四十四
今回はルト視点です
「あれは本当にエルなのか?どう見ても神か天使の類いだと思うのだが!」
「はは、その気持ちはわからなくもないけどあれはエルだしエルは人間だよ」
側にいたドルガントが街の上空で繰り広げられているエルと魔王の攻防に顔を青くしているのを見て、思わず笑ってしまった。
でも確かに、一緒にダンジョンに潜った時よりもエルは確実に強くなっている。魔力の使い方も幅が広がり、一度に使える量も増えているんじゃないだろうか。
前は魔力を使った大技は維持ができず一発が限界なのだと言っていたのに、今空に広がっている白い魔力は現れてから時間が経っても消えずにその場に残り続けている。
魔王の魔法をイメージだけで真似しちゃうなんて、やっぱりエルは凄い。
「それで!お前はさっきから何をやっているんだ?それは魔術なのか?」
ここは伯爵邸の前に広がる庭。周囲には迫ってくる悪魔と戦う兵士や冒険者たちが、頭上にはまだまだ数の減らない悪魔の大群がいる。
ドルガントも先程から襲いかかってくる悪魔と対峙している最中だ。
そんな中、戦闘に混ざってもやれる事の無い僕は宙に術式を描くことに専念していた。
エルが僕をこっちへ寄越したのはこの為なのだとわかっているからだ。
「僕の事は気にしなくていいから!」
「それは見ればわかるが……」
どうやら彼は僕の周囲に現れた魔力の結界が気になっているらしい。
僕はもう見慣れた結界だが、こんなものを使うのは防御に特化した魔術師か一部の上位の魔物くらいである。滅多に見られるものでは無いから、ドルガントも初めて目にしているのかもしれない。
こんな高度な技術を当たり前のように使いこなしているエルがおかしいのである。
そんなエルの魔力の供給源でもあるシロは今、僕の頭の上にいる。
飛んできてそこに止まってからはずっとどこかツンとした様子なので、もしかしたらエルと何かあったのかもしれない。それでも僕を悪魔から護る為に結界を張っておいてくれているのは、きっとエルの頼みだからだ。
二人の関係は側で見ていると、友人のようにも親子のようにも見えるから不思議である。
「くっ……!」
悪魔の鋭い爪を剣で受け止めたドルガントがその威力に押されているのを見て、咄嗟に開いていた方の手で新たに術式を宙に描く。そうしてそこに手のひらで触れて念じれば生成された氷の結晶がギュンと音を立てて飛んでいった。
僕の魔力では威力は弱いが、今はそれで十分だろう。大勢を崩した悪魔の隙を付き、ドルガントは黒い体を切り裂いた。
「すまない、助かった!」
「これくらいしかできないけど!」
僕たちの後ろにある伯爵邸は今ギルバー伯爵の指示の元、避難所として開放されている。
だけど今日は祭りで外からも人が集まっていたものだから、入りきらない者たちは外で一塊になっていた。彼らはその身なりからして街の中でも身分の低い貧民であることが窺えた。
こんな時でも身分で人を分けるなんて。人間の考えることは僕にはちょっとわからない。
「でも、エルに任されたんだから。ちゃんと護らないとね」
一番の脅威である魔王はエルが引きつけている。その戦いに巻き込まれる前に街にいた人間は伯爵邸まで避難させた。これは事が起きてから迅速に動いたドルガント率いる兵士たちの手柄である。
けれど人間が集まっているのを察知してか、散らばっていた悪魔たちもここ集結しつつある。
ならば、僕にやれる事は一つだ。
術式を描く。
目の前の空間が埋まるくらいびっしりと浮かび上がる青白い魔力は握ったペンから自然と溢れ出すドラゴンの魔力。これは簡単には消えないものだから、複雑な術式を描くのに適している。
そして今描いているこれは、僕が使える唯一の大技。
「なるべく敵を一箇所に!」
「それができれば苦労はないなッ!」
相手は一体でもAランク相当の魔物。冒険者の中でも一握りの精鋭がやっと相手にできるような化け物だ。
兵士長であるドルガントも先程から数体を斬り倒しているが、もう腕にあまり力が入っていないように見える。限界が近いのだ。
周囲を見ても数人がかりでやっと一体を倒せているものばかり。
(これは、ちょっとまずい、かな……!)
術式が完成するまであと少し。けれどこのままだと完成する前に伯爵邸が襲われてしまうかもしれない。
だったら一旦手を止めてでも僕も攻撃に加わった方がいいかとそう思い始めたその時だった。
「集めれば良いのですね!!」
辺り一帯に強い風が吹き抜けた。それは人には危害を加えず、悪魔だけを巻き込んで上空へと押し返す。
そんな光景を唖然と見上げていた僕たちの前に、彼女はくるりと空中で一回転してから軽やかに着地した。
「シンディ!?無事だったのか!」
「兵士長!遅れてすみません!」
二つに分かれたベールの武器を両手に持ったシンディだ。その体にはあちこち痛々しい傷ができているが、幸い命に関わるものはなさそうで一先ず安心する。
「周囲の悪魔は倒しました!あとはここだけです!」
「えっ、一人で?」
「はい!エルに任されましたから!」
つい驚いてしまったけれど、そういえば彼女はこの街の兵士でも敵わないような強い人だった。訓練場で見たあの踊り子の姿が脳裏に焼き付いてしまっていてそんな事すっかりと忘れていた。
とはいえ兵士たちがここまで苦戦している悪魔の大群と戦って軽傷で済んでいるのには流石に驚いてしまう。
「それよりルト、悪魔は街の上空の方に集めれば良いですか?」
「あっ、うん!それでお願い!」
「わかりました!」
そこからのシンディは凄かった。
先程も見せた風はどうやら彼女の持つベールに編み込んだ術式から発生しているらしい。手に持ったベールの武器を下から上へと大きく振り抜くと途端に風が巻き起こっている。
そんな使い方教えてもいなかったのに、もう自分のものにしている辺り彼女は感覚で道具を使いこなす天才なのかもしれなかった。
周囲に吹き荒れる風に吹き飛ばされた悪魔たちが、伯爵邸から離れた街の上空に投げ出されていく。
この風に殺傷能力はないらしい。ただ、抗いようもない強風はあっという間にこの辺りにいた悪魔全て追いやった。まさに、圧倒的。
それを横目にペンを走らせ、役目を終えた風が止む頃にようやく僕は術式を完成させた。
バリバリと音を発しながら、術式から発生した青白い光が電気のように辺りに散り始める。数ヶ月前にも見たこの光景が少し懐かしく思えた。
「離れて!」
声をかけると、近くにいたシンディもドルガントも揃って伯爵邸の方へ駆けていく。異様なこの光景を見れば側にいることは危険だと瞬時に判断してくれたらしい。
だから遠慮なくその術式を、ペンを握った拳で叩く。
その瞬間。
轟音と共に発射された魔力砲は、瞬く間に街の上空を焼き尽くした。
ドラゴンの魔石から作られたペンがあるからその魔法は使えるとエルには伝えていたけれど、実際に使うのはこれが始めてだ。ダンジョンで見たエルの魔力砲はフェニックスとドラゴンの魔力が混ざったものだったので、それには及ばないが悪魔相手なら十分すぎる。
しばらく続いた魔力砲が次第に薄れていく術式と共に勢いを弱め静かに消えていった時、もうそこには一体の悪魔も残ってはいなかった。
「ふぅ、これで終わりかな」
そうして何気なく振り返った僕が目にしたのは、恐怖など無かったかのように呆然と立ち尽くす人々の姿だった。




