二十四
起きたら髪が伸びていた。
またかと思いながらも寝返りを打ってふかふかの羽に埋もれて微睡んでいたら、スッパリと髪が切られた感覚があった。どうせまたシロが食べているんだろう。私からは特に何も言うことはないから勝手にやってくれればいいさ。
「いや、ちょっとどうかと思うんだけど……」
「ん……?」
声のした方を見るとルトが青い顔をしている。
まぁ確かに、人の髪を食うなんて私も最初はどうかと思ったけど、実はこれで三度目なのでもう気にならなくなってしまった。慣れって恐ろしい。
ちなみに二度目は集落で丸一日ぐっすり眠った時だ。どうやらこの現象は体の疲労が溜まった後にたっぷり寝ると起こるようである。
「その髪の毛どうなってるの……?どんどん伸びていくから東の島国で伝わる呪いの人形を思い出したよ……」
「呪いの人形?なんだそれ?」
「髪が伸び続けるっていう人形の話。見たことはないけどそういうものが向こうにはあるらしい」
「へぇ、私以外にこんな現象起きてる奴がいるんだな」
「人形なんだってば」
「それより何を描いてるんだ?」
ルトは手元に紙の束とペンを持っているので何かを描いていたんだろう。
彼が絵を描くことは知っているが実物を見てはいないので正直めちゃくちゃ気になる。
「あー、えっと、今はキミたちを描かせてもらってたんだ。シロには許可を取ったんだけど、キミは寝ていたから。勝手にごめんね」
「全然構わない。見てもいいか?」
「うん。途中だけど……はい、どうぞ」
少し距離があったので歩いて持ってきてくれた。
受け取った紙には、丸まって眠るシロに私が埋もれて眠る様子が描かれている。細かい線で緻密に。けれどどこか温かみを感じる。これは画材の影響だろうか。黒一色なのに空気感まで伝わってくる、そんな優しい絵だった。
「いい絵だな……うん、ドラゴンが気にいるのも頷けるよ。他も見ていいか?」
「うん、どうぞ。なんだか照れ臭いな……こうやって誰かに見せるのなんて久しぶりだよ」
「もったいない!」
他の絵はダンジョンで出会った魔物たちが描かれていた。どれもこれもまるで生きているような迫力に戦いを思い出して楽しくなってくる。
その中に一枚、違う雰囲気のものが紛れていて思わず見惚れてしまった。
「これは……ドラゴンか」
「……うん。僕が昔出会ったドラゴンだよ」
どこかの洞窟のような場所だ。ぽっかりと空いた穴から波が入ってきているということはその向こうは海なのだろう。
そうしてそこに鎮座するドラゴンは、体の中心に大穴を開けていて中の魔石が見えている。それも割れていてカケラが水の中で光っていた。
これは他の絵と違ってほんの少し差し色が使われている。目を引く青だ。ダンジョンで出会ったドラゴンよりずっと弱々しい青だけれども、きっとこれこそがこのドラゴンの色なのだ。
「……よかったな」
私はその絵のドラゴンに語りかけた。もちろん返答が返ってくることはない。
けれどこの絵はルトがあのペンを使って描いたものだから。
こいつはこれから生み出されるルトの絵を誰よりも近くで見られるんだ。これ以上のことはないだろう。
「……僕、これからちゃんと画家を目指そうと思うんだ」
その言葉に顔を上げる。どこか決意を滲ませた眼差しに目が離せなくなった。人が夢を語る目はこんなにも綺麗なのかと思うほど。
「だからまずはいろんなところに行って、いろんなものを描きたい」
「ああ。いいと思うよ」
ルトはせっかく貴重な道具を持っているのに今までは持っているだけであまり使ってこなかったのだと教えてくれた。やはりドラゴンとの思い出が足枷になっていたようだが、今はもう大丈夫と晴れやかに笑う姿が印象的だった。
私としても道具は使うべきだと思う。あの絵のドラゴンだってきっとそれを望んでる。
だから、とそこで言葉を切ってルトは姿勢を正した。
「僕もキミたちの旅に同行させてもらえないかな」
「………ん?」
「エルに術式教えるって約束もあるしね。あとは……ほら、今の僕はドラゴンの魔法だって使える。足手纏いにはならないと思うんだ」
「は?ドラゴンの魔法が使える?」
「うん。魔石を元にした道具を持っているからね。その魔力を供給すれば僕でも少しは使えるんだよ。まあ、エルには遠く及ばないんだけど……」
だとしても、ドラゴンの魔法がどれだけ強力かを私たちは目にしたばかりだ。あれが多少なりとも使えるのだとしたら、戦力になるどころの話じゃない。
というか、同行と言ったか。
私たちのこれは目的もあやふやな放浪の旅だ。いつか何かに成れたらとは思うが、まだ何も道筋は掴めていない。
こんな私についてきてルトに何かメリットがあるのか?
そんな私の懸念が伝わったのか、ルトがずいっと顔を寄せてくる。
「キミの行く末を見てみたい!エルはすごいよ。剣技は綺麗だし使う魔法も派手で華やかだ。上手く説明できないんだけど、エルを見ていると描きたいなぁって思う瞬間がいっぱいある!」
「私はお前にとって観察対象というわけか」
「ああっ、気を悪くさせたらごめんよ!って、そういえば……キミたちの魔法を勝手に術式化したこともまだちゃんと話せてなかったね……」
「いや、それは別に気にしてない。それだけの実力がルト自身にあるということだ。誇ってもいいと思うよ」
「そ、そうかな……ありがとう」
ルトの思惑はわかった。
確かに芸術家として興味の惹かれるものを観察するのは当然のことである。
その対象が私というのはどうにも不思議でならないが……まあいい。
私としても、ルトの技術は何がなんでも欲しいものだ。そもそもこの取引きだって私から言い出したらものである。着いてきてくれるというなら断る理由はない。
「シロはどう思う?」
「いいんじゃないか。いつかエルも一国の王になったりするかもしれないぞ。そんな時の為に家臣の一人くらい連れておくべきだろうよ」
「いやそんなものになる予定はないんだけど?」
「王様かぁ……うん、すごくいいと思う!」
「いったい何を想像したんだか……」
でも、まあ。
この三人で挑んだダンジョンでの日々はなかなかに面白いものだった。
焚き火を囲んでゆっくり話をする時間も、魔術や魔法について互いの意見を出し合う時間も。
私たちはタイプは違うものの、どうやら気は合うようなので。
ルトとなら、きっとこの先どこへ行っても楽しい旅路になる。そんな予感がした。
「多分振り回すことになると思うが、それでもいいのか?」
「うん。というか、あのダンジョンを生き延びたんだと思えば大体のことは大丈夫だろうなって気になるよね」
「はは、確かに!」
こうして、私に旅の仲間ができた。
画家を目指すエルフの男。術式の天才ルト。
彼はこれから続く長い長い旅の中でできた、数少ない友人の一人である。
「今更だが、ここは地図で言うとどこなんだ?転移で飛ばされたから場所がわからん」
「えっと、エルはシャンデンの北にある森から来たんだよね?」
「ああ。峡谷のある森の集落からだな」
「それならわかりやすいと思うんだけど、峡谷の底に川があっただろう?それに沿って上った先に山に入る洞窟があって、そこを超えるとあの密林に入るんだ」
「ということは王都から北東方面の山の奥なのか。集落も意外と近いな」
ダンジョンのせいで大冒険をした気になっていたが、地上での移動距離はそれほど多くないらしい。
それなら一度集落に戻って依頼の進捗を確認することもできるかもしれない。
「よし、決めた。一旦戻ろう」
ルトはともかく私の着ている服はもうぼろぼろだった。
魔法で体の傷は治せても服が治らないのは地味にいたい。だからその調達の為にも、これからの旅のためにも、早いうちに一度街に出る必要があると私は考えた。しかし今の私たちは金目のものは幾つか持っていても肝心の金が一銭もないのである。
街に入る為にも金がいる。だからまずは金だ。
あの魔石の換金が終わっていれば、金が入るかもしれない。その確認をしに行こう。
だが、この時の私はまだ気付いていなかったのである。
ダンジョンと地上では時間の流れに差があることを。
集落を出てから実に五年の月日が流れていたことを――
第一章、完
これにて第一章完結です。
ここまで読んでくださりありがとうございました!
次回からは第二章が始まりますので引き続きよろしくお願いします!
ブックマーク評価感想レビューなどいただけると励みになります……!




