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異世界の流儀  作者: 千路文也
第一章
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032  美少年時代のトラウマ


 明が醜い老婆を嫌うのはトラウマがあるからだ。その昔、明にも美少年と呼ばれる時期があった。てっぺんをハゲ散らかして森林破壊が進んでいる今では想像出来ないかもしれないが、流れるような黒い髪の毛に端整な顔立ちの時代は確かにあた。年配者の口癖が「歳をとりたくない」という言葉なのは、そういう意味が含まれていると言っても過言ではない。昔の綺麗な自分を知っているから今の自分を好きになれない。その点、明はナイスミドルに成長はしているのでまだマシか。世の中には40歳で老け込んでジジイのような見た目の人間もいる。だが、明はかつての同級生と記念写真を撮った中でも人一倍スター感に満ち溢れていた。ようは心が若ければ見た目も若くなるのだ。昔はそんな事など考えずに髪の毛をイジリまくってセットをしていたのが仇となったのかもしれない。まあ、そんな事はテーブルの上にでも置いておいて本題に入るとしよう。明は美少年が故に年上のお姉さんからも支持が熱かった。とは言っても年上なのはお姉さんだけでは無い。老婆も年上に含まれる。老婆が一番求めているのは若い肉体なので、当時はボディータッチが凄かったのだ。それが軽いトラウマとなって今でも老婆を見ると冷や冷やする。目の前に老婆がいて、明は全身に汗をびっしょりとかいていた。とても裏声を出す余裕など無かったが、今ここで正体をバラすのは得策では無い。そう思って渾身の力を込めて裏声を出していた。


「ハハッ。オバチャンハコドモジャナイケド、ショウガナイカラフウセンアゲルヨ。ホラドウゾ」


 着ぐるみを被った明が手を伸ばすと、老婆は喜々として風船を受け取っていた。そして耳元に近づいて何やらコショコショと言い始めていた。ありがとうの一言でも言ってくれるのかと思いながら耳を澄ますと……。


「お前、後で覚えとけよ。仕返ししてやるからな」


 その言葉を聞いた瞬間、全身の血が冷めるような感覚がした。正体がバレテしまっているのだ。そうじゃないと「仕返ししてやる」などの言葉は出てこない。あまりにも復讐心が宿った言葉に肝を冷やす明だった。明がたとえ生物上の中でも頂点に君臨する人間だったとしても、あの言葉には恐怖せざる負えない。肉体的強さと精神的強さは全く比例しない。むしろ明は自分の弱い心を隠すように、肉体を鍛えてきた。今の言葉は、その弱い心が飛び出した瞬間を引き出す言葉でもあった。正体がバレテいないと思っていたから、余計に恐怖してしまった。



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