星空の下で(後)
逸らされることなくじっと見つめてくる金色の瞳に映った自分とのにらめっこは、ほんの数秒間だったはずだけれど、シェルリアにはやけに長い時間に思えた。問われたセドリックが、今、何を感じ考えているのか。どんなに彼を見つめ返してもシェルリアにはわからない。
だけど、シェルリアは素直に知りたいと思ったのだ。セドリックの思惑どうこうではなく、セドリック自身のことを。
「教えてください」
それはシェルリアの意思の固さを物語るようなはっきりとした声だった。
セドリックは一瞬瞳を揺らし、目を伏せる。
「………九年前に会っている」
「九年前? ……まさか」
シェルリアの中ですぐに一つの答えが導き出された。
九年前といえば、シェルリアの母が病死した年。そして、シェルリアが流行り病にかかった年でもある。
「……もしかして『小さな薬師様』 ?」
それは疑問符を浮かべながらも、確定事項に近かった。
小さな薬師様は、シェルリアと年齢が近いようだったし、容姿は子供ということもあり確信できないが、金色の髪だったことはしっかりと覚えている。
それに、薬師になるのは決まった道だとも言っていた。確かに、特別王宮薬師を輩出する家柄に生まれたならば、薬師の道を目指してもおかしくはない。
カチカチとピースがはまっていくにつれ、シェルリアはドクドクと心音が速まっていくのを感じていた。この先に進んでいいのか、と不安が押し寄せるほどに。
セドリックは否定も肯定もしない。先ほどと二人の距離は変わらないというのに、シェルリアはセドリックがひどく遠くにいる気がした。
「病にかかった私を励まし続けてくたのは、セドリック様だったのですよね?」
少しの間をあけて、セドリックがわかりづらいほど小さく頷き返す。観念したかのようなその仕草を目にした瞬間、シェルリアの頭にあの時の記憶がいくつも流れ込んできた。
そして、それと同時に、たくさん聞きたいことも次から次へと浮かんでくる。
何故すぐに九年前のことを教えてくれなかったのか。何故あの時、毎日のように励ましに来てくれたのか。あの後、何故一度も連絡をくれなかったのか。探していた薬草は、記憶を消せてしまう能力を無くすためのものか……疑問は尽きない。けれど、一番聞きたかったことはーー
「どうして退院の日に来てくれなかったのですか?」
退院したら、薬草についてなど、たくさんのことを話そう、と約束したはずだった。
幼いシェルリアはその約束を励みに、辛い闘病生活を送ってきたと言っても過言ではない。それなのに、名も知らない小さな薬師は来てくれず、その後も一切連絡をくれなかった。
退院した後も、シェルリアは小さな薬師様を待っていた。
突然倒れた母には何もできず、仕事に追われた父の手伝いもできず、無力感を味わう中で、『助けて』と何度も小さな薬師様を呼んだ。
しかし、それも数ヶ月だ。幼い子供にとって病で多くの人、特に愛する母を失うということはあまりにも負担がかかりすぎた。いつしかシェルリアは、小さな薬師様は流行り病の熱で見た夢の中の人物だったのでは、と考えるようにすらなっていた。
シェルリアの喉や目頭が熱を帯始める。
沸き上がる感情は、約束を破られた悲しみなのか、実在したことへの喜びなのか。いいや、そんな単純なものじゃない。過去のセドリックにだけじゃなく、目の前にいるセドリックにも言いたいことは山ほどあって、だけど、全然まとまらない。それどころか、自分の中で溢れ出す想いがどんな形をしているのか、全く理解できなかった。
シェルリアの頬に一粒の滴が伝う。心はぐしゃぐしゃなくらい乱れていて、喉も苦しいくらい痛いのに、涙となって溢れてくるまでにたどり着けない。それくらいに、自分の感情をコントロールできなかった。
そんなシェルリアの様子を見たセドリックは、グッと唇を噛み締める。その表情は涙を流していないにも関わらず、シェルリアよりも泣いているようだった。
「……ごめん。やっぱり俺は間違ってたんだ」
そう言うと、セドリックは立ち上がり、シェルリアと距離をとった。セドリックの足がランプに当たり、周りの見える景色が揺れる。
「間違い?」
「俺はそもそも、白か黒かを選べる立場じゃない。君に再び出会って勘違いをしてた」
シェルリアはセドリックの言っている意味が全くわからなかった。しかし、セドリックは一人で何かを納得し、再びシェルリアの前から消えようとしていることだけは察することができた。
「白か黒ってなんですか? 勘違いって?」
慌てて立ち上がったシェルリアはセドリックの元に駆け寄る。ここで逃がしたら、もう二度と解決しない。そんな気がした。
「ちゃんと教えてください! そうじゃないと私には何もわからない。貴方の導き出した答えも、私の答えも!」
そこでやっとセドリックは口許を緩めた。そして、すっと手の甲で、確認するように優しくシェルリアの頬を一度撫でる。
シェルリアは驚きと緊張で動きを止めた。
「答えは最初からわかってた。いや、九年前から決まってた。……俺は君のそばにいちゃいけない、と」
「……え?」
「ここは君にあげる。好きに使って。今までありがとう。それと、ごめん」
そうして、セドリックはランプを取ると、小屋を出ていった。
シェルリアは追いかけられなかった。足が地面に縫い付けられたように、ピクリとも動かない。
「どうして……」
結局、セドリックの考えは理解できなかった。けれど、この状況がセドリックから決別を告げられたのだということはわかる。
以前には自分からセドリックと距離を取ろうとしたこともあったし、身分差を考えれば当然の結果とも言えるだろう。頭ではわかっているーーつもりなのだ。
「なんで……なんで今、こんなに流れてくるのよ」
赤い瞳から次々と溢れ出てくるものに、シェルリアは文句をつけてみた。その声は弱々しく震えている。でも、そうでもしなければ、胸が苦しすぎて潰れてしまいそうだった。




