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放浪のエル  作者: ゆう
第三章
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七十一



「は?リランが戻っていない?」



 日が落ちきる前にボル爺さんの家に戻った私は、そこにいたルトとシンディに問われて初めて少女を追いかけなかったことを後悔した。



「てっきりエルと一緒にいるんだと思ってた」


「早い段階で別れたよ。どこに行ったのかは私も知らないが」


「もう日が暮れますよ。レイスの件もあるので心配ですね……」



 窓の外を見れば先程まで夕日でほんのり色付いていた空ももうかなり暗くなっていた。


 部屋の中はいつも使っているランプを持ち込んで使っているので結構明るいものの、この家の外は大きな街のような街灯もないため完全に日が沈めば月の明かりだけが頼りになってしまう。

 子供一人が出歩くには危険だ。そうは思うけれど知り合ったばかりの私たちに少女の行き先なんてわかるはずがないのである。

 

 この場にいないアスハイルとネルイルの兄妹は村の見回りに行っているらしいので、そこで上手く見付かればいいが……



 リランの行方も気になるが、その前に私は少女が持っていたペンダントについて話すことにした。



「あの子が魔術具を持っていた?それ本当?」


「うん。シロも多分そうだって」



 私もあれを見た瞬間体が痺れるような感覚があった。何に反応しているのか正確なところはわからないが、前に一度食らったことで私の危機感知能力に何らかの変化があったのかもしれない。シロの魔力は度々私の体に不可思議な変化をもたらすので。

 

 きっと間違いない。そう告げると二人は身を乗り出して真っ先に体の心配をしてくれた。

 ミリアに襲撃された時は散々だったからな。今回はとりあえず問題ないぞ、とその場でくるりと回って見せれば安堵のため息が返ってくる。



「でも、そうなると今出ている二人が心配ですね。もしまたあれが発動されてしまったら魔力は使えないのでしょう?」


「いや、あれが前のと同じかどうかはわからない。それに二人も警戒してはいるだろうしな」



 リガンタの街を出てから今の今まであまり魔術を使っていなかったのはその辺の対策もあるはずだ。特にアスハイルは一度死にかけているのだし、あいつのことだからまた道具を使われた時の対処法も何かしら考えているに違いない。


 だから今はあの兄妹を心配するよりもリランの持つ魔術具をどうにかする方法を、と言いかけてふと気付く。



「そう言えばボル爺さんはどこに?」



 この家の中に姿が無い。ならば兄妹と共に外に見回りに行っているのかとも一瞬思ったが、杖をついた危なっかしい爺さんをわざわざ連れ歩くのは逆に危険だろう。



「アスハイルたちが出た後に用があるってどこかに行ったきりだよ」


「どこかって、いったいどこに……」



 今日会ったばかりの旅人を自宅に残して?

 こんな時間まで?



 リランも爺さんも戻らないなんて流石におかしいんじゃないか。正体不明の魔術具のこともある。

 今からでもどちらかを探しに出た方がいいかもしれない。

 

 そう思った時だった。



 小さなテーブルに置いていたランプの明かりがフッと静かに消えたのだ。

 


 途端に真っ暗になった部屋の中で、私とルトが同時に動き出し勢いよく家の外に飛び出した。



「二人ともどうかしたんですか!?」



 遅れて出てきたシンディの声が日の落ちきった暗い村の中に響く。彼女は魔力を持っていないので、わからないのも無理はない。

 


「あのランプは魔術で明かりを付けているからね!消えたってことは――」


「来た」



 それは前に読んだことのある記述の通り、ボウと立ち昇る灰色の煙のようだった。


 ゆらゆらと揺れ一塊になり、やがてかろうじて人とわかる形になっていく。


 目鼻口の落ち窪んだ顔。不気味な唸り声。


 レイスだ。それも、同時に四体。



 攻撃性のある個体が珍しいということだったはずなのだが、明らかに敵意を持ってこちらへ向かってくるのはいったいどういうことなのか。

 人の手に見える部分が空気を引っ掻くように動いていて、あれには直接触れるな、とシロからの助言が私たちの耳に届く。

 

 不用意に魔力が使えない状況で物理攻撃の通らなそうな敵とは。これが自然発生したものだとは流石に思えない。



「ルトは下がって。シンディ!」


「はい!」



 ルトと入れ替わるように前に出たシンディが纏っていたローブをベールに変える。二つに分けて両手に構えた扇は問題なく扱えそうなので、やはりルトの道具は魔術具の影響を受けないらしい。


 ならばと私は腰の収納袋から鍋を取り出してルトへと放った。一応魔王相手にも戦えた代物だ。本人の魔力が使えない間の護身用にはちょうどいい。



 そうしているうちに目の前まで来たレイスが両手を広げて覆い被さるように倒れてくるのを避けつつ、私は抜いた剣で何度か攻撃を仕掛けてみる。

 動きは鈍いので周囲に気を付けていれば捕まることもない。だから幾つかの攻撃を試してみる事にしたのだ。

 思った通り剣で斬った箇所はすぐに何事もなかったようにくっついたのでやはり物理攻撃はあまり効果が無いらしい。



「次は、強化……っ、」



 体内の魔力を操作して腕から剣へと流していくと、ピリリと痺れるような軽い痛みが走った。その為もう一度、今度は外からの干渉も考慮して魔力の流れを整え仕切り直す。


 するとふわっと柔らかい風のように魔力が体から溢れて広がり、感じていた痛みは消えていった。

 おそらくどこかで発動している魔術具の威力はそこまで強いものではないのだろう。だからシロの魔力で打ち消せる。



 腕と剣を強化した状態で再びレイスに斬りかかれば、先程とは違い真っ二つになったそれは再生することもなさそうだった。


 けれどそのままの状態で空中に留まり続けるので、今度は火をイメージしながら剣を突き刺すとゴウッと瞬く間に燃え上がる。

 剣に彫られた溝には赤い光が走り、不思議な模様を浮かび上がらせていた。これがとても綺麗なので私はこの武器を結構気に入っている。

 

 そうして一体のレイスが炎に包まれやがて呻き声を上げながら消えていった。

 


 次に後ろに控えていたもう一体が飛びかかってくるのを私は針を突き刺してその場に縫い付ける。どうやらこの方法で足止めは可能らしい。

 消えないまでも動けずにもがいている姿を近くに寄って見てみると、針が刺さった部分から徐々に溶け始めているように見えた。



「シロの魔力に耐えきれていないのか?というか、煙が溶けるっていったいどういう仕組みなんだ」



 ぼたぼたと液体のように落ちていく灰色のそれは、地面にぶつかると瞬く間に塵になって消えてしまう。不思議だ、とその様子にじっくりと見入っていた私は呆れを含んだシロの声に引き戻されることとなる。



「相変わらずだなお前は」


「あっ、そうか、戦闘中……」



 勿体無い気持ちもあったけれど、動けないレイスは剣を突き刺して燃やしておいた。

 


 さて、シンディは大丈夫だったか。そう思って振り向くと、そこには海でもないのに道幅を埋めるほどの波が立っていた。レイス二体を飲み込んだそれは派手な音を立てて地面に打ち付けられる。上がった水飛沫は私たちの上に雨となって降り注いだ。



「終わりました!」


「……うん。なんか、すごいな」



 相変わらずのとんでも魔道具である。あんな量の水を瞬時に生成してしまうとは。それを当たり前のように使いこなしているシンディもシンディなのだが。



 まあ、何はともあれこれで現れたレイスは全て消えたな。



 そう思った瞬間、視界の隅に再び灰色の煙が立ち昇るのを見た。

 

 それがルトの真横だったので、咄嗟に針を生成しようとしたら急に突風が巻き起こって思わず驚く。

 

 周囲の家の外壁を巻き込んで、まるで竜巻のように渦を巻いた風は当然そこにいたレイスを巻き込みそのまま跡形も無く消し去ってしまう。



「はぁ、びっくりした……」



 そう言って額の汗を拭うルトが手に持つ鍋を使ったことは明らかだった。



 一瞬でも心配した自分が馬鹿らしく思えるくらい呆気なかったな。どうやらレイスは私たちにとっての脅威にはなり得なかったらしい。



 あとは姿の見えない兄妹がどうしているかだが……






 ――ドォォォオン!!!!

 


 不意に響いた爆発音と、地響き。


 

 魔力感知で辺りを見渡すのと同時に響き渡ったそれに、それぞれ顔を見合わせて頷きあう。


 発信源に兄妹がいる。


 それを確信して私たちはその場を駆け出したのだ。



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