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放浪のエル  作者: ゆう
第三章
92/108

九十



 流れていた曲が終わると同時に母の術式は一部を残して消えてしまった。残った術式は父への魔力を供給する為のものなので、私も特にいじることはなく今も目には見えない形で屋敷の上空に浮いている。



 魅了の術者はやはりと言うべきか、リオの母親であるレイランだった。

 

 母の術式が消えた後に捕らえた場所に向かったのだが肝心の女は杭の檻の中で気を失っていて、そこにいたアスハイルにはかなり怒られた。

 

 もちろんはっきりと首謀者がレイランだとわかっていなかったにも関わらず勝手に横槍を入れたことと、シロの魔力に沈め魔力過多を起こさせたことだ。流石にやり過ぎだったらしい。

 もう少し救出が遅ければ死んでいたぞと言われても、それならそれで、と思う私はレイランのことをかなり嫌っているのである。


 

 そんな訳で結局辺境伯である父も、その妻であるレイランも話せる状態ではなくて。その為二人の回復を待ってから改めて話し合いの場を設けるということでこの日は決着したのだった。



 そして、夜。



 暗くなってから目を覚まし始めた兵士たちの力を借りつつ屋敷内で倒れていた敵を一人残らず捕らえて縛り、一旦地下の牢屋に全員を収容し終えたところで私たちはようやく休息の時間を得た。


 

 驚いたのは、特に私とミリアの戦いで破壊されていた屋敷内が綺麗に元の状態に戻っていたことだ。

 

 どうやら母の時の魔術は屋敷にも作用したらしい。一度きりしか使えないことが残念に思えるくらい万能な魔術である。

 消えてしまったとはいえ一度は見て使った術式だ。再構築し、いつか自分のものにできたらいいとは思っている。どれだけの時間がかかるかはわからないけれど。


 

 ただ、一つだけ。あの魔術に欠点があるとすれば。

 死んだ者の時間は操作できないということだ。


 魔術が届く範囲にいたはずのミリアが蘇ることはない。

 彼女は辺境伯家の使用人ではあったものの、犯罪集団に組していた罪人として遺体は兵士たちの手で処理されることとなった。



 そして私たちはといえば、屋敷の復旧作業が必要なくなったことで使える部屋も多くあり、この日はそのまま屋敷に泊まることにした。


 それぞれの部屋で寝かせている父とレイランには兵士の見張りを付けているので任せておけば大丈夫だろう。一応レイランの部屋にはルトに頼んで敵の魔術具から奪った術式も仕込んであるので。

 あれは魔術を使うと術者に跳ね返ってくるという仕組みらしいから、逃げられない為にはちょうど良い対策だと思ったのだ。

 

 仕掛けを施している時、兄妹には物言いたげな目で見られたが気付かなかったことにしておいた。



 そして。



「今後のことを話そうと思うんだが」



 アスハイルがそう切り出したのは夕食後のことだ。


 私たち五人とリオを含めた六人で夕食を取り、一先ず今日一日で起きた出来事を整理し終えた後、シンディが淹れてくれた紅茶を飲みながら静かにその話に耳を傾ける。

 

 ちなみに夕食を用意したのはアスハイルとリオで、その後にしっかりお手製の甘いケーキまで頂いた後である。共に料理をしたことが嬉しかったのか、リオはすっかりアスハイルに懐いていた。


 

 屋敷の中には隠れて一連の騒動をやり過ごした犯罪集団とは無関係な使用人もいたのだが、今日のところはとリオが暇を出していたので今はそれぞれ部屋で休んでいることだろう。そういう使用人も残っていてよかったよ、本当に。



「まずは、エルは辺境伯が無関係だと思っているんだったな」


「まあ少し不服だけど」



 本人が目を覚ましてから改めて確認する必要はあるが、あの人に犯罪集団との関わりは無いんじゃないかと今は思っている。

 

 私に対しても色々と誤解がありそうだし、日中にリオや兵士から聞いたこれまでの様子からしても仕事に関しては真面目で実直な人であることが窺えた。少し頭の固い所はあるものの、それ故に秩序を乱す輩の存在を許すとはどうにも思えない。

 

 それに、ここ数ヶ月は寝たきりの状態だったと言うじゃないか。直近一月は意識も無かったはずなのに、その間に使用人の入れ替えが何度かあったという話はリオたちからも聞いている。

 当主が寝たきりの状態でそれをする利点がどこにあるのか。

 どう考えてもあの人の地位や権力、名誉を隠れ蓑にした別の人間が主導していた可能性の方が高いだろう。


 そんな父とはまた話す時間は作るとして、問題はレイランである。



「あの女は完全な黒よ。残念だけど、王都に連行させてもらうことになるわ」



 ネルイルの言葉に肩を落としたリオは、あんな女でも母親として慕っているのだなとわかる。

 わざわざ女である私を追い出してまで跡継ぎの座に据えた息子だ。レイランもそれなりに可愛がっていたことは間違いないと思うのだ。


 それならば、母親としてこれからも支えてやれば良いものを。このまま連行されてしまえば今後あの女がこの地に戻ってくることはほぼ不可能であり、リオともまた会えるかすらわからない。

 まだ十歳の子供を残して――それどころか、犯罪者の息子という汚名まで背負わせて。

 

 本当に、勝手な女である。

 

 いや、これはレイランだけの話ではなくて。

 

 おそらくアースフォード家全体がこの件には関わっていると私は確信している。

 

 身寄りの無かったミリアを拾い、父を通じてこの辺境伯家に送り込んできたのも、母が死んで間も無く新しい妻としてレイランを嫁がせたのも、私を排除しようとしたのも。全てはアースフォード家の人間による企みだ、と私は思う。


 板挟みになっているリオが一番の被害者だ。

 


 私がそれを気にしていることも兄妹は知っていて、だからこそ今後の話をこの場で話題に挙げたのだろう。



「俺たちはあの女が目を覚ましたら王都に戻ろうと思う」


「随分と長く開けちゃったしね。そろそろ戻らないと」



 それは、二人との旅はここまでであることを告げる言葉だった。


 

 アスハイルもネルイルもわかっているのだ。私が王都にまで着いて行く気がないことを。これ以上犯罪集団に関わる気もないことを。

 なぜなら私には彼らのように犯罪集団を追う義務がないのだから。


 今回ここまで共に来たのは、不本意だが身内の争いが絡んでいたことと私の目的がこの地にあったからである。

 私の命を狙っていたミリアが死んだ今、わざわざこちらから関わる理由も特にない。



 だから、私はルトやシンディの視線を感じながらも少しの間考えて、そうして口を開く。



「私はしばらくここに残るよ。やることもある」



 私たちの旅は急ぐものじゃない。ならばせめて元の運営ができるくらいまで付き合ってやっても良いんじゃないかと思ったのだ。

 

 辺境伯の代理として突然一人矢面に立たされるリオのこともある。この子供をこのまま放り出してしまうのはあまりにも無責任だとも思う。


 

 私の言葉に先程とは打って変わってパァッと顔を輝かせたリオは、余程嬉しかったのか椅子から飛び降りて側まで駆け寄ってきた。

 

 なんだかんだとその顔に弱い私である。父が回復するまでだぞと言って頭を撫でてやれば、わかっているのかいないのか、元気な返事が返ってきて少しむず痒くなった。



「それじゃあ、僕たちもしばらくご厄介になっても良いかな?」


「もちろんです!」


「お手伝いできることがあればなんでも言ってくださいね!ディはこれでも護衛の仕事をしておりましたので!」


「わぁ!ありがとうございます!」



 ルトやシンディも含めた屋敷暮らしはなんだか賑やかになりそうだな、と。前にこの場所で暮らしていた頃からは考えられないくらい、私も穏やかな気持ちでそんな三人の会話を聞いてた。



 そうして長かった一日がようやく終わっていく。



 私が昔使っていた部屋は片付けられてしまったようでもう何も残っていなかった。けれど、思い入れのある私物も無かったので特に気のすることもない。

 入り浸っていた書庫は変わらず残っているし、そこは今リオも使っているというので私にはそれで十分だった。


 

 夜は客室に案内された他の四人とは違い、リオの部屋へ引き摺り込まれた私はそこで共に眠ることになった。

 

 最早ベッドで眠れない私の為に出てきたシロにリオは大層驚いて、でもまた目を輝かせてその後は二人並んでふかふかの羽に埋もれたのだ。

 シロも黙って受け入れてくれたので私は安心して目を閉じた。


 

 こうして眠りに着いた私は例の如く、そのまま二日間眠り続けることとなる。


 翌日、目を覚さない私を心配したリオと駆け付けてきた兄妹が、伸びる髪を食べていたシロに驚いてひと騒動あったらしいのだが、眠っていた私には知る由もないことである。



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