竜族の里に着きまして
数日かけて草原と川と森を抜け、ようやく辿りついた竜族の里。
…………里?
周囲は湿度が高い鬱蒼とした森。そこを切り拓き、商店や宿が数軒並ぶのみ。あとは切り立った崖。しかも、高すぎて頂上が見えない。
私は近くにいたバーク様に訊ねた。
「あの竜族の里は……」
「この上にあるぞ」
「上って……山頂ですか?」
「そうそう。けど、ミーが想像しているような山頂じゃないかもな」
「え?」
そこにオンル様が歩いてきた。
「手続きが終わりました。荷物は城に運ぶように頼みましたから、夕方まで里の中を自由に動いていいですよ」
「よっしゃ!」
「とはいえ毛玉の体力を考えたら、さっさと休むほうが良いでしょうけど」
「せっかくだから里を案内したかったのに」
「それで毛玉が倒れてもいいなら、どうぞ。私は先に行きますよ」
オンル様の背中に白銀の大きな翼と細い尻尾が現れた。翼がふわりと動き、突風とともにオンル様が一瞬で遥か上空へ。
「きれい……」
太陽の光を弾いて飛ぶ姿は優雅そのもの。これだけ離れてもオンル様と分かる。
呆然と眺めているとバーク様の拗ねたような声がした。
「ミー、行くぞ」
「はい。って、どうやって……キャッ!?」
バーク様が私の脇と膝裏に手を入れて抱き上げる。
「絶対、落とさないけど念の為にオレの首に手を回してくれ」
「は、はい。あの、失礼します」
私はバーク様の首に手を回して体を密着させた。
(こ、これは……全身でバーク様を感じてしまう)
紫黒の髪がかかる太い首。そこから鎖骨へと伸びる筋とくぼみ。そこに絡まる私の細い腕。私の背中と足をしっかりと抱き込む、安定感抜群の太くて逞しく腕。
少し視線をあげればバーク様の薄い唇と高い鼻が。
(艶っぽいというか、男の色気があふれすぎて心臓が! 心臓が持ちません!)
「どうした? 難しいところがあるか?」
「だ、大丈夫です! なんでもありません!」
「そうか。じゃあ、行くぞ」
バーク様の背中に漆黒の大きな翼と太い尻尾が現れた。バサリと羽ばたいた瞬間、地面が遠く離れ、切り立った崖さえも遥か眼下に。
「ふぇぇぇえ!?」
あまりの高さに目を回しそうになり、バーク様にしがみついた。
「ミー。あれが竜族の里だ」
声をかけられた私はそっと下を覗いた。切り立った崖の先に広がる平地。そこはまるで森の中に置かれた巨大なテーブルのようで。
「テーブル・マウンテンとも呼ばれている。その上に竜族の里はある」
「すごい……」
空からは竜族の里の全貌が見えた。里と言っても広さは王都と同じぐらい。でも、テーブル・マウンテンはもっと広い。
石を敷き詰められたマスの目状の道に、石や木で造られた建物が並ぶ。奥には大きな湖と石造りの神殿のような建物。
「あれが城ですか?」
「あぁ。人族とはまた違う造りだろ? 空からも自由に出入りするから城壁がなくて、入口もたくさんあるんだ」
「それだと警護とかは?」
「竜族は基本、仲間同士で争わないからな。他種族からの攻撃もここだと滅多にないし。それに、竜族の盟主は竜族で一番魔力が強い者がなるから、人族みたいに護衛をつけることもない。基本、自由だ」
「いろいろ違うんですね」
「そうだな。それと、他にもポツポツとテーブル・マウンテンがあるだろ? そこにも部族ごとに竜族が住んでいる。あとは、向こうに見える白い山にも」
高さの恐怖に怯えながらも私はゆっくりと顔を動かした。
森の中に大小さまざまな台地があり、畑や家が見える。その先には連なった白い山脈。
「まるでオンル様みたいな山ですね」
「さすが、ミー。よく分かったな。オンルはあそこで暮らす部族の出身だ。じゃあ、降りるぞ」
「え? キャッ――――――――!」
突然の垂直落下。
(体が! 体が、ふわっと!)
体重が消えたような、体が宙に浮いたような奇妙な感覚に襲われる。あまりの恐怖に目を閉じて全身でバーク様に抱きついた。
「着いたぞ」
「ふぇ?」
目を開けるとバーク様は道に立っていた。周囲は翼や尻尾を出して歩く竜族たちで賑わう。
私は慌ててバーク様の腕から下りた。
「あ、ありがとうございます」
「別に抱っこしたままで里を周っても良かったのに」
「歩きます! 歩きますから!」
バーク様が残念そうに眉尻をさげる。
「そうか。そういえば腹は減ってないか? そこにメシが旨い屋台があるんだ」
「行ってみたいです」
「よし、行こう!」
二人で並んで歩くけど誰もバーク様を気にしない。人の場合だと王が現れたら集まって平伏するのに。
私は文化の違いを感じながら空を見上げた。いつもより雲が近く、日差しが強い。
「下より寒いですね」
「ここは高さがある分、気温が下がるんだ。寒いか?」
「あ、いえ。大丈夫です」
風は冷たいが我慢できないほどではない。バーク様は周囲を見回した後、私の手を引いた。
「ちょっとこっちに来てくれ」
「はい」
軽い早足でバーク様が進む。私は急いで追いかけるが、すぐに息があがった。
「バーク様、あの……」
声をかけようとしたところでバーク様が足を止める。
「お、盟主じゃねぇか。久しぶりだな」
「ちょっと遠出しててな。変わりないか?」
「おう、変わりなさすぎて暇だ」
「そりゃ良かった」
気さくすぎる雰囲気に私は目が丸くなった。一族の王である盟主への態度とは思えない。でも、周囲の反応といい、これが竜族の普通なのかも。
「で、ミーはどれがいい?」
「え?」
考え事をしていた私は話を振られて戸惑った。
目の前には織物の山。赤や黄色などの明るい色から、緑や青などの落ち着いた色まで。素材も風通しが良さそうなものから、動物の毛を編んだ暖かなものまで多種多様。
「せっかくだから竜族のマントを着てみないか? もう少ししたら日が傾いて寒くなるし」
「マントを探しているのか? それなら、ここにあるぞ」
店主が積み上げられた布の一角を指差す。
「いろいろあるな。どれがいい?」
「あの、防寒着なら荷物の中にショールがありますから……」
「今は持ってないだろ? それに一枚ぐらいマントがあってもいいと思うぞ。ほら、好きなのを選べ」
こうなったバーク様は引かない。断ることを諦めた私はマントの山から気になった布を選んだ。
「でしたら……これを」
「はいよ」
店主が布の山を崩さず器用にマントを引き抜く。それから私に広げて見せた。
紫かかった黒のマント。一見地味だが、角度を変えると布地が金色に輝き、夜空の星のように輝く。
バーク様が私の選んだマントを見て首をかしげた。
「ミーがこんな色を選ぶなんて珍しいな。まあ、黒は熱を溜めて保温するから防寒には良いか」
「盟主、なに言ってんだい。これ、あんたの髪の色だよ。しかも留め具はあんたの目と同じ金だ」
指摘されて気がついた私は顔が真っ赤になった。
「あ、あの! 私、そういうつもりで選んだわけじゃなくて……その、本当にキレイだなって」
「じゃあ、無意識に選んだのか? 盟主、愛されてるねぇ」
「その、本当にあの……」
私は口ごもりながら、そっと横目で隣を見た。そこには、片手で顔を隠し俯くバーク様。その耳は真っ赤で。
「バーク様、どうされました!?」
「いや、大丈夫だ」
「ですが、耳がすごく赤いですよ!?」
バーク様が私から逃げるように顔を背ける。
「なんともない。なんともないから」
「もしかして、旅の疲れが!?」
「いや、違うから。店主、それをくれ」
「まいどあり!」
バーク様は私にマントを被せ、手を引いて歩き出した。見た目以上に軽く温かい上に風をまったく通さない。
マントの性能に驚いていると、バーク様が恥ずかしそうに笑った。
「ミーにはあまり合わない色だと思ったが、俺の色で可愛いミーを隠せるなら、それもいいなと思ったんだ」
「っ!?」
(そういう不意打ちが! 心臓に悪いです!)
私はドキドキする胸を押さえて深呼吸をする。ただでさえ、さっきからすぐに息が切れるのに。
そういえば、なんか目眩も……
「ほら、屋台はすぐそこだ」
「……はい」
返事とともに体がふらつき私は倒れた。




