14話:新居
朝。
昨夜、このシルヴァニアに男の悲鳴が聞こえたとかなんとか。
そんな噂を耳にしつつ、ウィナとグローリアは騎士団の宿舎の場所へ向かっていた。
リティはやはり帰ってこなかったので、とりあえずテーブルに手紙と朝飯をのせ、鍵をして出てきた。
「ずいぶんと郊外みたいですね……」
グローリアは、きょろきょろと中心から離れていっている状態について口にした。
「ああ、まあ騎士は狙われやすいからな、一般住宅からは離れるんじゃないのか」
そうして結局、最外壁近くまでやってくると、立派な家――屋敷が目に入ってきた。
「……まさか、アレじゃないよな」
ウィナは少しめまいを覚えつつ、書類に書いてあった住所とその場所を確認する。
「……」
着いてから考えるか。
最近、どうも考えることを放棄しはじめてきたウィナであった。
そして、ウィナの懸念の通り、その場所にしては妙に浮いている屋敷が、ウィナ達の本拠地であった。
「庭が広いですねー」
グローリアがうれしそうに言う。
「やっぱりエルフは、森とか植物とか、自然とかそういうのが好きなのか?」
「あ、はい。でも偏執狂的に好きというわけじゃないです。人並み……エルフ並みに好きというだけで」
「……精霊とか妖精とかの声が聞けたりとか?」
「?いえ、そういうのはありません。
でも基本、エルフは生まれながらにして樹神の加護を得ています。それが声だとしたらそうなのかもしれませんが」
「樹神か……。なんでもいるんだな。この世界の神様は」
「……」
ウィナ達は、そのまま前庭を抜け、屋敷の扉の前までやってきた。
「鍵はもらってなかったが……開くのか?」
観音扉なのか、両手を左右の扉に手をかけ、力を入れると中心から開かれていく――。
「ごほっ」
思わず咳き込む。
開いた先から、古い湿った空気が、鼻腔を刺激したのだ。
「ずいぶんと手入れがされてないな……」
扉を全開にして、中に入る。
天井は高く、西洋の建築といった代物であり、リティがいればマジヨーロッパ系高級ホテル並っすなどとわけのわからないことをいったかもしれない。
「すごいです……っ!!」
グローリアは感激していた。
「中央に階段か……。これが騎士団として当たり前なのか……?」
まだ他の騎士団のことを知らないウィナは、記憶喪失ながらも常識が崩壊するような錯覚を感じていた。
「とりあえず1階から、見ていくか……」
貴族が住むような家に、ウィナはリティの家のような小さな家でよかったんだが……と思いながら足を動かした。
お風呂。
「すごいです!!ウィナさん、大きいですっ。これなら5人、10人入れますよっ。しかもこれ温泉です」
「アア、ソウダナ、スゴイナー」
トイレ。
「すごいです!!ウィナさん、このトイレ、水が飛びますよっ!?どう使うんでしょうか?」
「アア、ソウダナ、スゴイナー」
キッチン。
「すごいです!!ウィナさん、すごいキッチンですっ。オーブンもついてるし、石窯もありますよっ!?包丁一式だし、これ全部銅製の鍋ですよっ!?」
「アア、ソウダナ、スゴイナー」
客室など用途の決まってない部屋。
「すごいです!!ウィナさん、姿見もあるし、クローゼットもあります。衣服おけるタンスもありますし、洗面所もついてます。ふわぁーすごいなーすごいです」
「アア、ソウダナ、スゴイナー」
「ウィナさん……大丈夫ですか?すごいつかれていますけど……」
「ああ、大丈夫だ。ちょっとめまいがな」
1階を見て回り、2階に行く前に来賓室があったので、そこで休憩をとっていた。
グローリアは感激していた。今日からすむことになるこの豪邸に。
ウィナは戦慄していた。対価がいくらぐらい要求されるのか。
だが残念なことにすでにサイはふられてしまった。
もらってしまった以上、しばらくは奴隷のようにこきつかわれることになるのだろう。
そのことを考えると少し憂鬱だが--。
「まあ、いい家であるのは確か、か」
自分自身にいいきかせるように言い、もう少し休憩してから2階を見て回ろうと決めた。
完全に太陽が地平線の彼方に落ち、夜の訪れとともに、リティは合流した。
リュックサックに、段ボールといっていいだろうか、それを何箱かもちながらやってきた。
「へえー思ってた以上にいい家ですねー」
ほへーと口を大きくあけて驚いていた。
「それで、どこまで引っ越し準備は進んだんですか?」
「いやおれもグローリアもそれほど物がなくてな」
「はい」
そう、ウィナもグローリアも私物がほとんどない。そのため少し大きなバックにだいたい私物が収まってしまうため、引っ越し準備というほど大したことができなかったのだ。せいぜい、1階、2階を見て回り豪邸のような家だで終わってしまい、とりあえず1階の来賓室でくつろいでいた頃、リティがやってきたのだ。
ちなみに来賓室の椅子はかなり高そうな動物の革をつかっているのかすわりごこちがかなりいい。
物欲があまりわかないウィナにしても、これはいいなと思ってしまったくらいだ。
「部屋にタンスとかクローゼットがあるなら、部屋割りを決めちゃいましょうか。どこか希望ありますか?」
「いや、特にないな。」
「グロちゃんは?」
「わたしもあまり……」
むうとリティが頬を膨らませる。
「なんというか、似てますねー。二人とも。しかし、そんな優柔不断では困るのです。本当に希望とかないんですか?」
「といってもな……」
ウィナが後ろ手で頭をかく。
特にここがいいとか部屋の希望はない。
むしろ椅子の気に入った来賓室でもいいくらいなのだが。
「じゃあ、わたしが決めちゃいますよ。いいですか?」
「ああ、それでいい」
「お願いします」
二人の了解を得て、リティは独善と偏見で部屋割りを決めた。
洋式の部屋をウィナとグローリアが。
リティは一人和の部屋を選んだのだった。
そうして、部屋も決まりウィナ達はおのおの自室にて服を整理したり、物品を整理したり行った。
ベッドはあるが、湿っぽいため明日でも購入することを決意。
そのほか生活用品も明日そろえることにした。
とりあえず今日のところ我慢して寝るのだが、
「……眠れないな」
ベッドに入り、天井を見ながら何十分もたたずに、ウィナは入眠できずにいた。
明かりはカンテラで、中の火は聖輝術の火だ。
生活系で使える聖輝術はリティから先ほど教わり、早速使用していた。
入眠にあたってカンテラの火を弱め、ロウソクの火の光量にしたのだが、残念なことに眠れない。
「……」
ため息一つ。
ウィナは寝ることをあきらめた。
屋敷の外にでて夜空を見上げる。
星々のきらめきがきれいで、感嘆の声を思わずあげてしまったほどだ。
「思えば遠くにきたものだ、か」
自分自身には記憶がない。
それゆえにウィナには過去がない。
だからこそ、現在にしか視点があうことがない。
悩むとしたのなら、現在であり、過去に起きた出来事に関して悔やむことはできない。
それがいいことなのか、悪いことなのかはわからない。
しかし、
「星空を見ているとどうでもよくなるな」
「そーですね。
そうしていると夢見る乙女という感じですよーウィナさん」
と、いつからいたのかリティが隣でにやりと笑う。
「--神出鬼没だな。あいかわらず」
「それがわたしですから」
やれやれと肩をすくめる。
「--ウィナさんは、わたしに聞かないんですか?自分のことを知っているのかって」
「聞いた覚えもあるが、答えは返ってこなかったんじゃなかったか?」
「それアレですよ。こういうシリアルな雰囲気じゃないと教えるのがはばかる的なナニかですよ」
「じゃあ、聞くがおれは何者なんだ?」
「知って後悔はしませんか?」
「さて、そこは確約できないな。これでも人間なんでな」
ふっと微笑を浮かべる。
「今はいいさ。どのみちこれから嫌でもわかるんだろう?」
「ありゃ、どうしてそう思いますか?」
「ここにくる一連の流れで誰でもそう思うさ。記憶喪失の人間を国の防衛を司る役職につけるなどありえないだろう?それに--」
ウィナは赤錆の魔刀を呼び出す。
「おれがミーディ・エイムワードの加護を受けたのもきっと偶然とかそういうのではない--違うか?」
まっすぐなウィナの双眸にリティは笑った。




