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王女からの呼び出し

 銀色に輝く艶やかな長い髪。目尻の黒子は紫色した瞳の魅力を引き立て、きめ細かい白い肌が桃色に色づいた唇を浮き上がらせる。月の妖精と讃えられるだけあって、窓際に立つチェルシーは物語の世界から抜け出てきたような錯覚に陥らせるほど絵になった。


 けれど、そんなチェルシーを目の前にしてもなおセドリックは見惚れるどころか表情一つ変えやしない。笑顔で出迎えたチェルシーは、感情のない冷たい眼差しを向けてくるセドリックに呆れ、小さなため息を一つ溢した。



「何て顔をしているの? わたくしが夜遅くに呼んだからかしら。それならよくあることでしょう?」



 チェルシーが言うように、昔からセドリックは昼夜を問わずチェルシーに呼び出されることが頻繁にあった。呼び出しの目的はただ一つ。魔力の研究を手伝わせる、つまり実験台になるということだ。

 この世界で魔力を持つ人間は数少なく、幼い頃からの知り合いということもあってセドリックはチェルシーの研究に付き合わされ続けている。


 今二人がいる部屋も、周りの目を気にせず行き来できるよう作られており、チェルシーにとって特別な人、すなわち魔力持ちだけが入れる部屋なのだ。

 これは、若い男女が密かに会っていることを隠すためでもある。男女の関係だと疑われては厄介だからだ。とはいえ、ランベル伯爵家の魔力事情を知る者の多くが知っていることなのだが。


 そんなわけで、夜遅くに王女の部屋へと忍び込むことはセドリックにとって何ら普段と変わらないことだった。だから、そのことで表情が抜け落ちている訳ではないのである。

 もちろん、チェルシーもそのことは理解している。それどころか、セドリックの頭の中もある程度把握できていた。



「研究の手伝いで呼ばれたのなら、逆に大歓迎だ」



 セドリックもまたチェルシーがわかった上で言っていることに気づいていて、言葉とは裏腹に嫌そうに顔を歪めた。


 チェルシーはセドリックの態度を見ながら、想像以上に荒れているなと思う。



「まぁ、そうね。呼び出した理由はセドリックの考えていることで正解だと思うわ。単刀直入に言うけれどーー」



 セドリックの身体がギシリと固くなる。



「あの子を忘れ屋の手伝いから外しますわ」

「……嫌だと言ったら?」



 質問のようで、全くそうは聞こえない固い声がセドリックの口から漏れる。珍しいセドリックの姿をじっと見つめていたチェルシーは、はっきりと首を横に振った。



「知ってると思うけれど、これはあの子の望み。わたくしはそれを受け入れました」

「どうして! なぜそんな簡単に……」



 もとはと言えば、チェルシーが勝手に決めたことだ。何故そうさせたのかはわからないにしろ、片方が望んだだけで簡単に辞めさせられるほど軽い命令だったのか。セドリックは納得がいかなかった。



「そもそも、リアさんに手伝いをさせた理由は?」



 忘れ屋の正体を知られたからと言って、リアが手伝いにつく必要などなかったではないか。セドリックの率直な疑問に、チェルシーは答えるどころか繋がりの見えない問いを口にした。



「ねぇ、セドリック。貴方、リアとの出会いを覚えている?」



 セドリックは何を馬鹿なことを、と小さく笑いを溢す。



「なに言ってるんだ。当然おぼ……え……ーーちょ、ちょっと待て」



 セドリックの顔から一気に血の気が引いていく。額に手を当て必死に記憶を遡ってみても、セドリックにはチェルシーに返す正確な答えがわからなかった。


 ドサッと力なく近くの椅子に座り込み、頭を抱えるセドリック。痛みに歪んだその表情からは絶望が見てとれた。



「覚えていないのですね。やはり今回は早かった」

「……あぁ、そうか」



 掠れたセドリックの声を聞きながら、何度見てもこの姿は見ていられない、とチェルシーは思う。



「俺はリアさんとの記憶を失っていくんだな」



 微かに震えるセドリックの肩にチェルシーはそっと手を置いた。



「ごめんなさい、セドリック。わたくしは貴方と、そしてあの子、リア……いいえ、シェルリアを試していたの」

「……え?」



 のっそりと顔を上げたセドリックは唖然とした表情のまま固まった。

 意味がわからない。そんな目を向けてくるセドリックにチェルシーはもう一度ゆっくり言葉を紡ぐ。



「リアの本当の名は、シェルリア・ モンスティ。わたくしが名を偽るよう命令しました」

「どうしてっ!?」



 勢いよく立ち上がったセドリックは金色の瞳を血走らせ、チェルシーに詰め寄った。



「チェルシー、君は知っているはずだ! シェルリア・モンスティが俺にとってどれだけ大切かを!」



 普段の穏やかさなど微塵もないセドリックの勢いは、整った顔も相まって常人ならば腰を抜かすほどの迫力がある。けれど、チェルシーは王族に名を連ねる者。そんなことでは動じなかった。

 チェルシーは顔を上げ、迎え撃つかのようにセドリックと視線をぶつける。



「ええ、知っております」

「それならなぜーー」

「知っているからこそ試したのです。貴方のその愛情が本物なのかを!」



 セドリックは目を見開き、一歩後ずさった。驚きと動揺で瞳が大きく揺れる。



「わたくしにとってセドリックは大切な幼なじみだけれど、それと同時にシェルリアもまた大切な侍女の一人なの。わたくしはシェルリアにも幸せになってほしいと願っているのよ」

「それは、どういうことだ?」



 そこでやっとセドリックに少しだけ冷静さが戻った。チェルシーの言葉はまるでセドリックがチェルシーを不幸にするともとれる。

 その時、セドリックはふっとあることを思い出した。シェルリアが出会った当初、セドリックを嫌っていた大きな理由……忘れ去られた記憶である。



「もしかして、俺、そんなにも酷いことを彼女にしたのか?」



 セドリックがその問いを口にした瞬間、チェルシーがなんとも言えない表情を浮かべる。それを見て、あぁ……したんだな、とセドリックは天を仰いだ。

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