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放浪のエル  作者: ゆう
第三章
74/108

七十二



「ッ話が違うじゃないか!!」

 

 

 爆発のあった場所に近付くと聞こえてきたその声は知らない男のものだった。



「そりゃ悪かったな!」


 

 戦っているのはアスハイルか。こちらは落ち着いた応答をしているようなのでどちらが優勢かは見なくてもわかる。


 

 そうして辿り着いた村の入り口付近は、もともと崩れかかっていた家が軒並み崩壊しており所々に火の手が上がっていた。

 先程の爆発はこれか。いったい何が起きたらこうなるのだ。中にいたはずの住人は。

 

 状況がわからず足を止めると、火の着いた家の陰からネルイルが突然飛び出してきた。

 その手には杖。見た限り怪我は無さそうだが顔が煤で汚れている。思い詰めたような表情に何か良くないことでも起こったのかと名を呼ぶと、その険しかった表情が私たちを見つけて一気に緩んだ。

 


「よかった!無事だったのね!」


「ああ。こっちは大丈夫、だった、けど……」



 言葉が思わず尻すぼみになったのは、ネルイルが出てきた場所からレイスが十体ほど姿を現したからだ。

 どう見ても追いかけられている。相変わらず動きはそこまで早くないので走って逃げられているといった感じだった。



「ああもう!しつこい!」



 ザザ、と地面を踏み締めて立ち止まったネルイルが杖を構える。それは魔術を発動する時のそれではなく、長物――おそらく槍を構えるような形である。

 

 その体勢のまま追いかけてくるレイスがある程度の距離に来るのを待ち、瞬時に踏み込んで、大きく振り抜く。

 

 魔石の付いた先端で斬るように殴られた数体にレイスはそれぞれが胴体で分たれ、それも次第に緑色の光が侵食していき最後には霧状になって消えてしまう。


 

 残ったレイスも杖を使って華麗に倒しきったネルイルは、小さく息を吐いてからようやく私たちの前にやってきた。



「……なに、その顔」


「いや、お前そんなに動けたんだなと思って」


「失礼ね!教会の魔術師は魔術が無くてもそこそこ戦えるくらいの訓練はしてるわよ。魔術が使えなければお荷物だなんて思わないでよね」



 うん。それはもうたった今実感しましたとも。


 槍のように杖を扱うネルイルの動きは素人のものとは思えないくらいに綺麗で洗練されたものだった。

 魔術が専門であるはずなのに。知識に驕らず更なる努力を積み重ねてきた証拠である。



「すごい、です、本当に!すごく綺麗な動きでした!踊っているみたいで……!」


「あ、ありがとう。踊りで商売をしている貴女に言われるとなんだか照れるわね……」



 シンディに手放し褒められた事が余程嬉しかったのか、ネルイルが杖で顔を隠すように照れる姿は年相応の少女のようだった。



「これならアスハイルの方も大丈夫そうだね」


「そうだな」



 教会の魔術師が魔術以外の戦闘スキルを持っているなら、少なくとも一方的にやられるような状況にはならないはずだ。

 魔術具に対する策を何か用意しているだろうとは思っていたが、これなら安心である。


 

「あっ、でも、うちのお兄ちゃんは――」



 ふと、ネルイルの言葉を遮るようにドシャと何かが私たちの近くに落ちてきた。

 

 一斉に目を向けたそこには、ひょろりとした見知らぬ男が倒れている。顔はあちこち変色し腫れ上がり、着ている服もぼろぼろだ。どう見ても殴られた後である。

 

 そうして男が飛んできた方向を見れば、握った拳をもう片方の手で包みコキコキと骨を鳴らしながらアスハイルがゆっくりと歩み寄ってくる。



「物理かぁ……」



 思わずため息混じりの声が出てしまった。ネルイルの見事な戦い方を見た直後で、もしかしてあいつも、と少しだけ期待したせいである。

 

 いや、物理で殴るのは実にアスハイルらしい戦い方だとは思うのだけれども。あまりにも予想通りすぎただけだ。


 

 そういえばあいつ、私の父を殴るとか言ってなかったか。いくら腹が立つ人だとしても相手はただの貴族だぞ。殺す気か?

 最初に聞いた時は何とも思わなかったけれど、今の姿を見るとどうしても相手に同情したくなってしまうのは仕方のない事だった。



「ああ、お前たちも無事だったか」



 倒れた男の側まで来て顔を上げたアスハイルとようやく目が合う。その目はなんだかいつもと雰囲気が違って、まるで凶暴な魔物でもそこにいるかのような圧を感じた。


 この見知らぬ男と何があったのかは知らないが、これは相当キレているらしい。

 


「お兄ちゃん!殺しちゃダメだよ!」


「わかってるって」



 アスハイルは視線を戻したかと思えば、意識もあるかわからない男の胸ぐらを掴み上げた。



「おいお前。なんでこの村の連中にあんなもん渡した。製造元はどこだ。答えろよ」



 静かな声だ。地を這うようなドスの効いたその声に関係無いのに私までゾワリとしてしまった。


 いったい何があったのだろう。側にいたネルイルの袖口をツイと軽く引っ張ると、意図を察して口を開いた彼女の表情が曇る。



「あの男、リガンタで襲ってきた女の仲間なんだって。話を聞いて私たちをここで待ち伏せしてたみたい」


「ミリアの仲間……例の犯罪集団の構成員ってことか」


「ええ。でも、お兄ちゃんが怒っているのはこっち」



 そうしてネルイルが取り出したのは、見覚えのあるペンダントだった。嵌め込まれた紫の石は割れていて元の輝きは残っていない。


 リランが持っていたものだ。

 それに気付いて思わず言葉が詰まる。



「これ、あの男がこの村でばら撒いていたもので、人の魂って言うのかな……それを無理矢理引っ張り出してしまう道具みたいなのよ」


「待ってよ、それってつまり……!」



 ネルイルを追ってきたレイス。それから先程私たちが倒したレイス。それらが元々はこの村の住人だというのか。それも、この魔術具によって無理矢理魂を引き抜かれた――



「リランは……」



 ぽつり、と。思わず口から出た名前は当然あの少女のものである。


 これを持っていれば死んだ父や母と同じ場所に行けるのだと。お守りなのだと。嬉しそうに語っていた。

 

 まさか、知っていた……?



 ルトやシンディにはリランが魔術具と見られるペンダントを持っていたことを伝えてある。そんな二人も私の様子で全てを察したのだろう。息を飲むのが伝わってきた。



 どうして。


 家族を思いやる気持ちは素晴らしいものだ。アスハイルやネルイルを見ているとそう思わされる。


 けれど、こんな。


 子供が喜んで親の後を追うような思いが、良いものだとはどうしても思えない。



「その人から離れてっ!!」



 パチパチと、燃える家屋の音に紛れて突然子供の声が響き渡った。

 それが今思い浮かべていた少女のものだったので、私は反射的に顔を上げる。


 よかった、なんて。とてもじゃないが思えなかった。



「その人が教えてくれたの!お父さんやお母さんとまた会えるって!魔物に襲われても助けてくれなかった貴族なんかと違うんだもんっ!」



 残念ながらよくあることだ、と私は思った。


 貴族は余程のお人よしか、それを仕事としている奴じゃない限り貧しい人間を助けない。

 当然利益が無いからだ。代わりはいくらでもいるからだ。だからリランの両親も例に漏れず見捨てられたのだろう。


 私は少女のその叫びに応えられる言葉を持っていない。



「っやめろ!」


 

 涙を流す少女は、首からさげていたペンダントをぎゅっと握りしめていた。


 アスハイルが思わず声を上げた瞬間に、殴られて今まで動かなかった男がニッと口元を吊り上げる。



「誰かを憎む人間は、扱いやすくて助かるなぁ」



 カッと紫の強い光が一瞬、少女の手の中から溢れ出した。

 体に伝わってくる痺れるような感覚に、その魔術具が発動してしまったことを知る。



「あっ、ああ、ああぁぁあ!!いたいっ!!いたいよぉ!!」


 

 リランの体が溶けていた。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと。

 途中、ジュウ、と高音で溶け出すような嫌な音が聞こえてきて、けれどそれを見ていることしか私たちにはできなくて。



 私は。


 

 何もできないことをわかっていながら、届きもしないのについつい手を伸ばしてしまう。



「い、いやぁ!!いたいぃぃい!!」



 地面に膝を付いたリランが助けを求めるように顔を上げたのがわかった。



「えるっ!!」



 そうしてその言葉を最後に、少女は力なく地に伏せる。


 誰かが言葉を発する間もなく直後にその体から灰色の煙のようなものが立ち昇るのがわかった。

 それはやがてかろうじて人とわかる形になり、窪んだ口を大きく広げて不気味な唸り声を上げ始める。



「…………馬鹿だよ、ほんと」



 出会ったばかりのただの子供だった。

 情が移るほどの時間を共に過ごしたわけでもない。


 それでも、ほんの少しでも話ができていたら。


 何か変わっていたのか、なんて。



「私はいつも、後悔ばかりだな」



 後ろを振り向かず、後悔もせず、前だけを見て生きていきたい。胸を張って。

 それがこんなにも難しいことだなんて知らなかった。



「ははは!そうだ殺せ!目障りな貴族共を殺してしまえ!その為に貴重な道具を与えてやったんだか――」



 ぐしゃり。


 強化した腕を重ね合わせて振り落とすと、アスハイルの手から離れた男が地面にめり込む勢いで沈んだ。



「うるさいな、お前」



 吐き捨てる。

 こんな奴を相手にしてやる方が時間の無駄だ。


 

 私はその勢いのまま剣を取り、シロの魔力を流し込んだ。


 強化して斬るのでは不十分。それは最初の戦いでわかったこと。だから剣を通して外に放出した魔力を直接叩き込む。

 ネルイルが杖の魔石でそうしていたように。





 生まれたばかりのレイスを脳天から一気に切り裂くと、切り口からじわじわと白い魔力が広がっていくのがわかった。

 

 響き渡る呻き声。霧状に散っていく魂だったもの。



 私はそれが完全に消えて無くなるまで、目を逸らさずに見守っていた。



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