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異世界の流儀  作者: 千路文也
第一章
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022  侍の心


 明は100メートルを9秒台で走る俊足を生かして、強盗の影を追っていた。100メートルを9秒台と聞くと速いと思いがちだが、これでも衰えた方だと明は感じていた。昔は瞬時に高速移動可能の魔法を使っていたので今よりもスピードは速かった。しかし、今その魔法を使ってしまうとミドルエイジの体には危険信号だ。あれは若いからこそ使える魔法なので歳喰った自分には合わないと確信を持って言える。だから自分の肉体を信じるしか、異世界を渡り歩く方法は無いのだと感じていた。自分の肉体を最高潮に維持していればどんな物事にも瞬時に対応出来る。トップレベルで活躍するためには判断能力が大事だと気付いたので、明は10年以上前から肉体改造を施していた。朝、昼、晩のプロテインは欠かせず、息子にも仕送りでプロテインを送るぐらいの熱中ぷりだった。しかも配達方法は着払いだったので文句を言われるケースも多々見受けられた。しかし明が送ったプロテインのおかげか、見事二人共身長180センチをゆうに超える高身長になっていた。


 そして、100メートルを9秒台で走る俊足は元々あった。昔から足には自信があったので特に鍛えずとも俊足は維持出来た。しかしそれも若い時が限度。ミドルエイジ最前線ともなると毎日が衰えとの闘いである。明の場合はまだスピードは左程衰えていないが、問題は体力である。体力ばかりはどうしようもなく、年々降下している。こうして全速力で駆けている時も体中から悲鳴が上がっている。


 全力疾走するだけで、ミシミシと骨が軋むような音が響き、骨盤がずれているような錯覚に陥る。既に腰は限界を超えていて、今にもぎっくり腰になりそうだった。しかし明は周りの人間に衰えている姿を見せたくは無かったので、強がりをしてしまう。今こうして走っている瞬間も、実は強がりでしかならない。


『自分はまだ頑張れる。だから見捨てないでくれ』


 という意志が強く年々強まっているので、多少痛みを感じていても無理をしてしまう。明はそれがいけないと分かっていても、大人の意地を見せていた。そしていつの間にか、強盗との距離は腕一本分に迫っていた。何処か分からない路地裏での鬼ごっこはお終いだ。そう思いながら、明はグイッと手を伸ばして強盗の右肩を掴むと、そのまま一本背負いして強盗の体を地面に叩きつける。その一連の流れは、まさしくジャパニーズサムライの名に相応しい。


「日本生まれは伊達じゃない。どんなに年を食って体がボロボロになろとも、心の中にはジャパニーズサムライの魂が眠っている。それがお前に分かるか!」


 明はそう言いながら、持て余している左手を前に突き出して強盗の被っている仮面を脱ぎ捨てた。すると、目の前に現れたのは道端で出会った女老害の姿だった。あの醜く性根が腐りきった顔を見間違う筈も無い。




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