五十四
道を壊したままにしておくことは流石にできないので、騒ぎを聞きつけてやってきたリガンタの兵士立ち会いのもとアスハイルが魔術で直してから私たちは場所を移動することになった。
どうやらアスハイルは土系統の魔術を専門としているらしい。攻撃も岩だったし、舗装された道を修復するのも大量の岩や粘土を魔術で生み出していた。これは確かに復興向きの魔術である。
対するネルイルは自分で言っていた通り草系統の魔術を専門としているようだ。風の魔術も扱っていたところを見ると、専門の分野に特化しているだけで他も普通に使えるのだろう。
四人で移動してやってきたのは、この街ではどこからでも見える闘技場の門の前。シンディとの待ち合わせに指定した場所である。
到着してからは探すまでもなく、門で待っていたシンディとすぐに合流することができた。
「け、決闘ですか?この人とエルが?」
「うん、なんかそういうことになったみたい」
正直気乗りはしないのだが、戦って納得してくれるならもうそれでいいかなと思い始めたところである。
私とアスハイルを見比べたシンディが、なぜかアスハイルに向けて「頑張ってください!」と言葉をかけているのはいったいどういうことなのか。続く言葉はこうである。
「エルと戦おうと思うその気持ちが凄いと思います!」
ルトもそうだがシンディも、私を何だと思っているんだろう。
さて、闘技場にやってきたわけだが、どうやらこの施設は金さえ払えば個人仕様も可能という仕組みになっているらしい。もちろん通常時は剣闘士の戦いが繰り広げられているので、それと被らない時間帯のみ使用可能なのだそう。
客を入れるか入れないかの判断も使用者の自由ということだが、それに関してはネルイルが技術の流出に繋がると言って断固拒否したので観客は無しだ。
それを言うならあんな道端で戦うのはよかったのだろうか。少し気にはなったが聞いたところで誤魔化されそうだったので黙っておくことにした。
「まずは受付に行って金を払わないとな!行くぞガキ!」
「せめてエルと呼べ」
ひょい、と音が付きそうなくらい軽々とアスハイルの脇に抱えられて、私は闘技場の門近くの受付と見られる場所まで連れて来られた。
一応見た目は女でどう見ても子供な私を抱えて突然現れた体格の良い男に、受付の女と周辺にいた者たちは不審者でも見るような目をしている。
「闘技場の使用権を買いたい」
「えっ、ああ、はい。少々お待ちください……」
もう勝手にしてくれと、私はアスハイルと女のやり取りをぼんやりと聞いていた。
聞いていたのだが、その会話は次第に雲行きが怪しくなっていく。
「貴方と、そちらのお嬢さんが、ですか……?」
「ああ!このガキと決闘をする!」
「あの……失礼ですが、身元の保証ができるものはお持ちでしょうか……」
いよいよ不審者扱いをされ始めたアスハイルが哀れに思えてきてしまった。
このままでは流石に可哀想なので私は抱えられたまま受付の女が見えるように小さく挙手をして見せる。すると女とアスハイルの目が同時に私に向けられた。
「この男は教会の魔術師だ。それと、私の身元はこれでいいかな」
「それは……!」
私が見せたのは例のペンダントだ。本来の身元は明かせないが、これなら十分保証になってくれるだろう。
街の検問所は税金を払わず通れるしこんな時の保証にも使えるが、おそらく私が持たされたのは監視としての意味合いの方が大きいのだと思っている。けれど使えるものは使うだけだ。
「おいガキ、そんなものどこで手に入れたんだ?」
「だからエルだって言ってるだろ。クランデアの領主に貰ったんだよ」
これで問題ないだろうと思ったところで、もう一つの問題を私は失念していたのである。
「確かに保証はそちらで問題ございません。ですが念の為、年齢を伺ってもよろしいでしょうか」
「えっ」
あれ、もしかしてここもか?
「こちらの闘技場は十五歳未満の方の入場をお断りしておりまして」
結局それかと思わず私は頭を抱えた。
この先いったい何度このやり取りをする事になるんだろう。
一応十五歳ではあるはずなのだが、私の体は十歳の姿から全く成長していない。ここで十五と答えるのはこの見た目では説得力のかけらも無いと言うわけだ。
「アスハイル、決闘は諦めてくれ……」
「なっ……お前、幾つなんだ?」
「十だよ悪いか」
「はぁ!?詐欺だろ!!」
いや、見た目はそのまんまだろうが。
年齢を聞いた受付の女に申し込み自体を断られてしまい、結局私は闘技場には入れないことが確定しただけだった。
中も少し興味があったんだけどな。こればかりは仕方がない。
「おい!俺との決闘はどうなる!」
「だから諦めろって。というかお前、年齢制限あること知ってたんじゃないのか?どうして私が入れると思ったんだよ」
「あんな魔術を使う奴が本当にガキなわけがあるか!」
それは遠回しに褒めてくれていると受け取ってもいいのだろうか。
人の話を聞かない以上に、言動と行動に差がある奴だなこの男は。私を子供ではないと判断したのならまず名前をきちんと呼んで欲しいものである。
受付前で騒ぎ出した私たちに困り果てた女にそろそろ兵士を呼ばれそうになった頃、パシンと音を立ててアスハイルの頭が叩かれるのが見えた。
「もうっ!ダメって言われたんだからさっさと引き上げるよ、お兄ちゃん!」
「だがまだ決闘がッ」
「他のことで勝負すればいいじゃない!とにかくこれ以上迷惑かけないの!」
抱えられている私からは見えないが、どうやらネルイルが兄の背をぐいぐいと押しているらしい。おかげでようやく受付の前から私たちは移動することができた。
ルトとシンディのいる場所まで戻ってくると、ようやく解放されて地に足が付く。なんだかまだふわふわした感覚だ。
「それで、他のことって?」
戦う以外の勝負とはいったいなんだろう。
私がローブの乱れを直してからネルイルを見上げると、彼女は少し考えた後得意げにこう言った。
「料理とか、どう?」
「げっ」
思わずといった様子で声を上げたのはルトである。
今まで自分の未来がかかっているにも関わらず大人しかったのは、戦いで私が負けるとは全く思っていなかったからなのだろう。
しかし料理となると話は別だ。
このリガンタへ来るまでに私たち三人の料理の腕が底辺だということは既に全員が知っている。
つまり、勝てるはずがないのである。
「おお、いいな!俺は料理が得意なんだ!お前たちにとびきり美味い飯を食わせてやろうじゃないか!」
アスハイルが自分の二の腕の筋肉を叩きながらそんな事を言うので、私は思わずその言葉が口を突いて出てしまった。
「詐欺だろ……」
別に誰が何を得意だろうが構わない。だが、今までのこいつの言動や行動からはあまりにもかけ離れた特技だったのでつい驚いてしまっただけである。
どちらかと言うとアスハイルが料理上手と知っていて、それを勝負の内容に持ってくるネルイルの方がたちが悪い。
この勝負、受けたら絶対に負ける。それがわかっていてわざわざ受けてやる道理はない。
「あの……!」
バッと険しい顔で手を上げたシンディに全員の目が向いた。
流石にこの一方に有利な申し出に反論したくなったか、と見守っていたのがいけなかった。
「ディは、お魚が食べたいです!!」
「よし、任せろ!」
天を仰いだのはルトだけだ。
正直私もシンディの意見に賛成であるので。
この街に来るまでの間にどれだけの肉を食べたことか。いい加減別のものが食べたいと思うのは仕方のないことだった。
こうして私たちは、兄妹がこのリガンタで借りているという家へ向かう事になったのだ。




