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放浪のエル  作者: ゆう
第三章
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八十二



 一先ず敵が去った部屋で、皆の顔を見てから私はおもむろに口を開いた。誰一人焦っている者がいないので、いつもと変わらぬ口調である。



「私はあいつを追うけどいいな?」


「ああ。正直、あれだけ自然に魔術具使われたら今の俺たちで対応しきれるかわからん。できればシンディを連れて行ってほしいところだが……」


「却下。シンディはルトを頼む。できればこの屋敷のどこかにある術式を見つけてほしい」


「わかりました!」



 強く頷いたシンディがテーブルの下から這い出てきたルトの手を取り立たせている。

 

 この中で唯一無条件で魔術具に対抗できるのがシンディだ。戦闘に関しても彼女に勝てる者もそうそういない。任せておいて大丈夫だろう。そう判断した結果である。



「アスハイルとネルイルはあの女――レイランを探して」


「奥方ね、わかったわ。でも、辺境伯はいいの?」


「そっちは……とりあえず今は置いておこう。まずはあの女だ」



 門からここまで案内した執事はレイランが対応すると言ったのだ。その結果がこれということは、少なくともこの一連の騒動にあの女が関わっていることは間違いがない。

 

 当然あの執事も敵だ。そう考えるとこの屋敷の中にあとどれだけの敵が潜んでいるかもわからない。


 今まで隠れていたミリア本人が姿を現してまでこんな仕掛けを施していったのだ。出れば相手をするとも言って。つまり向こうもこの屋敷の中が戦場になることを想定してきている。

 

 おそらく私たちを生きてここから出す気がないのだ。


 犯罪も追う側を消してしまえば明るみに出ないと考えたか?

 

 いい度胸だ。



「敵の使う道具にはくれぐれも気をつけて。それじゃあ、行こう」



 皆の頷く様子を見てから私は剣に魔力を纏わせ強化した。ぶわりと広がる圧にローブが舞い、室内の家具がカタカタと揺れる。


 そうしてミリアが出て行った扉目掛けて思い切り剣を振り下ろすと、パリンッとガラスが割れるような音を立てて紫の膜は粉々に砕けた。魔力も打撃もこの道具の限界値を超えてやればなんて事はない。

 

 ついでに部屋の扉も壊れ、私は真っ先にそこから廊下へと飛び出す。懐かしさすら感じる廊下はやはり全ての窓のカーテンが閉められていて薄暗かった。


 

 後から出てきた他の四人もそれぞれの目的の為に散っていくのを感じながら、私は飛んできたナイフを剣で落とす。見ればまたいつの間にか廊下の先に双剣を持つミリアが立っている。



「あの結界も足止めにもならないのですね。本当に人間辞めたんじゃないですか、お嬢様」


「まだ辞めたつもりはないかな」


「予定はあるのかよ……まったく、」



 はぁ、と短いため息が聞こえた直後。

 音もなく駆け出したミリアが廊下の壁すら足場にしながら迫ってくるのが見えた。それもほんの一瞬で。気付けば目の前まで来ていた剣を私は自分のそれで受け止めた。

 しかしすぐさま反対側からもう片方の剣が迫ってくる。

 

 双剣を相手にするのは初めてだ。改めて厄介な武器だなと実感しながら私は腕と足を強化して、ミリアの腕をがしりと掴むと思い切り引っ張り体勢を崩させる。

 

 その隙に背後に。

 

 一瞬の躊躇いもなく背中に剣を突き立てようとして、けれど上手く横に交わされそのまま反撃がきてしまった。

 鞭のようにしならせた足に蹴り飛ばされ壁に激突。

 多少の痛みに顔を歪めつつ、休む間もなく切り掛かってくる剣を今度は受け止めずにその場から退避することでぎりぎりで避ける。


 被っていたフードが脱げ、ツゥと頬を流れた血はミリアの剣が微かに掠った証だった。



「――っ!」



 ドクン。


 鼓動が乱れる。ぐわんと視界が歪み始める。

 明らかに体が異常を訴えていた。


 おそらく毒だ。ミリアの剣には毒が仕込まれているのだろう。それに気付いた私はすぐにシロの魔法で自分に再生をかける。

 

 足元に浮かび上がる魔法陣。現れる光の粒。見せたところでどうせ殺す相手なのだから問題はない。出し惜しみする方が命に関わる。



「ふーん。毒もダメ、ねぇ……」



 そんな言葉とは逆に口元は楽しげに笑っていた。


 戦いの中で分析されているのだということは嫌でもわかる。それができるだけの経験がミリアにあることも。



「道具の効果も無効化できるだけで効かないってわけじゃなさそうだった。それに治せはするけど傷はできるし毒も効くんだ。あはは、少しわかってきた!」



 そうしてまた双剣を構える。

 きっとまだ幾つもの手札を隠し持っているのだろう。準備不足と言って逃亡した前回とはやはり違い、今回は完全にミリアの懐の中である。何をしてくるかが全くわからないというのは本当にやりづらい。


 

 カーテンの隙間から差し込む微かな光の中で、剣を持ち不気味に笑うメイド。その姿になんだか夢に出そうだな、と思いながら私も再び剣を構えた。



 ダッとどちらからともなく駆け出す。



 私はとにかく止まらないようにと廊下の壁を使い飛び回りながら、剣と剣を忙しなく打ち合わせた素早い斬り合いを繰り広げる。

 

 そんな中で時折魔力の針を生成し相手に撃ち込めば、どこから取り出したのか黒い石のようなものを放って剣で叩き割っていた。

 どういうわけかそれをされるとその時点で使っている魔力が全て掻き消されるのだ。だから私には使えるものが剣しかなく、また一から手足を強化するその一瞬の隙を突かれてしまう。

 

 腕を斬られ、再び毒が回り再生を施す。そんな時間さえも与えないとばかりにまた魔力を掻き消す道具を使われて再生すらままならない。


 廊下という狭い空間では私の戦闘スタイルが逆に足を引っ張ってしまうのだ。

 明らかに戦い慣れをしているミリアとの攻防はそれを実感する時間だった。



 やがて廊下を抜け屋敷の玄関ホールに出ると、攻防も更に激化する。


 追尾の術式を通した針は、上手く家具を使って退けられた。剣による魔術も依然室内では強力なものが使えない。

 だからと自分と剣の強化に重点を置きながらも、ふとした瞬間に使われる様々な効果を持つ魔術具の対応も迫られる。

 

 リガンタの街での一度目の襲撃からここまでに碌な妨害をしてこなかったのも、ミリア本人が姿を表さなかったのも、全てはここへ誘き出し屋敷内での戦闘に持ち込むためだった。そう言われても納得できるくらいの用意周到さ。感心すらしてしまう。



 

 ミリアは貴族の生まれではない。魔力も持たない人間だ。

 今は魔術具に頼りすぎているところはあるが、本人の実力があってこその戦い方だということがよくわかる。彼女が今までに相当な努力を積んできたことも。


 

 出会ったばかりの頃。ミリアの両親は冒険者だったと聞かせてくれたことがある。まだ若い娘を一人残して依頼先で命を落としたと。

 

 なんでもないことのようにあの頃のミリアは話してくれたけど、本当はどんな気持ちだったのだろう。


 今の強さは何の為に得たものだったのだろう。



「――ミリア!」



 激しい攻防の中で玄関ホールのシャンデリアが落ちた。鼓膜を刺すような派手な音が響く。その中で呼んだその名前は、確かに彼女に届いていた。



「お前がどう思っていたかは知らないけど――」



 吹き抜けの広い玄関ホール。

 二階の手摺りの両側に着地して向かいあう。


 あの頃とは違い、私を見る目に殺気しか感じなくとも言わねばならないことがあった。



「私はミリアがいてくれてよかったと思っているんだ。だから、ありがとう」



 共に過ごした時間はたったの三年間だ。

 けれどこの広い屋敷で独りで過ごしていた私にとって、その三年間はミリアという話し相手のいた特別なものだった。今思えば、だけれども。それでも感謝していたことに変わりはない。


 

 どう思われていてもよかった。

 ただ伝えておきたかった。


 きっとこれが、最後だから。



 静かに佇むミリアは少しだけ目を細めたようにも見える。けれど、何も、言わなかった。


 

 そうして互いに剣を構え直し、再び屋敷内での激しい攻防が始まっていく。


 手数は圧倒的にミリアが上だ。けれど自力での再生を持つ私が有利である事も変わらない。一撃で即死しない限り今の私は死なないのだから当然だ。

 

 次第にミリアの攻撃にも慣れ、毒も食らわなくなっていく。こうなれば私の思う通りに事は運んでいくもので。



「どこが、人間だ……クソッ!」



 着地に失敗してよろめいたところを私が見逃す筈もない。

 強化した剣を思い切り叩き込めば双剣で受け止められたものの、ミリアの体は吹っ飛び、壁をぶち抜いて広い空間に投げ出される。それを歩いて追いかけた。



 ガラガラと崩れる壁を通り抜けると、そこに広がる空間が強く脳裏に残る記憶と重なり、私は思わず息を飲んでいた。


 

 ここは、死んだ母が生前たまにピアノを弾いていた、だだっ広いダンスホールだ。



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