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12話:分岐

「……誰?」

と、黒髪、赤目の少女がこちらを凝視する。

騎士の礼服--蒼色の丈の長い上着に、足首近くまである同色のスカートを身につけている少女は、視線をずらすことなく、突然現れたウィナとグローリアをみて、

「--ああ、もしかすると君は、ウィナ・ルーシュ君?そしてグローリアさんかな」

「ああ。貴殿が統括騎士団長殿か?」

「正解。ここまではシルヴィスにでも送ってもらったのかな?」

「いや、ヘラ殿に送ってもらった」

「--ヘラに?

嘘は……いってないか。まあいいや。」

そこで、少女--統括騎士団長は座っていた椅子から腰を上げて、ウィナ達の前にやってきて、挨拶をした。

「改めて、ボクはこのシルヴァニア王国の騎士達を統括する立場にいる、アリステイルというものだ。まあアリスと呼んでもらって構わないよ」

にこっと笑う。

年齢は間違いなく、ウィナよりも下ではある。

しかし、発せられる圧力がふつうの少女ではないことを証明する。

「それで何の用かな?」

「グローリア」

「はい。わたしをこの国の騎士として雇っていただけないでしょうか?」

「いいよ」

「即断か!?」

迷いもなく、即決したアリステイルにウィナは声をあげた。

「いや、別にテキトーだからじゃないよ。君達がここに来るまでの様子は確認させてもらった。素行不良というわけでもないし、試用期間はさすがにもうけるけど、その期間中になにも問題がなければ正式に雇わせてもらうよ」

「あ、ありがとうございます」

ぺこりと頭を下げるグローリア。

「用事はそれだけかな?」

「ああ。」

「ふーん。じゃあこっちから少しいいかな」

じろりとこちらを値踏みするように見て、

「ウィナ君。君は記憶喪失……だったよね」

「ああ。」

「君にとって難しい質問かもしれないけど、君がもし自分の今までの人生を否定されるようなことがあったらどうするかな?」

「……ずいぶんと抽象的な話だ」

閉眼し、肩をすくめる。

「別にどうもしない」

「ほう。それは受け入れると?自分自身が誤りだったと?」

「いいや。

その時に答えは決める。否定されようが、それが納得できないのであれば抗う。ただそれだけだ」

「なるほど。君らしいといえばいいのかな。だがそこで君が万が一でも納得してしまったどうだい?」

「……そうだな。それでもあらがうだろう。結局、否定されようが、失敗してこようが今生きているのは、それらすべてが積み重なった結果だ。生きるということは、誰かを踏みにじることだ。それが故意か無意識かは別として。なら――生きてきたのならそのまま薄汚かろうがただ前を向いて歩くだけだ」

「……そうか」

アリスは、閉眼しその言葉を反芻する。

「模範的な解答だね。そして理想的でもある。道をはずれた人間には耳の痛い話だ」

「他者を否定する気はない。

なにせ記憶喪失だからな。記憶があった頃の自分が道をはずしていたなんてこともあるかもしれない」

にやりと笑う。

「人と人とのやりとりは、つまるところエゴのぶつかり合いさ。どちらかが正しくて、どちらかが間違っているという二元論だけで争えば、勝者と敗者が存在してしまう。勝てばすべて手に入るなどという狂人もいるが……。歴史を振り返ればその狂人もまた敗者となって新たな勝者が歴史をつくる。結局、その繰り返しさ。本当の意味で勝者なんていない。」

「その言い分だと結局、すべてはむなしいってことになるけど?」

「いや、第三者の見方をすればそうみえるというだけだ。なら当事者の心がけとしては、反省しても後悔しない道をすすむしかないということにならないか?たとえ、他者からみたら過ちだとしても、そこに後悔がないのならそれがきっと誇っていい」

「…………そうかもしれないね」

アリスは息を吐き、

「話が長くなってしまったね。グローリアさんの件は承諾したよ。元の任務に戻ってもらっていいよ」

そういい、少女は背を向けた。



「ウィナさんは……強いんですね」

帰還の魔法陣にのり、王城から帰路につく道程で、グローリアはそうつぶやいた。

「さっきの話か?

あのときもいったが、あいにく記憶喪失でな。こんなことをいう資格があるかわからないぞ?記憶を失う前がろくでなしである可能性もあるしな」

「そんなことないと思います。」

「女の直感というやつか?」

「!そうですね。そういうことにしておきます」

くすくすとグローリアは微笑した。

そうして、しばらく何も話さず歩き続け、

「……ウィナさん」

不意にグローリアがウィナに声をかけた。

「どうした?」

「わたしは、強くなりたいんです。

誰よりも強く」

それは決意なのだろう。

強い眼差しで、そうグローリアは宣言したのだ。

「――目的があるのなら、その強さを求めることは悪くはない」

そう。

到着点がすでに定まっているのなら何も問題はない。

手段が正当か、邪道かという違いはあれど、目的がかなってしまえば評価は他人がつくるもの。

当人には何も関係のない話なのだ。

だからウィナは言う。

問題はない――と。

だが、

「――」

言葉にはしなかった。

その人工ではありえない紫の双眸で、グローリアの緑葉の瞳をみた。

最初に視線を外したのはグローリアだった。

「わたしは――」

「間違ってはいないさ」

「っ」

生き方に間違いはない。

悪人のような生き方であっても、善人のような生き方であっても、凡庸な生き方であったとしてもどれも間違いではない。

間違いだとするのなら、何をもって正しいとするのか。

そしてそれを判断するモノサシはどんなモノサシで、正確なものなのか。

二人のやり取りはこの一瞬で、全て終わってしまった。

そしてこれが二人の道を定めてしまったことを二人は後から知ることになる――。


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