗く。
顔を隠し、小さく丸まった体。
他の猫たちと同じ容貌。
でも、違う。
「ミー」
オレの声に小さな耳がピクリと動く。それから、顔をあげた。
丸い水色の瞳がオレを見上げる。
「にゃ」
心をくすぐる柔らかな声。
オレは手を伸ばして小さな体を抱き上げた。いつも触れている柔らかで滑らかな白金髪色の毛。腕に馴染んだ重さと温もり。
「やっぱり、ミーが一番可愛いな」
「みゃぁ」
恥ずかしそうに俯く。その動作も、存在も、すべてが愛おしい。
そこで再び世界が闇に。
次に現れたのはオレの屋敷のリビング。目の前には人の姿のミー。
「は?」
何がなんだか分からないオレにミーが一本の棒を差し出した。
「バーク様、ゲームをしましょう」
「へ?」
「このお菓子の両端をくわえて食べ進め、先に口を離した方が負けになるゲームです」
「ちょ、それだと……」
二人とも口を離さなかったら……
顔が熱くなるオレの口にミーが菓子を差し込んだ。
「では、バーク様」
いつになく積極的なミーに押されて覚悟を決める。
なぜ、こんなことになっているか分からないが、ミーとのゲームなら何だってするし、こんな可愛いことなら断る理由は、どこにもな……
と、考えていたらオレの前にオンルが。長い白銀の髪が揺れ、感情が見えない紫の瞳がオレを睨む。
「では、オンル様とゲームを……」
ミーの楽しそうな明るくも無情な声。
オレはくわえていた菓子を外して叫んだ。
「なんで、そうなるんだ!?」
「バーク様?」
ハッと目を開けると、正面にはミーの顔。いや、正確には真上からオレを見下ろしている。
「オ、オレは……?」
よく見れば、ここはオレの部屋。
「寝るならベッドでお休みください」
コタツに入ったまま、うたた寝していたらしい。
ただ、枕はなかったはずなのに、頭元が柔らか……
「膝枕!?」
オレはやっと状況を理解した。コタツに入ったまま、頭はミーの膝の上。
「わ、悪い! 重かっただろ!」
体を起こそうとして、白い手がオレの髪に触れた。
細い指がゆっくりと優しく撫でる。
「そんなことありませんよ。それに、いつもと反対ですね」
「反対?」
穏やかに触れるミーの手が気持ちよく、つい力を抜いてしまった。
柔らかな膝の感触とともに甘い匂いに包まれる。そこで再び頭を撫でられた。
「バーク様は猫の私をこうして膝にのせて撫でてくださいますので」
そう言われれば、確かにいつもと反対だ。だが……
「猫のミーじゃなくても、膝にのせて撫でてもいいぞ」
「ふぇ!?」
驚きの声とともに手が止まる。
「膝で撫でられるっていうのは、こんなに気持ちよかったんだな」
柔らかな温もりに心地よい眠気がやってくる。
目を閉じそうになっているオレに慌てるような声が降ってきた。
「ですから、お休みになるならベッドで寝てください」
「んー……寝ないから、もう少しこうしていたい」
眠気のせいか、温もりが恋しいのか、ずっとこうしていたい。
そんなオレにフッと笑みが落ちた。
「なんか、甘えん坊みたいですね」
「……ダメか?」
自分でもいつもと違う感覚はある。
そっと視線をあげると、水色の瞳が優しく見下ろしていた。
「いえ。バーク様は毎日頑張っておられますから。たまには、こういう日もいいと思います。あ……」
「あ?」
ミーが何かに気づいたように窓の外を向く。
すると、リンゴーンと時計台の鐘の音が響いた。
「新しい年を知らせる音です」
「……そういえば、そうだった」
新しい年を一緒に迎えたいから、といろいろ準備していたのに。気が付けば寝ていた。
「悪い。すっかり忘れていた」
体を起こしたオレにミーが少しだけ眉尻をさげる。
「もう少し、このままでも……」
「ん?」
「い、いえ、なんでもありません。ところで、バーク様はどんな夢を見られていたのですか?」
唐突な質問にオレは固まった。
「夢?」
「はい。寝たままいろんな表情をされていたので。あ、決して、その顔を見るのが楽しくて起こさなかったわけではありませんから!」
なぜか慌てているミー。だが、オレはやっと腑に落ちた。
「あれは全部、夢だったのか。そういうことか」
一人納得したオレは立ち上がって準備していた酒とつまみを持ってきた。
「もう少しだけ、一緒に起きててもらってもいいか? さっき見た夢の話をしたいんだ」
「ぜひ、聞かせてください」
ミーがかすみ草のようにふわりと微笑む。
オレはグラスをコタツの上に置いて、淡い琥珀色の酒を注いだ。
新年だし、今夜ぐらいは二人で飲み明かしてもいいだろう。




