風邪をひいた日は~バーク視点~後編
トレイにミルク粥とその他もろもろを載せて歩く。立ち上る湯気にのってミルク粥の甘い香りが腹を刺激する……が、その後から他の刺激臭が襲ってくる。
オレはそれらを見下ろしながら力強く頷いた。
「これだけあれば、どれか効くだろ」
風邪の時にコレをしたら早く治るという噂の品々。これをすればミーの風邪はすぐに治るはず!
オレはミーの部屋のドアをノックした。
「どうぞ」
いつもと変わらない声にホッとする。
ドアを開けて部屋に入ると、ベッドから上半身を起こしたミーが迎えた。
「寝てないとダメだろ」
慌てるオレにミーが眉尻をさげて微笑む。
「少し寝たら体が楽になりました」
「そうか?」
オレはサイドテーブルにトレイを置いてミーの額に触れた。
「……確かに朝より下がっているが、いつもより熱いぞ」
「そうですか」
どこか悲しそうに目を伏せるミー。その様子にオレは慌てた。
「別にミーを攻めているわけじゃないぞ! 悪いのは風邪だ! そ、そうだ。ミルク粥を食べるか?」
「あ、はい。いただきます」
ミーがミルク粥を受け取ろうと手を出したが、オレは皿を自分の方へ引き寄せた。
「バーク様?」
可愛らしく小首を傾げるミーの姿にグッとくるものを堪えながらオレはスプーンを持った。
そのままミルク粥をすくって軽く息を吹きかける。湯気が消えたところで、ミーにスプーンを差し出した。
「え?」
丸い水色の瞳がますます丸くなり硬直する。動きそうにないミーにオレは訊ねた。
「こういう時は食べさせるんじゃないのか?」
昔、読んだ本に『風邪の時は食事の介助をする』と書いてあった。
(そういえば、その時の掛け声があったな。それがないからミーは戸惑っているのか)
納得したオレはミーに言った。
「ほら、あーん」
その声に水色の瞳が驚いたように揺れる。少し迷った後、おずおずと口を開き、パクンとミルク粥を食べた。
小さな口がもぐもぐと動く。その小動物のような愛らしい姿から目が離せない。
ジッと見つめていると、ミーが恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「あの、自分で食べますので……」
「ハッ! いや、これはオレの仕事だ! ミーは食べて寝るだけでいい!」
「ですが……」
「いいから。あーん」
ミルク粥をスプーンにのせて前に出す。始めは戸惑っていたミーだが、覚悟を決めたようにパクリと食いついた。
(やっぱり可愛い!)
オレの手から食べる、その光景が! なんとも言えない……いや、初めて感じる背中がゾクゾクする。ずっと見ていたいのに、襲いたくなるような……って、今は看病に集中だ!
必死に煩悩を払いながらミーにミルク粥を食べさせる。こうして苦行だが至福の時間を過ごし……
「ごちそうさまでした。ありがとうございます」
ミルク粥をぜんぶ食べ終えたミー。そのまま視線が隣に流れトレイに転がっているモノたちに気づく。
「あの、バーク様。それは……」
オレは転がっているモノの一つを手にとった。
「ミーの風邪が早く治るように準備したんだ」
「えっと……それらをどうするのですか?」
なんとなく顔を引きつらせているミーにオレは説明を始めた。
「これは生姜だ。首に巻くと風邪が早く良くなるらしいぞ。あと、これはニンニクを繋げてネックレスにした。首からかけると良いらしい。それと、蜂蜜を体に塗って叩くと悪いモノが体から出て行くんだってさ。他にも薄切りにした芋とか、この葉っぱを額に貼ると良いらしいぞ」
説明を聞いていたミーがコップを指さした。
「あの、そちらは……?」
「風邪が早く良くなる特性ドリンクたちだ。ちなみに右から、強い酒に蜂蜜とレモンとコショウを入れたやつ。次は茶にハーブとすりおろした生姜を混ぜたので。あ、これはミルク酒に卵と黒糖を入れたんだ」
オレは左端に置いていたコップを手にした。緑のドロッとした液体が揺れる。
「これはオレの特性ドリンクだ! ニンニクと生姜とハーブと蜂蜜と卵と茶とミルクと強い酒が……」
リリリーン!
言い終わる前にミーが呼び鈴を鳴らした。
「どうしました?」
すかさずオンルが部屋に入る。
「なんで、おまえが!?」
驚くオレの襟首をオンルが掴む。
「はい、はい。あとのことは使用人たちに任せて、仕事をしましょう」
「いや、ちょ、ま……ミー! またあとで様子を見に来るからな!」
オレは引きずられて執務室へと強制移動させられ、仕事へ。その日は夜遅くまで書類と格闘するはめになった。
ちなみにミーの風邪は数日で完治。
その数日後、今度はオレが熱を出した。
「バーク様、特性ドリンクを作りました」
ミーが可愛らしい笑顔で持ってきたのは緑の……
「竜族の方には、このドリンクがよく効くとオンル様に教わりました」
いつもは天使のようなミーなのに、この時ばかりは細い小悪魔の尻尾が見えた気がした。
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