表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
放浪のエル  作者: ゆう
第二章
36/108

三十五



 その森の中は足元も見えない程暗かった。ぽつりぽつりと生えている光る謎のキノコが唯一の灯りである。

 これだけ暗いのに植物が育っているということは、おそらくここにある植物は日光を必要としない種なのだろう。空気中に薄く漂う魔力を吸収して育っているのかもしれない。実に興味深い。


 私は魔力感知に頼って森を少しずつ進んでいた。

 こうなってくると視界は役に立たない。諦めて目を閉じ、魔力感知にだけ集中すれば案外歩きやすかった。周囲の木々全てが魔力を帯びているようで、形がはっきりと見えるのだ。


 魔物は思ったより多かった。

 魔力感知のみに頼ると魔物の魔力は色と形は多少違えど同じような人魂に見えるので、襲いかかってくるのも全てそれにしか見ないのが残念である。多いと言っても魔力の針や片手鍋を振り回して対応ができる程度なので、小型の弱い魔物ばかりが生息している森らしい。

 とりあえず今回の目的であるタランキュラスに近付いたら教えてもらえるようにシロにお願いはしておいた。



「もう少しで巣に当たるぞ」


「ああ、これが」



 しばらくシロの案内に従って森を進むと、木々の間に不自然にまたがる糸状の魔力が見えてきた。シロの言葉からもこれがタランキュラスの糸と見て間違いはない。

 どうやら糸自体にも魔力が宿っているらしく魔力感知でしっかりと見ることできるので、私がこれに引っかかることは無さそうだ。


 この辺りの糸は少なく、奥に行くにつれ多くなっている。更に先を見てみれば、ボウッと光る赤い魔力の塊が一つ。これがタランキュラスの魔力。



「シロはここで待ってて」


「また何か変なことを考えているな?」


「変なことって。ただ、せっかく一体見つけたんだから取れるだけ取ってやろうと思ってさ」



 二体目が見つかるかもわからない。ならばこいつの糸を全て奪うつもりで相手をしようと私は決めた。

 要は、糸が出尽くすまで倒さず刺激しながら走り回ってやろうという単純な作戦である。



「それじゃあ行ってきます」


「ほどほどにな」



 タランキュラスに対して同情していそうなシロが近場の木の枝へ移ったのを確認してから、私は糸の海へと飛び込んだ。


 絡まないよう手に持った鍋で風を起こして糸を切っていく。相変わらず使い勝手のいい鍋だ。触れればたちまちくっ付いてしまうタランキュラスの糸も触れずに切断することができるなんて。

 とにかく走り回れるだけのスペースを確保したいので、本体から遠い糸から順に見えたものを全て断ち切っていった。

 すると私に気付いたのかタランキュラスの魔力が遠ざかるように動き出す。



(逃すか!)



 私はそれを魔力で壁を作り妨害した。

 せっかく見つけたんだ。逃すわけがない。


 そのまま周囲に結界を張り、どこにも逃げ場がない状態を作り出せばあっという間に準備は整った。


 あちこち逃げ回って壁にぶつかり、そうしてやっと逃げられないと悟ったタランキュラスがこちらへ襲いかかってくる。



(確かに早い……けど、レッドリザードほどじゃないな)



 つくづく私はあのダンジョンで鍛えられたと思うのだ。


 二人がかりで、しかもいろいろとチート級の道具や人物が揃っていたという事実はあるにはあるが、最終的にドラゴンを討伐したことに代わりはない。

 魔王とか言う馬鹿げた魔力の一端も見たことだし誰に対しても油断はできないが、正直その辺の魔物には負ける気がしない。


 近付いては糸を伸ばしてくるのを魔力の壁を足場にして避けつつ、作戦通り私は軽く辺りを走り回った。

 たまに壁で妨害しながら走ったり飛んだりを繰り返し、結界に張り付いた糸を鍋で切断して地に落とす。それを何度も繰り返していくと、やがてタランキュラスは糸を吐かなくなっていった。


 少し可哀想にも思うがこれも弱肉強食ということで、私は弱ったタランキュラスを最後に針で串刺しにした。



「惨い」


「えっ」



 結界を消すと、バサバサと飛んできたシロが私の肩に降りた途端そんなことを言い出すから思わず驚いてしまう。



「シロでもそんなこと思うんだ……」


「使い潰され殺されたようなものだ。格の違いはあっても同じ魔物として同情はする」


「まあ、向こうは悪くないわけだしね」



 気持ちはわからなくもないので、私はもう息のないタランキュラスの前にしゃがんで両手を合わせておいた。糸は大切に使わせてもらうよ、と。


 そうして辺り一帯に散らばった糸を見る。


 どうやら獲物をくっ付けられるのは本体が生きている間だけらしい。魔力は相変わらず帯びているのに、手で触れてもサラサラとした感触がするだけである。


 これなら問題ないなと私はルトから預かっていた転送の術式を取り出した。


 折り畳まれた紙を開くと、私がめいいっぱい両手を広げないといけないくらいの大きさだ。それを地面に置き、その上に糸を乗せていけばあとは簡単。書かれた術式に魔力を流せば、糸がクランデアにいるルトの元へ送られるといった仕組みである。


 これは集落で海水を転送していたのと同じ術式らしい。かなり複雑な構造をしているので、私が暗記するのはまだ先の話だろう。

 送れるものは生き物以外。人間はもちろん送れない。生き物は転移の魔法だけが使えるのだとルトは言っていた。


 散らばった糸をかき集めるのにはかなり時間がかかってしまった。


 やっと全てを転送し終えた時、ふと目に入ったタランキュラスの亡骸もついでに術式に乗せてみる。



「あっ、送れた」



 どうやら亡骸は生き物ではないという判定らしい。どんな仕組みでその辺りを分けているのかは非常に気になるところだが、今は追求する時ではないことくらいはわかっている。


 ともかくこれでルトにも土産ができた。今頃送られてきたタランキュラスに驚いていることだろう。


 実際のところ、突然降って湧いた蜘蛛の亡骸に偶然居合わせたクラリスが悲鳴をあげて倒れていたことなどこの時の私には知る由もない。



 それから私たちは森の中を軽く探索した。


 渦を巻くような不思議な形した植物、光るキノコに、小型の魔物が数種類。魔力感知で見ているだけでも興味深いそれらを私は次々と転送の術式に乗せていく。

 この森の中は暗くて目が効かないから、クランデアに戻ったらじっくりと見る為である。私がこう考えていることもルトなら察してくれているに違いない。



 こうして外の時間がいまいちわからない中、魔力感知を頼りに歩き回った私がクランデアに戻ったのは出発から五日後のことだった。



 ドルガントの家に入った途端クラリスに捕まり、そこから始まった説教に私はしばらく固まっていたと思う。

 人からこんなに怒られたのは初めてだったもので。


 タランキュラスの糸は量も多く質も良く助かったとは言っていたが、その後に送った亡骸が良くなかったらしい。


 悲鳴をあげて倒れるという酷い醜態を晒したと顔を覆ったクラリスに、ルトも「大変だったんだよ」と空気も読まず苦笑するからさあ大変。

 怒りの矛先がルトへ変わったことで私はようやく解放されたのだった。


 ドルガントの向かいの椅子に腰掛けた私は、なんとなく感じた疲労感にテーブルに突っ伏してしまう。



「いつも明るい奴が怒ると迫力がすごい」


「ははは、私も昔はよく怒られたよ。だが、しばらく静かな二人暮らしだったからあんなクラリスは久しぶりだ」


「嬉しそうだな?」


「彼女が楽しそうだからな」



 そういえば二人には子供がいないと出会った日に言っていた。クラリスのあの性格ならば欲しいと思っていてもなんら不思議ではないだろうに。けれどこればかりは授かり物と言うくらいだ。欲しいと言ってできる物でもないことくらいは私も知っている。


 彼女は私やルトを本当の子供のように接しているのかもしれない。ルトは年齢だけならだいぶ歳上なのだけれど、ちょっと抜けているところがあるからな。



「明日からお店で作業になるからエルちゃんも来てもらうからね!」


「はーい」



 飛んできた声に返事をして、私はテーブルに並べられていた森の採取物に手を伸ばしていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ