七十三
魂が消え、地面に残っていた体だったものも次第に塵となって風に紛れて飛んでいく。
そうしてそこに残ったのは嵌め込まれた石が割れて輝きを無くした魔術具のペンダント。私はそれを拾って少しの間眺めた後、収納袋にしまっておいた。
「……それで、どうしてこんな状況に?」
立ち尽くしている仲間たちの元に戻り、拳を握りしめていたアスハイルを見上げる。その目には先程までの威圧感は既に無く、一瞬見せた悲しみの色も瞬き一つで消し去られた。
顎で雑に示された方を見れば、私が地面に埋める勢いで殴りつけた細身の男がいる。
「レイスが出るかもしれねぇってんで、念の為見回りしていたところにそいつの襲撃を受けたんだ」
あの爺さんにしてやられた、と。
そう言うアスハイルからはそこまでの悔しさは感じないので、おそらく最初から疑ってはいたのだろう。
そんなボル爺さんも早々にレイスになって消えてしまったそうだ。貴族への恨みつらみを口にして。
当然知らせたのはリランだと思う。しかしその少女もまだ生きていたはずなのに。これからも共に生きてやる選択はできなかったのだろうか。
何より、そんなに簡単に命を投げ出してしまえる事実が私には理解できそうもない。
「その男は聞いてもないことをベラベラ話し出すわ、道具で魔術は封じられるわ、魔力爆弾持ち出されるわでこの有様だ」
「魔力爆弾…?」
「簡単に言えば、特殊な金属に魔力を吸収させた道具だな。限界ギリギリまで吸収させると少しの衝撃で爆発を引き起こすようになる。それを俺たちは魔力爆弾と呼んでんだ」
魔力、特殊な金属、爆発。それって。
ふと脳裏を過ったのは、シロに出会うきっかけとなったあの出来事。捕まった子供たちと共に馬車に乗せられ魔術を封じる枷をはめられていたあの時。
なんとか発動しようとして、後に池が出来上がるほどの爆発を引き起こしたあれはどうやら魔力爆弾とやらと原理は同じだったらしい。
そんなものが道具として存在しているだなんて。
流石に私も知らなかった。
しかしその魔力爆弾を使われたにしては現状の被害は少なく見える。
改めて周りを見渡せば、複数の家屋が崩壊し燃えていた。けれど、それだけだ。ならばその道具には地形すら変えてしまう程の威力は無いと思われる。
お前の魔力は質がいい、と。シロがあの時そう言ってくれたことを不意に思い出した。
もしかしたら魔力爆弾は使われた魔力の質でその威力が変わるものなのかもしれない。私があれだけの規模の爆発を起こせたのは、それだけ内包した魔力の質が良かったから。
そう思うと、やっぱり私はどこか誇らしい気分になってくるのである。
私が生まれつき持っていたもの。リランが持っていなかったもの。
あまり変わらぬ歳の私たちの差は魔力の有無だけ。もちろん複雑な思いだってある。けれど。
私はどれだけ憎まれようと、持たざる者を憐れみはしない。
それはきっと、これからも。
だからこそ、やるべきことがある。
今はそう思っている。
私は一度大きく深呼吸をしてから、倒れている男の側にしゃがみ込んだ。瀕死の状態だが息はある。殴られ地面に叩きつけられぼろぼろになっている姿は実に哀れだが、同情してやる謂れはない。
そんな男の服を漁って隠し持っていた幾つものペンダントを一つずつ地面に並べながら、考えるのはあの女のこと。
「待ち伏せされたってことは、私たちが父のところに向かっているとミリアも知っているんだな」
最初の襲撃を受けてから約一月。
こちらはシロの魔法があるので怪我人の回復も早かったがミリアの方はどうだろう。
回復魔術を扱える者が向こうにいないとも言い切れないが、少なくともあの時はすぐに動き回れるような状態ではなかったと思う。こうして仲間を送り込んできたのも本人がまだ動ける状態ではないからなのかもしれないし。
だが、おそらくミリアは、私たちがあの屋敷に至ることを良く思っていないのだ。それが例の犯罪集団絡みなのか、それとも別の何かなのかはわからないけれどこのまま進めば更なる妨害がある事は想像に難くない。
「大丈夫か」
その言葉は、このまま進むかという問いでもあるのだろうなと私は思った。
目的はあくまでも父に話を聞く事だ。ミリアのこと、犯罪集団のこと、そしてそれにあの人が関わっているのかどうか。
教会の人間として仕事という名目のある兄妹とは違う。
私が父の元へ行く理由。
それを考えているうちに漁っていた男の服の中から手のひらに乗るくらいの黒く四角い金属が出てきた。
触れただけでわかる。手から伝わってくる痺れと痛み。これが対魔術師専用武器とも言える魔術具だ。私はそれをくるくると回して全ての面を確認してから念の為アスハイルを見上げて口を開く。
「壊しても?」
「本当なら持ち帰って調べたいところだが……このまま魔術が使えない状態が続くのも困る。できるか?」
「できるよ」
その前にと今度はルトを見れば、それだけで意図は伝わったようでこくりと頷きが返ってきた。
この魔術具もおそらく魔術で作られたものだ。発動しているのもそう。魔力を持たない人間が集まった犯罪集団という割には魔術に頼りきりじゃないか。当然手を貸している魔術師がいるのだろう。
しかし、だとすればこの道具にも術式が存在する。本体を前にした今、ルトの目にはそれが見えているはずだから。
「覚えたよ」
「流石だな」
ならば良し、と私はその黒い物体を手のひらに乗せて魔力を流し込んでいく。
いつもの強化とは違い量を調整する必要はない。とにかく大量に。
そうして際限無く流れ込む強力な魔力に、やがてその塊から白い魔力が少しずつ漏れ出し、ついにはパリンと音を立てて弾けるように粉々に砕け散った。きらきらと輝くシロの魔力が最後に手のひらに残る。
私はその光を見ながら、先程の問いに答えを返しておいた。
「大丈夫。何より、ミリアと決着つけないと私の気が済まないからな」
再会した時、あの女は私を本気で殺す気だった。ならばこのまま放っておいてもいずればぶつかることになる。それに……
「私は、私の意思で、あいつを殺すと決めたんだ」
その決意はまだ私の胸の中にある。一度は逃げられたけれど、二度目はない。
こうしてあの屋敷に近付くことで向こうから姿を現してくれるというなら探す手間が省けると言うものだ。
兄妹は教会の人間だ。堂々と人殺しの宣言をされて黙っていられるとは思えない。止めるか、と二人を交互に見れば、やはり複雑そうな表情を浮かべている。
「本当なら、エルが手を汚す事はないって言わなくちゃいけないわよね……」
「まぁな……だが、エルの戦いに余計な茶々を入れたくねぇとは思ってる」
そうしてうんうんと唸った後に二人はどこか開き直ったように笑うのだ。
それは、ここまで共に旅をして互いを知ったからこそのものだということを私たちはちゃんとわかっている。
「手が欲しい時は遠慮なく言いなさい。無理はしないこと!」
「言われなくてもやばそうだったら勝手に介入させてもらうがな」
「なんだそれ、言っていることが正反対だぞ」
「こっちだって複雑なんだから。察しなさいよ」
ムッとしたネルイルに、思わず吹き出して笑う。それが感染してそれぞれが笑い出す。
その声は暗い空気を吹き飛ばすように、夜の村に響いていた。
燃えていた火が自然に鎮火するまでに私がしたことと言えば、その辺の石を拾い集めて花畑の先に墓を一つ増やすことだ。
高さの違う二つの山の間に更に低い山を作って、私はそこに壊れたペンダントを供えておいた。こんなものでもあの少女にとっては大切なお守りだったようなので。
爺さんのものを作らなかったのはただの当てつけと――それから、二人の間に血の繋がりがあるのかもわからなかったからだ。
後で調べた二人の家からはリランの私物と思えるものがほとんど見つからなかった。貧しい生活だったろうからそれも仕方のないことだとは思うが、生き残っていた住人に聞いた話ではあの爺さんに子供はいなかったらしい。
けれど、一つだけ。
この村の名はリラン。
かつては花が咲き乱れる美しい景観の自然豊かな村だったという。
村の生まれの夫婦が仕事の為に王都へ移住し、そこで生まれた子供に村と同じ名を贈るくらいに。
柵の外に残っている花畑を思えばそれはそれは綺麗な村だったのだろうなと、見てもいないのに思ってしまった。
それから。夜が明け、残っていた住人はたったの五人だった。全員が例のペンダントを持っていたものの、かろうじて残っていた恐怖が勝ち生き残った者たちだ。
兄妹はその住人たちからペンダントを回収し、それを私が全て破壊することでこの村のレイス騒動は一先ず終結したのである。
そしてその日のうちに私たちは村を出ることになった。
残った村人五人と構成員の男を放置しておく事はできないので、私たちは全員を連れて一旦シャンデンの街を目指すことに。
そこまで行けば冒険者ギルドがある。教会とも関わりのあるギルドに後のことは任せようというのが兄妹の判断だったからだ。
私にとっては苦い思い出のある街、シャンデン。こんな形で戻ることになるとは思わなかったが、そこまで行けば辺境伯領は目と鼻の先である。道を外れるわけでもないし、今更嫌とも言わないさ。
「なんだか、寂しいですね」
「そうだな」
最後に無人になった村をシンディと並んでしばらく眺めていた。他の三人は村の外で馬に荷物を積んでいる。人数も増えたのでここからは徒歩だからな。少し時間はかかるだろうがこうなったからには仕方がない。
「……リランの気持ちも、わからなくはないのです」
シンディはこの国では立場の弱い民族の出だ。戦闘に特化したその力は恐れられることもある。クランデアの街では賠償金まで背負って貴族の元で働いていた。
だからきっと、私たちの中で彼女だけが唯一この村の住人の気持ちがわかってしまう。
けれど、とシンディは笑顔で言うのだ。
「ディはこの国のお貴族様を憎んではいませんよ。もちろん、これからも」
そんな眩しい笑顔を見ながら、私は胸の奥に灯った火を改めて感じていた。
私が父の元へと行く理由。そのもう一つ。
「シンディ。私は――」
「おーい!準備ができたよー!」
と、そこでルトの声がかかり、私は「なんでもない」と話を終わらせさっさと歩き出していた。
不思議そうにしながら後に続いたシンディも、もう、振り返ることはない。
こうして、ひとつの村が眠りに付く。
同じ名を持つ少女と共に。




