二十七
王都の北にある街、クランデア。
そこは領主ギルバー・モンティス伯爵の治める土地の一つである。ギルバーは国王からの信頼も厚い男で、大国からの侵攻があれば真っ先に戦場になり得る北の土地を幾つか任されていた。
その為モンティス家が抱える兵士は数が多く、その上質も良い。王都の騎士団からも指南役として人を呼ぶほど日々の鍛錬にも余念がないという。
冒険者が多く集まる北の土地で争い事が少ないのは、そんな兵士たちが毎日目を光らせているからに他ならない。
さて、ここからが本題だ。
領主ギルバーには妻と二人の息子がいる。家族仲はすこぶる良いと評判だ。ギルバーは妻と子を何よりも愛しており、子供が体調を崩したというだけで国王からの招集を渋った過去もあるくらいだった。
情に厚く、人望も厚く、剣の腕も立ち、頭も良い。
まさに理想の統治者である。と、クランデアの住人は口を揃えて言う。楽しげに、そしてどこか誇らしそうに。
だが、すぐにその顔は曇るのだ。
ギルバーの上の息子、アレク・モンティスがその原因である。
現在十三歳であるアレクは、最近になってギルバーの権威を我が物のように振るい始めたのだという。それもギルバーのいない時にわざわざ街に降りてきて。
店のものは金も払わず持っていく。不敬を働いた者は常に側にいる護衛に命じ暴力で地に伏せられる。自分の父は領主だぞと威張り散らして、まるで自分が偉くなったかのようにふんぞり返っているらしい。
そしてやたらと強い護衛は女だというが、その扱いは奴隷のようで見ていて気持ちのいいものではないのだとか。
「それで、ちょうど今ギルバーは王都に行っていて不在、と」
「それは……何も起きなきゃいいなぁ……」
私たちがそんなクランデアの街を訪れたのは、集落を出てから一月ほど経った頃である。
あのダンジョンを踏破したおかげか、途中何度か遭遇した魔物も苦労することなく倒してここまで来られた。そもそもブラックウルフだのリザードだのそんな厄介な魔物がその辺にぽんぽん出てくるわけもないのだから当然だ。
王都の周辺に出るという悪魔にも遭遇しなかった。これは少し期待外れでもある。
何かのギルドに所属していれば検問所でも税金を払わず通過できるのだが、生憎私もルトもギルドには所属していない。その為二人プラス魔物一匹分の税金を納めることになるのだが、これは手持ちの銀貨で支払うことができた。
だが、毎回街に入る度に税金を支払っていたらいくら金があっても足りないだろう。何か良い方法があればいいのだが、それはまだ思いついていないのが現状である。
そうして到着してすぐさま訪れた飯屋でしっかり調理された食事を摂りながら、店員に街のことを聞いたのだ。
運ばれてきたプレートのランチを一人で五人前は平らげた私に、店員は快く街のことを話してくれた。
ちなみに私はもちろんルトもほとんど料理ができない。旅の食事は肉や魚を単純に焼いたものだったり、そのまま食べられる果物だったり、干し肉で済ませてしまうことが多かったりする。
なのでせっかく街に寄ったんだから金を払ってでも調理されたものを食べようということになったのだ。
店員の話を聞く限り、このクランデアは活気溢れる良い街に見えてその分闇も深そうな場所なのである。
買い物を済ませたらさっさと出ていくのがいいかもしれない。貴族絡みの面倒事はなんとしても避けたいところである。
「何か買いたいものがあるのかい?」
「とりあえず服が欲しいのと、鍛冶屋にも行きたいな。あとは一通り雑貨を見ておこう」
私たちは食事を終えて街の大通りにやってきた。
そこには露天を出す旅商人もいれば立派な店を構えている商会もある。道にはどこからどう見ても冒険者と思われる人が多く歩いていて、ザワザワとかなりの賑わいだった。
「回復薬、手拭い、テント、毛布、ランプ、ロープ、スコップ、ナイフ、調理器具に食器……ポーチやバッグは専用の店があるんだな」
こうして露天を見てみると私たちは荷物が少なすぎることに気付く。というのも、回復薬はシロの魔法があれば必要ないし、テントは無くても野宿で問題ない。調理器具はと言えばかなり便利な鍋を自分で作ったし、食器が必要な料理を私たちは全くしない。
その他は大抵のことがルトの術式でどうにかなってしまうので、ここまで来るのに不便を感じた事は無い。
そんなだから、冒険者には必須のアイテムのほとんどが私たちには必要が無いのである。
だからといって一般的に出回っているものを知らないのは良くないとも思う。
この先何があるかわからないし、魔法やら術式やらを多用していちいち周りを驚かせていたら面倒なことに巻き込まれかねない。
一通り揃えておいて損はないのだろうが、荷物になるのは避けたいので厳選はするべきか。
「回復薬と手拭いくらいは市販の物を持っておくべきか……」
「特に手拭いは大きめの物をちゃんと用意した方がいいよ。水浴びの後に術式使って乾かすのは良くないと思う。エルだって一応女の子なんだから」
「一応ってなんだ、一応って」
私は生物学的にはまごう事なき女である。
だからどうした。なぜこの世には男なら良くて女だとダメなものが多いのか。水浴びの後くらい自由にさせてほしい。
不満そうな顔をする私にルトはなんの他意もなく笑うのだ。
「体冷やすのは良くないよ」
ただ体調を気遣ってくれているだけ。それがわかるから、私は素直に頷いてしまうのだろう。
兄とかいたら、こんな感じなのかな。なんて。
「手拭い買ってくる……」
「うん、いってらっしゃい。僕は向こうで回復薬見てくるよ」
そうして私は手拭いを幾つか置いている店に、ルトは薬剤を扱う店に向かう為分かれた。店自体は遠くないのでお互いの姿は見える。逸れる心配はないだろう。
その店は布製品を多く取り扱ってるようだった。
手拭いとして使えるものから、服の素材として使う少し高価なものまで。中には布で作られた髪飾りのようなものまである。
色とりどりの布製品に思わず見入っていると、店主の女が身を乗り出してきた。
「お嬢ちゃん、布細工に興味があるのかい?」
「布細工?」
「ああ。技法はいろいろあるがね、例えばこれ。鉱物を糸状にして織り込んだ反物さ。キラキラしていて綺麗だろう?」
見せてくれたのは巻かれた布の一つ。植物の絵柄に織り込まれた緑色は、見る角度で輝きが変わる。確かに綺麗だ。これが鉱物だとは思えない。
「それから、この髪飾りは東の島国からの輸入品さ。あそこは細かい細工を得意とする職人が多いからね」
今度は動物や花を模した立体的な布の髪飾り。子供の手のひらに乗るくらい小さいのに、よく見ると細かくパーツ分けされた布を幾つも重ねて一つの立体を作っている。
光っているわけでもないのに綺麗だという感想が無意識に口から出ていった。
だが、生憎私は自分を飾る気がないのである。
「良い品だとは思うが、すまない。私には必要無いものだ。できれば体を包めるくらいの手拭いが欲しいんだが置いているだろうか?」
「もったいないねぇ。お嬢ちゃん、髪飾りが映えそうな綺麗な桃色の髪をしているってのに」
「ありがとう。そんなこと初めて言われたよ」
そもそもこんなに髪が長いのも初めてだ。
どうせ伸びるし、勝手に切られるので腰の辺りの長さで放置したままだったことを思い出す。
店主はせめてもと派手ではないが柄の付いた手拭いを見せてくれた。
描かれているモチーフは鳥。それがシロのように綺麗な鳥だったので私は一目で気に入った。それを買ったところでとりあえずこの店での目的は達成である。
「えっと、ルトは……」
どこ行ったかなと辺りを見渡すと、突然通りの先で土煙が上がるのが見えた。
咄嗟に魔力感知をすると、中心にルトの反応がある。何か厄介事に巻き込まれたようだと察した私はすぐさまその場を駆け出していた。




