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放浪のエル  作者: ゆう
第三章
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五十七



 ああ、わかっていた。



 わかっていたんだよ。




「みり、あ……っ」



 久しぶりにその名を声に出すと、ごぼ、と口から更に血が流れ出た。全身を襲う激痛に耐えきれずまた体が地に伏せる。



「ふふ、覚えていてくれて嬉しいです」



 笑みを浮かべる目の前の人物は記憶よりも少しだけ大人びたように思う。


 

 ――ミリア・リーラント


 私が暮らしていたシファン辺境伯家の屋敷に父が連れてきた身寄りのない女。私の――アリシエルの専属メイドだった女である。


 

 不思議だったんだ。

 


 シャンデンの街で見知らぬ男たちに襲われた時、奴らが何故私の身元を知っていたのか。あの着飾った金髪の女と比べて、どこにでもいる街の子供にしか見えないような格好をしていたはずなのに。


 答えに辿り着いたのは、あの言葉を思い出してからだ。


 

 『間違いねぇぜ。聞いてた目印のまんまだ』



 そう。私には目印があった。人から渡された服を着ていたじゃないか、と。それに気付けば自ずと見えてくるものがある。


 街へ出る為にお下がりだと言って着せてくれた服だった。

 初めて着るもので動きにくさが気になったけれど、なんの疑いもなく着てしまった服だった。

 


 それはあの日、私を売り飛ばしたのが今ここにいる女である証拠。



「私、見ていたんですよ?お嬢様を乗せたあの馬車が爆発するところ。何があったかは知りませんが、まさか生きているなんて思いもしませんでした」



 わかっていた。わざわざ目印となる服を着せてまで他人に攫わせるなんて面倒なことをしたんだ。行く末を見届けるくらいのことはしていただろう。

 だから、私が生きてこの国にいると知ればもしかしたら殺しに来るんじゃないかと頭の片隅で思っていた。


 まさか関係ない人間も巻き込んでまで実行されるとは思わなかったが。



「おまええええええええ!!!!!!」



 狂ったように叫び声を上げたのは、少し離れた場所にいたネルイルだ。

 彼女は倒れた兄を見て咄嗟に駆け出したのだろう。気付けばすぐ近くにいて、魔術を使おうとしているようだ。杖の魔石が強い緑の光を発しているのがわかる。



「だ……」



 ダメだ、と叫びたいのに、出てくるのは言葉ではなく血液だった。



「シンディ!彼女から杖を奪って!」


「え!?あ、はい!わかりました!」



 ルトの指示で飛び出したシンディが、ネルイルから杖を奪いそのまま地面に取り押さえたらしい。

 今の私の霞んだ視界ではあまりよく見えなかったが、聞こえてくる声から大体の状況は察せられた。



「うああああああなんでよ!!!!返して!!!!離して!!!!お兄ちゃんを助けなきゃっ!!!!!!」


「ごめん!でも今魔術はダメだよ!なんでかはわからないけど、この辺りに魔力が逆流する術が仕掛けられてるんだ!」



 魔力が逆流する術。


 なるほど、先程アスハイルを魔力感知で見ていた時の現象はそれか。

 


「ふーん。あのエルフ、わかるんだ……」



 ぶつぶつと呟く声がして、私は咄嗟に近くに落ちている剣に手を伸ばした。握った勢いで体を無理矢理起こし、定まらない視界の中で黒装束の人物に斬りかかる。


 しかし、カキンッと音がして強化もしていない攻撃は簡単に弾かれてしまった。



「あら。まだ動けたんですね」


「っ……」



 とりあえずミリアの意識をこちらに向けることには成功したらしい。


 ならばと弾かれた剣をもう一度握り締め、私は静かに呼吸を整えた。



 逆流した魔力に体が耐えきれずに異常を起こす。私はこれを前にも体験しているはずなのだ。

 


 体内の魔力回路に意識を向けた。しっかり意識するのは久しぶりな気がするが、これはシロに頼らず自分で編み出したものだから。

 外からのなんらかの干渉で魔力が溢れてしまうなら、それごと制御してしまえばいい。それが私にはできるはず!



「なっ……!」



 ブワッと風のような魔力が溢れ出して辺りに吹き抜けた。


 私の足元に広がるのは、見慣れたシロの魔法陣。


 徐々に呼吸が楽になってくると、視界もようやく安定した。



(血を流しすぎだ。長くは保たんぞ)


(うん。さっきは無視してごめん。頭に血が昇ってた)


 

 私は口の中に溜まった血を唾と一緒に吐き出すと、手の甲で口元を拭って目の前の女を睨みつけた。



「ミリア、久しぶり。悪いけど怒ってるから容赦はしないよ」


「っあは!人間やめたんですかお嬢様ぁ!」



 ミリアの手には剣が一振り。べっとり付着した赤い血は背後から刺したアスハイルのものだ。血溜まりを作って倒れている彼はまだ息があるのかすらわからない。



「ルト!あいつを頼む!」


「わかった!」



 返答を聞いてすぐに私は周囲に術式を展開させた。強化と、増幅。その二つの術式を組み合わせたものである。そこに魔力を流し込むイメージで。今回は遠慮もしないと決めて出来る限り大量に。

 

 一瞬にして百近い光の杭が私の周囲の空間を埋め尽くす。



「死んでも文句は聞かないから」


「な、にそれ!そんな魔術使ってなかったじゃん……!」



 口元を吊り上げて笑うミリアの顔に微かに戸惑いが混ざるのを見た。


 

 バッと振り下ろした手の動きに合わせて全ての杭が一斉に襲いかかる。

 思わずといった様子で飛び退いたミリアは、見事な身のこなしでくるくると空中を回転しながらギリギリで杭を避けていった。

 

 正直、彼女がこんなに動けるなんて知らなかった。そんなことを思いながら私は剣を持つ手を強化して降り注ぐ杭の中を突っ込んでいく。


 杭に混ざって思い切り頭上から剣を振り下ろす。今度は弾かれずに受け止められた。重さと圧力でドスンと衝撃が走り、足元の地面が砕けて抉れる。

 この光の杭は私には効果がない。だから私をすり抜けて、動きが止まったミリアの腕や脚にグサグザと容赦なく刺さっていく。



「い、ったいなぁ!父親にも逆らえないお嬢様のくせに!!」


「そうだね。でも今は違う」



 アリシエルはもういない。私はエルだ。

 自分の意思で道を決め、その責任を自分で負うと決めている。だからこそ。



「私は私の意思でお前を殺すよ」


「ふっざけんなぁぁあああ!!!!」



 ガキンッと力任せに弾かれくるりと回って着地する。


 ミリアは咄嗟に懐から何か黒い石を取り出して、それを地面に落とすと同時に剣の柄の頭の部分で勢いよく叩き割った。

 

 その瞬間。

 

 ぶわりと広がった衝撃波に掻き消されるかのように、残っていた杭はサラサラと崩れて消えてしまう。



「っけほ、魔力が掻き消された……?」



 体にも軽い衝撃が走り、咳と一緒にまた血を吐き出した。

 一方、軽くない傷を負っている筈のミリアはよろけながらも立ち上がり、余裕そうに笑っている。



「魔術師との戦いなら心得ておりますので」


「その道の専門家ってわけね……」



 こんな危険な女と三年間も一緒に生活していたというのか。いつから狙われていたのかは知らないが、我ながら間抜けだなと最早笑えてくる。


 

 もう一度腕を強化してみると普通にできる。あの石の効果は一時的なものなのだろう。ならば魔力を使うのは最小限に。体の強化だけに留めようと決めて、私はまた走り出した。



「お嬢様の実力は知っているんですよ。三年間も見ていましたから」


「三年間だけ、だろ!」



 剣と剣がぶつかる瞬間に魔力を操作して大剣を作り上げる。飛び散った火花の向こうでミリアが一瞬驚くのが見えて、その一瞬を逃さず体を回転させ強化した脚で首元を蹴った。

 

 いくら剣筋を知っていても今の私の戦い方はあの頃とは全く違うのだ。見た目は変わっていないだろうが、同じ子供だと思って甘く見られるのは心外である。


 勢いよく吹っ飛んだミリアが地面に転がってパタリと動かなくなった。

 

 とどめをと思うけれど、どうやら私の方も限界らしい。

 焦点が合わなくなってきた目を擦りながら、立っているのもやっとという状態にいよいよ焦りが滲んでくる。



「くっそ、こんな、はずじゃ……」


「っ、まだ動けるのか。お前も丈夫だな」



 今のは首の骨が折れていてもおかしくないと思ったのだけど。よろよろと立ち上がったミリアを見て思わず苦笑してしまう。



「あのお嬢様がこんなに強くなってるなんて……私としたことが、準備不足だった……」



 そんなことを呟きながらキッと向けられた目には魔物のそれとは違う、けれど確かな殺気が込められていた。



「次こそ、必ず」


「あっ、待て……っ、」



 何かを足元に投げつけたかと思えば、突然立ち込めた黒い煙に辺りは闇に包まれてしまう。魔力感知を使おうにもミリアは魔力を持たない人間なので意味がない。


 そうしてようやく煙が晴れた時、そこにミリアの姿は無くなっていたのである。



「逃げられた」


「今は追わない方がいい」


「……うん。わかってる」



 私はそんなシロの言葉に持っていた剣を鞘に収めて振り向いた。


 戦っている最中も聞こえていた。兄に縋り付いて泣き喚くネルイルの悲痛な叫び。


 私は重い体を引きずりながら、そんな彼女の元へと歩いた。


 

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