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放浪のエル  作者: ゆう
第三章
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九十四



 レイランの寝室から出た後、兄妹と共に廊下を歩きながら考えるのは今後についてだ。


 まだ動けないガレオラスの代わりに今はリオを中心とした兵士たちはもちろん、残っていた使用人やルトやシンディの手を借りながら総出で滞っていた仕事を回している状況である。

 

 少なくともガレオラスの体力が戻るまではこの状態が続くと思っているのだが、レイランの言っていたお告げとやらがどうにも引っかかる。

 

 私がこのままここにいてはまた良からぬことが起きるのではないだろうか。今何かが起きればそれこそこの家は再起不能になってしまう。

 しかし、人手が足りないことにはどうにも……



「エル。もし必要であれば、教会からも人を派遣するわ。あたしたちが一度王都に戻って手続きをするから少し時間はかかっちゃうんだけど」


「それは……助かるな」



 ネルイルの提案は実に有り難いものだった。


 王都の教会は、各地からの要請に応じて相応の能力を持った魔術師を派遣できる仕組みになっている。スイストンの街で話にあがった氷の魔術師フィアリアがその良い例で、あれは海での戦闘能力に長けた者をと申請した結果なのだろう。

 

 給料は領主が払うことになり、本人の希望額が優先させるので魔術師にとっても良い話であることは違いない。


 使えるものがあるなら使うまでだと、私は指折り数えながら条件を口にする。



「えっと、書類仕事ができて、領地運営の知識もあって、人に騙されにくくて、戦闘もできて、あとガレオラスにガツンと言える物怖じしない奴がいたら頼むよ」


「当然と言えば当然だが、すげぇ具体的だな。そんな奴いたか?」


「うーん、基本的に教会は貴族の人間が多いから領地運営の手助けはできるんじゃないかと思うけど、辺境伯に物怖じしないとなるとそれより身分が上の……あっ」



 ふと何かを思い出したネルイルがパンッと手を打ち鳴らす。どうやら思い当たる人間がいたようだ。

 

 私は教会の人間に詳しくはないので、その辺りの人選は任せようと思う。ネルイルのことは信頼しているので彼女の紹介なら文句もない。



 そうして執務室の前まで来ると、見える場所にあるガレオラスの寝室から出てきたリオたちと遭遇した。



「あっ、ちょうど良いところに!姉さ――」



 姉様、と呼びかけて、口を自分の手で塞いだリオがそのまま駆け寄ってくる。

 その呼び方はもう止めろと言ったのがまだ馴染んでいないらしい。仕方ないとはいえ、屋敷の中でも誰が聞き耳を立てているかはわからないので早く慣れてもらわねば困るのだが。


 私の目の前まで来て口から手を離したリオが意味もなく握りしめた手を振っている様子は少し面白くもあったが、本人は真剣に葛藤しているようだった。



「え……え、え、エル、さん……」


「はいはい、どうかしたのか」



 見た目は私の方が下なのだし、敬称はいらないと言ってあるのだが。そこはまだまだ時間が必要だなとなんだか微笑ましい気持ちで返事をしながら話を聞くと、そっちはあまり笑えない案件だったので私の機嫌は一気に降下することになる。



「父様のご提案なのですが、アスハイルさんやネルイルさんもいるうちに舞踏会をしないかって!」


「………………はい?」


「あっ、そんなに規模の大きなものではなくてですね。兵士の方々や使用人たちの労いの為の場のようなもので、食事会みたいなものを、と……」



 指先を合わせてもじもじとこちらを見るリオは、私が頷くのを期待している様子だった。


 

 嫌だ。正直、すごく嫌だ。

 ガレオラスの提案というところが特に。


 あの男、絶対に私がドレスで着飾るのを前提に言っているだろう。こんな機会二度とやってこないと最もらしい理由をつけてねじ込んできているとしか思えない。


 しかし、目の前のリオはそんな私の心境に気付きもしないでそわそわと返事を待っているのだ。嫌だと言えばその顔が曇ってしまうことは想像に難くない。


 最初から逃げ道の無い選択を迫られている。


 今度は私が静かに葛藤する番だった。



「エル。リオも辺境伯代理として毎日頑張っているのはキミが一番知っているだろう?」


「エル。舞踏会ですよ。ダンスですよ。ディは是非とも参加したいです!」


「ルトはともかくシンディは私欲まみれだな……まぁ、いいんじゃねぇの?」


「たまにはパーッと楽しむのもいいんじゃないかしら」



 リオと共にガレオラスの部屋から出てきたルトとシンディの援護射撃。ついでに面白がった兄妹も加わって、ついに私の退路は絶たれた。


 長い長いため息を吐いた私が渋々了承の意を示すと、リオ、ルト、シンディの三人が手を合わせて喜びを露わにするので、なんだかしてやられた気分になるのだった。


 

 まあ、たまにはこんなことがあってもいいか。

 三人の喜びようを見ていたらそんな気持ちになってくるから不思議だ。

 

 先程の面会のことを一旦頭の片隅に追いやった私は、ここでようやく肩の力を抜くことができた。





 その後、リオに手を引かれて連れて来られたのは、やたらと収納の多い部屋だ。元はクラヴィアが使っていた物置きのような部屋だと思うが私も入るのは初めてである。

 

 ところどころに置いてある未開封の包みはもしや全て贈り物だろうか。定期的に掃除はされていたのか埃は被っていないようだが、少し色褪せたものから真新しいものまで様々だ。

 

 クラヴィア亡き後はレイランが物置きに使っていたのかと思ったが、包みを見ていたらリオからまた信じられない言葉が飛んでくる。



「そちらは姉――エルさん宛てのドレスですよ。父様が毎年仕立て屋に作らせているものです」


「……はっ!?」



 最早意味がわからない。わからなすぎて、素っ頓狂な声が出た。


 毎年仕立て屋に作らせている?ドレスを?

 私が着ていた服を元に作らせたのか?靴も?装飾品も?


 死んだことになっていたはずの娘に?



「そこまでする必要がどこにある……」



 忘れてしまえば良かったのに。私が生まれて間も無くクラヴィアが言ったあの言葉のように。娘などいなかった。そう思えば良かったのに。


 

『ああ、これを機に新しく服を仕立ててはどうだ。お前の桃色の髪に合う華やかなドレスなんていいと思うぞ』



 そんなあの日の言葉が、不意に脳裏をよぎる。


 

 あの時はどうしても受け入れられない言葉だった。ドレスなんて家督を継ぐことしか頭になかった私には必要のないものだったから。


 

 ――けれど、今は。

 


 不器用で、だいぶ面倒臭い人だとは思う。

 死んだクラヴィアの面影をいつまでも引きずっているようだし、私に女として生きてほしいと思っていることは今も変わりは無さそうだ。でも。


 

 きっとそれは、誰よりも私を心配しているからなのだと、わかる。


 だから。今は私も、その厚意を素直に受け取ることができる。



「親ばか……」



 思わず口元が緩みそうになるのをグッと堪える私を、みんなは静かに見守っていてくれた。



「ちなみに私も姉――エルさんとお揃いのものがあるんですよ!」


「用意周到すぎて怖い」



 なぜか胸を張って告げるリオには苦笑いしてしまったけれど。


 

 私が選んだものに合わせると言うリオに、仕方なく未開封の包みを全て開けあれやこれやと意見交換しながら過ごした一時は、意外にもとても楽しい時間だったのだ。



 その部屋には他にも使われていない衣装がたくさん仕舞われていた。クラヴィアやレイラン、それからガレオラスが使わずに置いていたものだ。

 

 開かれる舞踏会は公式の場でもない。ただ楽しむ為の交流の場なので、みんなもこの時ばかりは問題事は置いておいて好きなように衣装を選んでいた。





 


 そうして次の日、早くも細やかな舞踏会が屋敷のダンスホールで開かれることとなる。

 

 翌日にはここを発つことを決めたアスハイルとネルイルに合わせた結果だ。


 

 着慣れないドレス。歩きにくい硬い靴。屋敷に残っていたメイドの女に意気揚々と弄られ飾られた髪。最早定位置になっている肩にはちょこんとシロが乗っているけれど、武器も携帯していないのはなんだか落ち着かない気分だった。

 

 こんな格好で人前に出ることなんて初めてだ。

 兵士や使用人たちとの食事会を交えたものだというから着飾る必要なんて本当は無かったのかもしれないが、一部の者たちの強い要望があったのだから仕方ない。


 着替えた部屋でぼんやりと佇んで待っていると四度叩かれた扉が開き、同じく着替え終えたリオがそろりと顔を覗かせて入ってきた。



 お揃いの白い正装。

 私はリオの瞳の色に合わせた青を押したのだが、私の髪には赤だと強く言うので赤い飾りが付いたものを選んだ。


 ドレスを纏った私を見つけてきらきらと目を輝かせながらやってきたリオの銀髪には、白と赤の衣装がよく映える。



「そんなに良いものかね」


「はい!とっても、お似合いです!」


「リオも、よく似合っているよ」



 褒め合って、お互いにくすりと笑い合って、そうしてリオはそっと手を差し出してくる。

 その時の表情が儚げで美しく、これは成長したら化けるなと思ったことは心の片隅に留めておくことにした。



「では、行きましょう――エル」



 一瞬驚いた私に、してやったりと悪戯っ子のよう笑う。

 

 その顔はやはり、まだまだ年相応の可愛らしいものだった。



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