裏では〜とあるメイド(影)視点〜
――――――――時は少し遡り、王城での祝賀会が開かれた翌々日のこと。
この国でも一、二を争うであろう豪華な邸宅。いや、小さな城と言ってもいいかもしれない。
王都の中心地にこれだけの土地を贅沢に使った建物など、王が住む王城か、現王の弟であるサウザン大公が住む屋敷ぐらい。
そして、私はそのサウザン大公の屋敷で働くメイド。ちなみに昨日、潜り込んだ。本業は別にある。
そんな私の前で、サウザン大公の末娘、グレンダ様が少し年上の友人たちに囲まれて優雅に紅茶を飲んでいた。
広大な屋敷の一室。鮮やかな花が描かれたサロンに舞う可愛らしい声。
友人たちとの会話にコロコロと笑うグレンダ様。そこで、一昨日の祝賀会での話題を振られ、表情が一瞬崩れる。
それでも王族としての教養の賜か、グレンダ様はすぐに笑顔を作り簡単に祝賀会で起きた事を説明した。声の高さは露骨に下がっていたが。
「社交界デビューもいたしましたし、交流を広げようと考え、出席いたしましたのに。あのような無礼者が竜族の盟主とは、世も末でしてよ」
いや、パートナーと出席しているところを奪おうとする方が無礼でしょ。と、私は心の中で呟いた。やはり、末娘として欲しい物はなんでも与えられて育ったためか欲望の感情は素直に表出するようだ。
しかも、少し年上の友人たちがこぞってグレンダ様に同情する。
「まあ、グレンダ様にそのようなこと言うなんて。身の程知らずもいいとこですわね」
「そのような礼儀知らずには関わらないほうがよろしくてよ。グレンダ様の品位が下がってしまいます」
「えぇ。お優しいグレンダ様が気に病まれることはありませんわ」
真っ赤なドレスをまとったベリッサ様の言葉に、淡い緑のドレスの着たキャンベラ様と、落ち着いた水色のドレスのレミーナ様が続く。
社交界の三大美女と名高い方々。たしかに、この三人がいるだけで大輪の花が咲いたように空気が明るくなる。そして、その華やかさに埋もれるグレンダ様。
サウザン大公は親の欲目かグレンダ様の外見なら、この三大美女に引けを取らないと考え、友人として紹介したとか。
でも、実際はかなり厳しい。化粧とドレスと装飾品でどうにか誤魔化しているけど、どう見ても月と河原に転がる石。蝶とダンゴムシ。胡蝶蘭とハエトリグサ……と、これは言い過ぎた。
そして、本人がそのことに気付いていないことが痛い。
蝶よ、花よ。可愛い、可愛い。と言われ続けて育てられた結果、自分が一番可愛いという自己肯定の塊となってしまったグレンダ様。しかも、社交界の三大美女が自分のご機嫌取りの友人。自己肯定は爆上がりの一途。
それが、一昨日の祝賀会で初めて己を否定された。ここから、グレンダ様がどう動くか予想がまったくできない。
もし、ヘタに暴走しては……と憂慮された王太子殿下が、目付役として私をこの屋敷に派遣した。
そう。私はグレンダ様の行動を観察して報告することが仕事。本業は王太子殿下直属の影。護衛から諜報活動、暗殺までなんでもござれ。
地味で平凡なメイドに扮した私は気配を殺して壁の一部となり、サロンの入り口で控える。でも、一字一句聞き逃さないように耳を鋭くして。
そんな私の前で会話が進んでいく。
「お父様に話しても軽く流されまして。スッキリいたしませんの」
そう言ってグレンダ様がカップに口をつけた。
周囲からかなり甘やかされて育ったけど、王族の端くれ。礼儀作法はしっかりとしており、動作は洗礼されている。所作だけなら、この中で一番綺麗かも。
拗ねた子どものようなグレンダ様にキャンベラ様が同意する。
「たしかに、このままでは癪ですわね」
「ですが、相手は竜族の盟主でしょう? あまり派手なことはできませんよ」
レミーナ様の言葉にグレンダ様が目を伏せる。テーブルの下では、しっかりとスカートを握りしめて。
その姿に私は少しだけ感心した。人前で怒りの感情を表すことが無様であることは理解しているらしい。これは、とても重要なこと。
王族として腹の探り合いは必須。怒りや焦りの感情は相手につけこまれる隙となる。そのことを理解して実行する頭はあったらしい。
そこに、ずっと黙っていたベリッサ様が顔をあげた。
「でしたら、このような意趣返しはいかがかしら? 少し面白いモノが手に入りそうですの」
ベリッサ様が声を潜めて三人に耳打ちをする。私が控えている場所からだと距離があるため普通の人では聞き取れない。でも、私の耳はしっかりと内容を聞き取った。
説明を終えたベリッサ様が三人から体を離して肩を落とす。
「ただ、検問を抜けるところが難しくて王都まで運べませんの。あと、書かれている古文字が読めなくて……」
「それなら、私の家に届けるということにすれば問題なく通過できますわ。侯爵家は高級な品を扱うことが多いですから。傷をつけないために余計な詮索はしませんの」
キャンベラ様が自信満々に微笑み、レミーナ様が会話を引き継ぐ。
「古文字でしたら多少の心得がありますから。たぶん読めると思いますわ」
二人の言葉にベリッサ様が頷く。
「この方法でしたら、証拠は何も残りません。あとは効果が出た頃に、サウザン大公にダンスパーティーを開催していただき、そこに竜族の盟主を招待すればよろしいかと」
「そうですわ。サウザン大公からの招待となれば断ることはないでしょう。ダンスパーティーなのにパートナーがいない哀れな竜族の盟主にお声をかければ、グレンダ様の心の広さと優しさが広まります」
「それに、一曲踊ったところでダンスが下手だと袖にすれば意趣返しもできますしね」
レミーナ様が天使のような笑顔で辛辣な提言をする。
三人の視線に、大人びた朱色の紅を塗ったグレンダ様がニッコリと満足そうに笑った。
「では、お願いいたしますわ」
楽しそうな笑い声が響く。
私は音をたてず、その場を離れた。すべてを王太子に報告するために。




