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 一人で起きる朝というのは、ここまで味気ないものだったのか。

 ベッドの上から降りてそう考える。

 昔好きだった小説には、「どんな辛い傷跡でも、くじけずにいれば、いずれ癒される日がくる」とあった。けど、それは小説の中だけのことで、これは現実だ。


 たとえば、いずれとはいつの日を指すのだろう。ずぶの素人がこんなことを言うのはおかしいかもしれないけど、心に負った傷はいつになっても消えることはないはずだ。


 なぜなら、もう佐奈はいない。海外留学は意外なほどあっさりと決まってしまった。

 恐らく父が校長に色々と手を回したのだろう。次の日に登校したとき、そんな噂を聞いた。


 一人で学校に行くというのは、ここまで寂しいものだったのか。

 いつもなら、教室の前まで一緒に歩くはずの子が、目の前にいない。

 「冬弥、ちょっといいか?」

 教室に入った瞬間声をかけられる。見ると真が強張った顔で立っていた。

 「ああ、真。どうかした?」

 「佐奈ちゃんの話、本当か?」

 挨拶もせずに、会って早々に今一番辛い話題をしてくる。いつもこいつはそうだ。遠慮ってものを知らない。だが、僕も真面目すぎる性格が災いしてか、無視することがどうしてもできなかった。


 「多分、そうだと思うよ。僕が決めたわけじゃないから」

 「お前……」

 ギラッと鋭い眼を向けてくる。今にも飛び掛ってきそうだが、殴りたいならさっさと殴ってくれればいいのに。そう思ってると、後ろの扉が開いた。

 「あ、ごめん――」

 とっさに場所を開けようと後ろを見ると、思いもよらない人物が眼に入った。

 絹糸のようにキラキラと光る銀色の髪。中学に上がってから嫌というほど見てきた、人を引き付ける宝石のような瞳を称えたその持ち主は――


 「祀……この間のことは、えっと」

 「冬弥くん! 聞いて聞いて! 私ね、すっごく良いことがあったの! 何だと思う?」

 「取り消しになったんだろ? お前の留学が」

 考える暇もなく、真が答えを言ってしまった。

 「むーっ。冬弥君に答えてもらいかったのにぃ」

 「いや、どっちにしろ答えられなかったし。ていうか、それ本当? 留学、取り消しになったの?」

 「そうだよ。お父さんとお母さんとうんと話し合ってね。アメリカに行くぐらいなら死んでやるって脅したの」

 

 まるで他人事のように言ってるが、そこまでするからには相当のイザコザがあったんだろう。

 何のため? 僕のため? だとしたら、あまり有難い話ではなかった。誰かのために何かをしたいなんて話は、今の僕には到底受け入れられないものだったから。


 「そうなんだ。よかったじゃない」

 「なあに、その我関せずみたいな言い方。これで幾らでも一緒にいれるんだよ! 嬉しいでしょ。ねえねえ」

 「あ、あの……頼むからあんまりくっかないで……」

 腕をさりげなく絡めてくる祀に、周囲の目がヤバイことになっている。“白川祀親衛隊”はこの間から大人しくしているとはいえ、何の手出しがないというのは逆に不気味だ。出来れば残り少ない中学校生活、荒波は立てたくないのだが……。


 「やめとけよ、白川。それに、冬弥の気持ちも少しは考えろ」

 「いや、僕は別に……」

 そう言ったが、佐奈の一件は僕の中で何も解決していなかった。

 「僕は、何も気にしてないよ」

 「ほら、冬弥君はこう言ってるよ? それとも須藤君、焼き餅?」

 「ちげーって。ただ、空気は読めよ。お前がこの間したこと、忘れたわけじゃねえだろ?」

 真は聞き分けのない子供に説き伏せるように言った。

 

 「あはは。この間のことはこの間のことだよー。須藤君考えすぎっ」

 「おめでたい奴だな。まあ、冬弥が本当に気にしてないっていうならいいけどよ」

 僕の心の内を見透かしたように真が言う。普段は馬鹿なことばっかりやってるが、こういう時は以外に気が利く奴だったんだな。僕は真の評価を改めた。


 「それより、どう? 私とのこと。考えてくれた?」

 祀が満面の笑みを浮かべて聞いてくる。どうやら、この間のことは本気で気にしていないようだった。

 「キスまでした仲だもんねーっ。ていうか冬弥くんになら、全部あげちゃってもいいんだけど」

 「そ、そうなの? まあ、考えとくね」


 そう言って僕は自分の席につき、授業の準備を始めた。在咲さんをちらっと見ると、陰鬱な表情で僕を見つめていた。

 ――ギクシャクしている。僕の周りの、全てが。

 もう今までの日常には戻れないんだと、僕は強く痛感した。

 

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