宣言
明けましておめでとうございます。
昨年はなかなか投稿できず、申し訳ありません。
今年はしっかり書き進められるよう頑張りたいと思っています。
これからもよろしくお願い致します。
ソフェスリー伯爵が娘、ミリア・ソフェスリー。
彼女は、チェルシー・ウォレイア・アルリオ第三王女の侍女をしており、性格はサバサバしていながら面倒見の良い姉御気質で、なんでも器用にこなせるタイプの女性である。王太子の側近を勤める婚約者がおり、恋愛話はめっぽう聞き手に回ることが多かったりもする。
そんなミリアにとって、シェルリアはとても大切な同僚であり、友人でもある。
シェルリアは教養や作法が飛び抜けて優秀なわけではない。
けれど、王族の侍女としては十分な実力であり、領地のことも気にかける模範的な貴族令嬢だ。
人懐っこく、気配りもできるし、仕事熱心。女性としては珍しく机仕事も得意で、チェルシーのお気に入りでもある。もちろん同僚達からも愛されているし、ミリアも話しやすいと思っている。
だからミリアは、シェルリアが以前付き合っていた伯爵家の次男で騎士のゲイルとあった事件に対して、自分のことのように腹が立った。ゲイルの話をシェルリアから楽しそうに聞かされていたからこそ余計に。
浮気現場を目撃してからのシェルリアの落ち込みようは見ていられないほどだったし、シェルリアが『当分、恋愛はしない』と言う気持ちも理解できた。
時間がかかってもいいから、少しずつ立ち直っていけばいいと思っていたのだ。
けれど、ここ数週間でシェルリアの纏う雰囲気はガラリと変わった。それは、共に働くミリアがひしひしと感じずにはいられないくらい。
冷えきっていた表情や声色、言葉には熱が戻り始め、以前のシェルリアよりもイキイキしているようにすら感じていた。
何かあったのかもしれない。そんなことを同僚のレイヤとも話していたのだがーー
「……まさか……ねぇ」
ミリアは目の前の状況に何とも言えない言葉を溢す。
いや、だって、まさか誰もが敬う特別王宮薬師。しかも、現在、国内において注目度ナンバー1ともいえるセドリック・ランベルがシェルリアの手をとり微笑みかけるなんてことを誰が予想できるだろうか。
しかも、セドリックの方から女性に声をかけるなど聞いたことがない。
セドリックの周りを囲んでいた王宮薬師もミリアと同様の感想を抱いたのだろう。驚きすぎて誰一人動かない。まるで時が止まったようだ。
ただし、一番驚いているのはシェルリアのようにも見受けられるが。
「え、っと、あの……」
か細く震えたシェルリアの声が異様なほど廊下に響く。
突然見ず知らずの男に声をかけられれば動揺するのも無理はない、とミリアは心の中でシェルリアに同意したのだが、よくよく観察してみると、ミリアの想像とは若干状況が異なるようだった。
「ごめん、驚かせて。姿を見たら、いてもたってもいられなくてね」
ミリアはセドリックの表情を見て、こんなにも無邪気な笑みを浮かべる人だったのか、と失礼極まりない感想を抱く。
その他大勢の王宮薬師も『あり得ないものを見た』といった表情を隠しもせず、セドリックを見ていた。
一方、シェルリアは困っているのか、照れているのか……眉尻を下げ、遠慮がちに声をかける。
「確かに驚きましたけれど、それよりも、私なんかに話しかけては、また様々な噂が……」
この二人のやりとりでミリアはピンときた。
以前流れたセドリックの噂ーー図書館裏で女性と密会していたという話の相手はシェルリアではないかと。茶髪に侍女服なんて、シェルリアと特徴がぴったりではないか。
あらあらまぁまぁ、とミリアは口に手を添える。
きっかけは何か、どんな関係なのか、色々と聞きたいことはあるけれど、これは喜ばしいことじゃないか。
「彼女の言う通りです! このようなことをされれば、セドリック様について根も葉もない噂がーー」
空気の読めない王宮薬師の一人が声を上げる。周りで同意するように首肯く彼らへミリアは哀れんだ視線を向けた。
きっと彼らはセドリックの後ろにいるからわからないのだ。けれど、シェルリアの横にいるミリアには、セドリックの正面という特等席にいるミリアだけにはよくわかる。
「何を言っているのでしょう。君達には見えていないのですか? 私はシェルリアを正真正銘、口説こうとしているのですよ」
それは誰もが目を逸らしたくなるほどの甘い微笑み。しかし、金色に輝く瞳は、決してシェルリアを離そうとしていない。
恐ろしいくらいの執着心である。
シェルリアは耳まで真っ赤に染め上げて、パクパクと口を動かすことしかできていない。
その姿を愛おしげに見つめつつ、すっとシェルリアの耳元にセドリックが顔を近づけ何かを囁けば、廊下の遠くの方から微かに悲鳴が聞こえてきた。
あらあらまぁまぁ、とミリアはまたも思う。
これはなかなか大変だ。セドリックよりもシェルリアが、である。
けれど、セドリックもミリアの抱いた不安を理解しているのか、ミリアや周りの人間に向けてそれはそれは爽やかな笑顔で告げた。
「どうせ噂にするのなら、彼女に手を出すと私が黙っていない、ということも一緒にお願いしますね」
どこからか先ほどとは異なる恐怖を帯びた短い悲鳴が上がった気がした。
特別王宮薬師は決して権力があるわけではない。セドリックよりも爵位の高い者はたくさんいるし、セドリック自身は貴族社会においても若輩者だ。
けれど、特別王宮薬師はその名のとおり『特別』でもある。
もちろん国王に認められていることも一つだが、それ以上に重要なのは、彼らに患者を決める権限があること。
命は金に変えられぬほどの宝。命を繋ぎ止めるその力は偉大だ。
誰もが彼らとの繋がりを求めている。
権力では言うことを聞かせられず、薬学以外に興味がないので贈り物も効果はない。そんでもなんとか繋がりたい。そんな人間にとって、特別王宮薬師に嫌われることは一番避けたいことである。
セドリックの言葉は想像以上の効果がある。
全ての不安要素が拭えるとは思わないが、ないよりは断然ましだ。
というわけで、ミリアは大きく頷き返した。ついでにしっかり広めておこうとも心に決める。
「それでは今回はこのへんで失礼します」
セドリックの言葉にシェルリアの体がピクリと跳ねた。
「……あ、あのっ! セドリック様」
「はい」
セドリックの声がなんとも嬉しそうである。
「……お仕事、頑張ってください」
「ありがとう。シェルリアもね」
へらりとシェルリアが安堵の笑みを浮かべると、セドリックはぐっと息を詰める。
微笑まし光景だと、ミリアの心が和みかけたその時、セドリックとシェルリア越しに廊下の奥から鋭い視線を感じた。
ミリアはごくりと息をのむ。
それはほんの一瞬にすぎないけれど、ミリアは確かに見た。
あれは第二王女の侍女であり、シェルリアを苦しめた一人……ネリーだ。
ミリアの中に先ほど薄れたはずの不安が再び沸き上がってくる。
どうかシェルリアが幸せになれますように。ミリアはそう願わずにはいられなかった。




