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放浪のエル  作者: ゆう
第二章
27/108

二十六



 アルバンがティナンとリーニアを連れて戻って来たのはそれからすぐのこと。


 ティナンは五年が経って少し大人びたように見えるがそれほど変わりは無さそうだ。対するリーニアは武器を携えており、見た目も雰囲気も驚くほど勇ましくなっている。泣いて人に縋っていたあの時の彼女とは思えない。



「エル!」


「エル様!」



 駆け寄って来たティナンに強く抱きしめられた。私を子供扱いするのは相変わらずだなと大人しくそれを受け入れながら、ふとそこにいないもう一人を探してしまう。



「コルクはどうした?」



 あいつのことだから、私の話を聞けば飛んでくるんじゃないかと少し思っていたのだが。

 あの威勢のいい子供のことだ。あれから修行を積んでいればそこそこ強くもなっているに違いない。



「ああ……コルクは今、ここいないんだ」


「ここにいない?」


「少し前に王都で騎士団の募集があってさ。挑戦するんだって出ていって、それっきり」


「へぇ、王都の騎士団に……」



 聞いた話でしか知らないが、この国の騎士団はかなりの実力者揃いと有名だ。

 山向こうの北の大国があまり関係の良くないこの国に攻めて来ないのは、そんな騎士団の存在が何より大きいのだという。


 王都には他にも魔術師が集う教会もあるのにやっぱり花形は剣士なのだと言われるのはそのせいだ。


 あのコルクがそんな騎士団に。


 高みを目指すことは良いことだと思うのだが、そこに先程聞いた話を合わせると状況は変わってくる。



「今、王都の騎士団は人員不足に苦しんでいるんです。そうじゃなければわざわざ貧民からも入団者を募ったりしません」


「いくら強くなったって言っても心配よね……無事なら良いんだけど……」



 悪魔という存在が王都周囲に現れているのなら、その討伐に駆り出されるのは当然騎士団だ。

 人員不足というのも、単に悪魔の数が多くて手が足りないだけなのか、多く犠牲者が出ているからなのか。どちらにしろ格式高い騎士団が身分も問わずに入団者を募っているというのは引っかかる。


 だが、それを承知の上でコルクは王都に向かっただろう。なら、私から特に言うことは無い。


 生きていればいつかはまた巡り会う日が来るかもしれないしな。


 それよりも、私たちは用があってここまで戻って来たのだ。それを忘れるわけにはいくまい。



「リーニア」


「はい。魔石の換金分はこちらに」



 そうして差し出されたのはずっしりと重たい大人の手の平に乗るくらいの麻袋だ。

 地面に置いて開けてみると中には銀貨が入っている。それもパッと見では数がわからないほど大量な。

 持ち運ぶには少し重いが、使い勝手のいい銀貨になっているのは正直ありがたかった。


 彼女からすれば五年前の出来事だろうに。こうして残しておいてくれたことには本当に感謝しかない。



「ありがとう。これから街に行くつもりだから助かった」


「街、ということはシャンデンに?」


「うーん、できれば別のところがいいな。あそこにはあまりいい思い出が無くてね」



 シャンデンは私にとっては初めての街だった。王都に近い分良い品が入って来ているし、本音を言えばしっかり見て回ってみたい気持ちはある。

 けれど知り合いに一番出会いそうな場所でもあるのが難点だ。何分シファン家の屋敷までも一本道という場所である。使用人たちもよく街に行っていたし、住人は父と交友関係のある者も多い。


 まあ、今更会ったところで向こうも私なんかに用はないだろうけども。なんせあの家には正式な跡継ぎがいるのだから。



「でしたら北の方はいかがですか。最近鉱山で珍しい鉱物が出たとかで、かなり賑わっていると聞きますよ」


「珍しい鉱物?」


「なんでも、魔力が宿った石だとか」



 それって魔石のことじゃないだろうか。昔そこで死んだ魔物の魔石だけが残っていたとか。

 話を聞く限り特に目新しさは感じないけれど、人が集まるからには何か訳があるのだろう。



「あとは鍛冶屋が多いですね。だからか冒険者も多いイメージです」



 北の方は山が近いから鉱物が多く、鍛冶屋もあって冒険者が集まりやすい。そんな話は私も聞いたことがある。

 きっと冒険者向けの店も多いに違いない。旅の物資を調達するにはいい場所かもしれないな。



「よし、決めた。北へ行こう。ルトもそれでいいか?」


「うん。僕はエルに着いていくだけだよ」



 ならば決まりだ。


 と、そんなやり取りを見ていた三人が私とルトを驚いたような顔で見比べている。

 いったい何なんだと言いそうになったが、そういえばルトのことをまだ紹介していなかったことを思い出した。


 この集落の創設者で術式が刻まれた道具の生みの親だと私から言うのは流石に憚られたので、とりあえず言えることは一つである。



「こいつはルト。旅の仲間だ」


「仲間!?ってことはあのエルに着いていけるってことか!?お前すごいな!」


「もしかして貴方もすっごく強いの!?」


「怖そうには見えないわね」


「えっ、あ、僕はその……ただの絵描きなんだ。その都合でエルの旅に同行させてもらってるんだよ」



 三人に詰め寄られて困り顔のルトは助けてと言わんばかりに私にチラチラと視線を投げかけてくる。

 なんとなく察してはいたがルトは結構な人見知りだ。本当によく一人で旅ができていたなと思うのと同時に、あんな人気のない密林で一人暮らしをしていたことを思い出すと納得だった。



 その後、ルトの絵を見たいと言い出したティナンにより私たちは一日だけ集落に滞在することになったのである。


 滞在中、アルバンやリーニアと手合わせをした。

 普段弓矢を使うアルバンは一応剣士である私の相手ではなかったが、リーニアは小型のナイフを使う戦闘スタイルでかなりいい勝負になったと思う。

 もちろん私は魔法を使わず素の力で勝負した。


 五年前のあの時から修行を始めたと言うが、冒険者としてもやっていけそうな実力を既にリーニアは身につけている。相当な努力をしたんだろう。

 あと一歩というところで私の勝利に終わったが、本当に危ないところだった。



 リーニアは今、時間を見つけては街に出向いて日々変わる情勢の流れを把握する役目を担っているのだそう。

 というのも、やはり悪魔の出現によりあちこちの領地で戦力を集め始めているのだという。

 魔王の復活はまだ噂程度の話だが、水面下でそんな動きがあるのだとすれば自分たちも無関係ではいられなくなるかもしれないからと。

 警戒するに越したことはない、と語る彼女は実に頼もしい女だった。



 悪魔のこと。魔王のこと。それから情勢の流れについても。気になることは幾つかあるが、今は何もしようがないので私たちの旅は変わらず続いていく。

 もし旅先で絡んで来るようなことがあれば容赦はしない。戦ってみたいというのは本音なので。


 そして翌日。



「ルトさん。絶対、絶対!すごい画家さんになってくださいね!応援してます!」


「あ、ありがとう。頑張るよ……」



 ルトはティナンに懐かれたらしい。

 昨日はいろいろとリクエストされて絵を描いていたようだが、それは今全てティナンの腕の中である。

 彼女のキラキラと輝く目を見ると、そこに宿るのがどういった感情なのか少し探ってみたい気持ちにもなったがそれはやめておいた。

 相手は旅人だ。もう一度ここへ戻ってくるかもわからない。知らない方がいいこともある。



「もしどこかでコルクに会ったら、一度くらい帰ってこいって伝えてくれ。あ、なんか報酬寄越せとか言い出す?」


「言わない。それくらい引き受けるよ。塩とロックバードの肉も分けてもらったし」


「結局取引きっぽくなったな……まあそこがエルっぽくていいか。よろしくな」



 そうしてアルバンとは握手で別れた。


 リーニアはまたどこかで会いそうだし、昨日いろいろと話せたので別れの挨拶はやめておいた。



 そして私たちはまた森に出る。

 目指すは北。そこにある街。


 鍛冶屋が多いと聞くし、今後のためにも装備を見直すのはいいかもしれない。と、なんだかんだと私はこれから向かう先を楽しみにしているのだった。



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