031 恐怖
次の町へと向かおうと思っていた明とエレナだが、不意に衛兵から声を掛けられていた。何やらこの町では催し物をしているらしく、人手が足りないそうだ。着ぐるみを被って子供達に風船をプレゼントする役が急遽これなくなったと。明はどうしよかと迷いに迷った。ここで時間を浪費するのは勿体ない。しかし、子供達に風船をプレゼントするとなると断り難い。明は昔から子供好きだったので子供の二文字を聞くといても経ってもいられなくなる。結局、明は衛兵の言葉を承諾していた。
「仕方ないな。他に人がいないのであればやるしかあるまい。自己啓発でもよく言うだろう……想像しただけで行動しない人間は落ちぶれていくってな」
明はそう言いながら、手渡された着ぐるみを被っていた。何処にでもありがちなクマの着ぐるみで、ここは元いた世界とは何も変わらないのだなと妙に納得していた。子供の世話をするのは好きだが、得意な訳では無いので少々の不安を覚えながら風船を両手に持った。そして噴水近くの広場に顔を出すと、さっそく少年が近づいてきた。
「わー。クマさんだ!」
と、嬉しそうに抱きついてきたではないか。中に入ってるのが50手前のミドルエイジ親父なのは少し罪悪感もあった。だが、子供にとっては目の前の着ぐるみが真実なのだ。ここでまがりにも被り物を取って素顔を晒す訳にはいかない。子供の夢を壊してしまうのが、一番やってはいけない行為なのだから。
「ハイ。フウセンダヨ」
明は高い声を出しながら風船を出した。元々彼は独特の低い声を持っているのだが、裏声を使えば高い声を出すのも容易だ。まるで某鼠王国の看板キャラクターの声をしていたが、これ以上言うのは自重せざる終えない。何処で奴等が見ているのか分からないのだから。そんな事を考えながら風船を渡していると、少年は満面の笑顔を見せながら風船を受け取ってくれた。
「わあ。ありがとう!」
その無邪気な笑みには癒される。子供が好きな男は、自分の中に闇を抱えていると自覚している者が多い。ようするにコンプレックス感がある人間だ。そういう人間は子供が好きである。逆にコンプレックスなど微塵も感じず、「俺はエリートサラリーマンです!」と胸を張って歩いてるような人間は子供が苦手である。そうやって、明は自分の中で分析していたのだが、今度は後ろから声が聞こえてきた。今度は女の子の声である。
「あたしにも風船くれんかね」
声がする方向に振り返る。その瞬間、明の身に衝撃が起こった。目の前で風船を受け取ろうとしているのは、紛れもなく老婆だ。しかも普通の老婆では無い。ついさっき粉砕した筈の老婆が目の前に立って風船を求めているのだ。明の顔には冷や汗がどっと浮かび体中に緊張が走る。ニコニコとしている老婆が更に不気味な雰囲気を漂わせている。




