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16話:赤い力

光あるところに闇がある。

文芸作品ででてくる言い回しだが、それはある意味正しいだろう。

どんなに豊かで、問題のない国であったとしても必ず影の部分は存在する。

それはこのシルヴァニアとて例外ではない。

唯一例外だとするなら、ここの支配者達はそれすら容認し、管理しているということか。

「カッシュ様。例の娘を連れて来ました」

左目に眼帯をした男が、じろりと部下が連れてきた少女を見る。

少女はすでに意識を失っており、男の手によって運ばれてきた。

「傷……つけてねえだろうな」

「当然ですぜ、カッシュ様。あまりにうるさいんで、眠り草をつかったんでっさ」

「ならいい。」

木箱に腰をおろしたカッシュという男は、目を閉じた。

「……来たか」

「?」

部下達が不思議そうな表情を浮かべている中、誰も来ないはずのここに一人の少女が姿を表す。

長い黒髪をなびかせ、シアンの双眸はしっかりとカッシュを見据えている。

蒼のワンピースに、そこからすらりと伸びる足には黒のストッキングを身につけ、明らかにここにこられるような服装ではない少女はにやりとわらった。

「なにもんだ、てめえ」

「それはこっちのセリフだな。だが、名乗らなくていい。どの道、名を名乗ろうが名乗ろがないがここで倒すのには変わりない」

「……やれ」

「ふざっけてんじゃねえぞ!!ねえちゃんっ!!」

カッシュの命令とともに、複数の男たちが少女へと一斉に向かった。

少女――ウィナ・ルーシュは動かない。

視線ははずさない。

彼女がずっと意識を向けているのは、カッシュただ一人のみだ。

そして男たちが目前へと迫った時、ウィナは動いた。

1回目は、顕現した赤錆の魔刀と水平に左側に振り、

2回目は、水平に右側に振る。

ただそれだけで男たちは重なりあうようにしてそのまま大地にひれ伏した。

それは手品ではない。

単純に彼らの進行方向を重なりあうようにしてお互いの身体がぶつかるように打撃にて調整し、重心をずらした。

ただそれだけのことだった。

しかし、それをかけられた側はたまったもんではない。

何もわからぬまま倒されたわけであり、戦意を失うには十分すぎた。

畏怖をこめた目で、少女を見た。

「ほう、やるじゃねーか。身体の使い方ってもんがわかってる」

カッシュは、唇の端をつりあげ、凶悪な笑いを浮かべる。

「だが、これでもオレ達ここでは名が通っているもんでな。そう簡単にコレを渡すわけにはいかねーよ」

そういい、カッシュは手を振ると、彼の手の中に武器が顕在化する。

武器はナタのような形状で、刃の部分には赤い波紋のようなデザインが施されていて、どこか不吉を感じさせるものだ。

「……なるほど。加護持ちか」

「そういうことだ。そういうてめえも加護持ちだな。しかもわかりやすいぜ」

カッシュは、ウィナの持ついまだ抜くことができない刀を見て、

「闘神の刀だな。抜けば確かにオレ達は終わるだろうが、てめえにそれは抜けねー。抜けるならオレ達をさっさと斬っているからな」

「否定はしないさ」

ウィナは、肩をすくめる。

だが、その視線は決して離さない。

この男は強い。

そう肌で感じている。

そしてこの直感はあたっていると、妙な確信があった。

――ならばこそ。

ウィナは、瞳を閉じる。

「!」

カッシュの驚く顔が脳裏に浮かぶ。

最速をもって、娘を救出するしかない。

刺突の構えをとった同時に、ウィナは勢い良く爆ぜた。

「っ!?」

バヂッと金属同士がぶつかり合う音ではない音が、周囲に響く。

(――防がれたか。だが予測の内だ)

驚くことではない。

斬り合う前から、男の実力をウィナはある程度検討がついていた。

閉眼した状態のウィナには、肉眼では見えない。

だが、脳裏に防がれた画像は展開されている。

防いだのは、ナタのような凶器。

盾のように使い、こちらの鞘の一撃を完全に防いだのだ。

力を込めてそのナタを突破しようとしているば、力は拮抗していて、それ以上押し込めない。

「てめえ、ふざけてるのか。オレの攻撃なんぞ見るまでもないって?」

「いや、そんなことはないさ。これが一番有効だと思った。それだけだ」

「ちっ」

カッシュは舌打ちとともに、拮抗していた力の方向を変化させ、弾くとともに距離をとった。

「……なるほど、ただのバカじゃねえな」

ブンと唐突にナタを振る。

振った先には何もない空間だ。

しかし、ウィナの脳裏に浮かぶ画像では、自分に向かってくるエネルギー物質を捉えていた。

手に持つ赤錆の魔刀を盾に防ぐと、あっさりとそのエネルギー体は四散した。

「なるほど。それがおまえの力か。

振ることでもう一つ別の斬撃をエネルギー体として顕現させ、相手を斬る。しかもそのエネルギー体は、おそらくは精神体に近い属性を持っているため、物理では防げない――違うか?」

「ああ、そうだぜ。こんなに早く正体がわかるとは思わなかった、くそが」

「だが、全てではない。奥の手は隠している、か。」

「――てめえ、まじやりにくい」

すっと目を細め、カッシュはにらみつけた。

「オレの経験則じゃあ、てめえのような相手と戦うのはあいにくごめんだが」

カッシュは、ぶらりと両手を下ろし、無手の構えをとる。

そして両手にナタを顕現させる。

「このまま舐められるのもムカつくんだわ、殺すぜ」

そう宣言する男からの圧力が増す。

ウィナも即対応できるように、意識を集中させる。

「てめえにオレの速さはついてこれねえ」

「!」

声はウィナのすぐ隣から聞こえた。

同時に大腿部に熱い感覚が襲う。

ウィナすぐさま、後ろに飛び距離をとる。

だが――

「遅え」

「っ」

今度は右肩に灼熱感が。

「くっ」

左肩、左大腿部、側腹部、頬――。

全て薄皮一枚程度の失血だが、相手にとってみればそれで十分だった。

「――毒か」

ウィナは、妙に身体が重くなっていることに気づいた。

「これが奥の手だ。

てめえが素直にやられれば、ここまではしなかった、くそが。

まったくバカな女だぜ。

せっかく、このオレが見逃そうとしたのに抵抗するなんざ、マジでくそだ」

吐き捨てるようにカッシュは言う。

その言葉と音調に少しばかり違和感を得た。

だが、ウィナはすぐに関係するであろう事柄が思い出す。

(……ここでそれを指摘したとしても解決にならないか)

相手を揺さぶる心理攻撃の手段としては使えるだろう。

しかし、こちらにはその後につなげる攻撃がない。

割りとウィナは冷静を装っているが、身体の方はあと数分はもたないだろう。

それほどまでに身体のあちこちの動きがニブくなってきていた。

おそらく神経毒。

早く解毒しないと、このまま四肢を固まらせたまま、地に伏すことになり、そのあとは男たちの慰みものになる未来が見えるが――。

「……てめえ」

カッシュが苛立った声をあげた。

「なんで笑う。なんで笑える!?」

そう、ウィナは不敵に笑っていた。

絶体絶命。

まさしく今の状況はそうだろう。

たとえリティ達がここにやってきたとしても、ウィナの意識、身体はあと数分で終わる。

そうなれば人質にとられ、全員がロクでもない未来が約束されるだろう。


(――ああ、そうか)

ウィナは悟る。

この身はすでに記憶喪失というでっかい爆弾を背負っている。

過去がわからないということは、今まで生きてきた道程がない。

どういう結果を経て、ここにいたったのか。

自身を現世に留める鎖がないのだ。

それゆえに、ウィナは笑った。

結局のところ、ウィナにとって今がすべて。

だからこそ、過去も未来も今という一瞬では等価なのだ――。

「もういい。てめえは死ね」

カッシュが両手に持つナタをウィナへと振り下ろす。

数秒でウィナの命は終わる。

終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる終わる。

「――」

(直前でもこの身に残る想いはない)

ならばこそ、ウィナは抵抗ができない。

抵抗は可能だろう。

だが、それをやる意味を見出せないだけだ。

ゆっくりとそして確実に自身の命を奪う死神の鎌は、ウィナの目前へと迫り――。


――あなたにまだ死んでもらったら困るのよ


神速の踏み込みをもって、ウィナは赤錆の魔刀を抜いた。

「!」

驚愕したのは、カッシュだった。

視界に広がる赤。

最初は、ウィナの血液だと思ったそれは、ただの粒子。

赤い赤い、砂よりも細かな粒一つ一つが雪原の雪のように降ってくる。

両手にもっていたナタは、刃の部分を真っ二つにされ、残骸は地に堕ちる。

しかし、この武器は加護によって顕現したものだ。

だからすぐにでも呼び出せば、復活するはずであった。

「っ生成できねえ……」

カッシュは呆然とつぶやく。

ウィナを中心にして、赤い粒子は周囲に結界のように降りつづける。

身体に何か害を与えているわけではない。

害を与えているとすれば、それはカッシュの武器に対してだろう。

この赤い霧が、カッシュの武器を生成することを阻害している。

「くそが」

カッシュは吐き捨てる。

まったくもってふざけている。

加護とは神のちからだ。

その神のちからを阻害できるとは一体どういうことなのか――。

カッシュの問いに答えられるものはいなく、

「てめえの勝ちだ。ウィナ・ルーシュ」

カッシュの瞳にうつるのは、赤い刀身の刀であった。



戦いは終わる。

終わってみればそれは戦いというよりは殲滅戦といった方が正しいだろう。

首謀者は真っ二つとなって、地面に倒れている。

赤く降る雪と、地面を侵食する赤い液体との区別ができない。

ウィナは、頭を下げたまま身動き一つしなかった――。



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