その関係は
時の流れが止まったかのようにシェルリアとセドリックは動きを止める。思わぬ所での遭遇に唖然としていたシェルリアを我に返したのは、不愉快感を滲ませたコンラッドの地を這うような低い声だった。
「……リア、だと?」
その言葉を耳にした瞬間、停止していたシェルリアの頭が高速で回り出す。
コンラッドとセドリックが下の名前を呼び捨てにする仲だったことも驚きだが、それより、チェルシーからの許可が出ていない以上、セドリックにリアの本当の名前を知られるのはまずい。つまり、コンラッドの妹である事がバレることも避けなくてはいけない。
シェルリアは咄嗟にコンラッドへ飛びついた。
「セドリック、お前、何を勝手に俺のーーっ!?」
ーー俺の可愛い妹であるシェルリアの愛称を呼んでるんだ! 俺も呼ばせてもらえないのに!!
というコンラッドの恨み言の混じった叫びは、口元に伸びてきたシェルリアの手によって阻止される。
コンラッドは飛びついてきたシェルリアに一瞬驚きを見せたものの、すぐさま嬉しそうに目尻を細めた。先ほどまでの怒りも忘れ、滅多にない妹からの抱擁にコンラッドの表情は緩みまくりである。
しかし、コンラッドの幸せなひと時は、シェルリアの囁きによって脆くも崩れ去った。
「セドリック様の前では私のことをリアと。お兄様の妹であることも決して口にしないで」
「なっ!?」
何故!? とコンラッドの瞳が困惑の色に染まっていたが、シェルリアは構うことなくコンラッドの耳に囁き続ける。
「もし約束を破ったら……」
ゴクリとコンラッドは喉を鳴らした。
「二度と口を聞かない」
完全に絶望の淵へと突き落とされたコンラッドを他所に、シェルリアはコンラッドから身体を離し、完璧な淑女の礼をとる。
「それでは、私は休憩時間が終わりますので、失礼いたします」
そう言うが早いか、シェルリアは踵を返し、注意を受けない程度の早足で二人の元を去っていく。
その間一言も発さず、シェルリアとコンラッドの姿を見つめていたセドリックは、慌てた様子でシェルリアを追いかけようと足を踏み出したが、二歩目が出ることはなかった。
「おい、セドリック。どういうことか説明しろ」
セドリックを引き止めた手によって肩に強烈な痛みが走り、セドリックは顔を歪める。けれど、セドリックもまた、友人であるコンラッドに聞きたいことがたくさんあった。
「……それは俺も聞きたいね、コンラッド」
鋭い赤い瞳と感情の読めない金の瞳がぶつかり合い、殺伐とした空気が流れる。それは二人にとって珍しいことでもあった。
セドリックとコンラッドが出会ったのは二年半前のこと。セドリックが正式に王宮特別薬師として王宮で働くようになり、多くの薬草を取引している領地の当主であるモンスティ子爵の長男が王宮にいるということで顔を合わせたのが最初だ。
年齢はコンラッドが四歳上だが、コンラッドの気さくで明るい性格や信頼できる仕事姿などから距離が縮まり、今ではセドリックにとって仲の良い友人の一人でもある。
「コンラッドと彼女はなんで、その、あんなに親しげなんだ」
セドリックの脳裏に抱きつきあってコソコソと何かを囁き合うシェルリアとコンラッドの姿が浮かぶ。
「そりゃ親しいに決まってる。シェ……あの子は俺の大切な子だ」
「はっ!? コンラッドには婚約者がいたはずだろう!?」
セドリックは動揺したのか声を裏返した。
一方、コンラッドはセドリックの様子に優越感を感じたのか、ふんっと鼻を鳴らし、腰に手を当て胸を張る。
「アメリーとリア、ふふふ……あの二人を比べることなんてできるはずがない」
シェルリアの愛称呼びをした瞬間、堪えきれず喜びの笑いがコンラッドの口から漏れ出たが、セドリックはそれどころではなかった。
「お前、最低だなっ!」
ある意味、リアがコンラッドの妹であると知らないセドリックにとっては当然の感想である。
しかし、友人からの評価が下がってもなんのその。コンラッドにとっては至極当然のことを言ったまでであり、普段の妹自慢の延長線上と言っても過言ではないのだ。
コンラッドも馬鹿ではない。セドリックが勘違いしていることはわかっていた。けれど、リアが妹だとバレればシェルリアが二度と口を聞いてくれないのだ。
結果、自分の妹自慢をしたいという欲と妹に嫌われたくないという思いを優先し、友人の勘違いを見て見ぬ振りしているのである。たしかに、セドリックの感想はあながち間違いではないかもしれない。
「だが、セドリック。なんでお前にそんなことを言われなきゃいけないんだ」
「そ、それは……」
口籠もったセドリックは、そこでやっと少し冷静さを取り戻す。
コンラッドの言う通り、セドリックはシェルリアとコンラッドの関係をとやかく言える立場ではない。それに、先ほど見た二人の親密さに比べれば、セドリックとシェルリアの付き合いはセドリックの秘密を共有している間柄程度なのだ。
セドリックだってシェルリアにありのままの姿で接してはいない。笑みをたたえ、紳士的な態度で当たり障りのない言葉を紡いでいる。
だから、シェルリアに何かを求めるのは間違だ。
例えシェルリアが婚約者のいる男を好きでも、言葉を挟む権利はセドリックにない。そう頭ではわかっているのに、心にかかった靄が取れてはくれなかった。
「もしかして、あの子の蜜にやられたか?」
そう言って片方の眉を器用に上げ、ニヤリと笑ったコンラッドは、セドリックよりもセドリック自身に起こっていることを理解しているようだった。




