百三十三
白服たちを全て倒しきったシンディがダーガンの側に戻り足を止める。
そんな姿に味方にも関わらず若干引いているダーガンが「嬢ちゃんも実は魔術師だろう」と声をかけていたけれど、肝心のシンディは不思議そうに首を傾げているだけだった。
確かにあれだけ魔力を使った戦い方をしているのに、本人は魔力を持ってすらいないだなんて普通なら考えられない状況だ。他人の魔力を無条件に利用できてしまうとしたら魔術師からしたら天敵のような存在である。
とはいえあまりにも強すぎる魔力はベール自体が耐えきれなくなる可能性もあるので、魔王や聖女を相手にさせるのは危険だと思うがしかし。大神官くらいならば最早敵ではないかもしれないと今の私は思っていた。
「シンディ、まだやれそう?」
「もちろんです!」
「そっか。なら、そいつらは頼む」
安心して最前線を任せられる。そんな存在がいてくれることが有り難い。いや、嬉しい、と言った方がいいのかな。
今まであまり意識はしていなかったけれど、なんでも自分がやるのだという気持ちでいつも前に出ていたから。人を頼る、安心して任せられるというのはこういう感覚になるのだな。新しい発見である。
私はその場をシンディに任せて鳥籠の中で辺りを見渡した。
ダーガンやシンディに倒された街の住人と白服たちは少し時間が経ったにも関わらず未だに回復してくる様子はない。大神官であるライアードやレインスはすぐに回復してきたというのに。この差はいったいなんだろう。
やはり戦力として頼りになる人材を優先して治療しているのだろうか。確かに街の住人が百人束になるよりも大神官一人の方がよっぽど脅威である。その判断は間違っていないとは思うが……それだけか?
そもそもミカエルの力であれだけの数の住人を救えるのか?
ダーガンが容赦なく斬り倒した人間も、ライアードの魔術に巻き込まれた人間も、辺りには数えきれないほどの屍が山になっている。最早数えきれない程。
シロですら死人を蘇らせることは不可能と最初に私に告げていたのに。いくら同じ性質の魔力を持っていたとしてもシロに不可能なことが大天使に可能だとは思えない。
だとすると、あの聖女の言う復活とは、いったい。
「うあぁああ!!」
叫び声に視線を前に戻すと、明るい藍色の光が真っ先に目に飛び込んできた。シンディのベールだ。そしてそれを振り抜いた彼女の前には肩から先を斬り落とされたレインスの姿。ぼたりと落ちたその腕に巻きついていた鎖をダーガンが外している。
――雨が止んだ。
レインスの魔術が解かれたのだ。
ゴロゴロと音を響かせる黒い雲はまだ残っているけれど、これで一先ず一つ目の脅威は取り除かれたと思っていいだろう。奴らの魔術の動力だと思われる箱も今やダーガンの手の中だ。
シンディはそのまま残ったライアードに意識を向けた。その足元では痛い痛いと泣き喚くレインスが、地を這いながら落ちた腕に片手を伸ばしている。
「なっ……!」
私とダーガンが同時に驚きの声を上げのは、斬られて落ちたはずの腕が独りでに動いてレインスの元へ向かったから。そして白い光を発生させながら元通りにくっついたからである。これには流石のダーガンも青い顔を隠せていない。
「もしかして、あいつ……」
傷が治った。いや、元に戻ったんだ。
私はあいつらの回復を聖女の力と思っていたけれど。今のを見た限りそうではないと考えを改める。
ならばあのレインスという少年は人ですらないはずだ。おそらくここへ来る前に湖で見た魔物と同じ――
「なるほど」
ようやくこの神殿の仕組みが見えてきた気がする。
神に救いを求めてやってくる人間を助ける名目で街に住まわせ、自由な生き方を認め、全ては聖女様のおかげとすることで聖女に逆らわない集団を作り上げている。
復活だなんてまやかしだ。実際は、死んだ人間を核に魔力を与え肉体を新たに作り、あたかも生きているかのように動かしているだけ。だから傷を負おうが腕を斬り落とされようが魔力がある限りは元に戻る。
大神官が持つあの鎖と箱はそんな体を維持する為の魔力を供給しているものでもあるのだろう。だから、あれを取り上げてしまえばいずれは魔力が尽きて動かなくなるだけ。
そのせいか腕を元に戻したレインスがそのまま箱を持つダーガンの足に縋り付くようにして腕を伸ばしている。
あの状態で奴らは魔術を使えない。ならば、やはりあの箱を取り上げる方向で間違いはないはずだ。
シンディを見れば彼女も察したのだろう。小さく頷きが返ってきた。
「ライアード。お前は街の人間たちを家族も同然の奴らと言ったな」
レインスがやられ、笑みを消して佇む男に私は声を投げかける。
この男もおそらく人ではない。生きてすらいない。けれど、確かな人格がある。それは核になっている元の人間のものなのだろうなと私は思うのだ。そうでなかったら街の人間たちを家族も同然の奴らだなんて言えないはずだから。
そんな男は一度私を見て、それから深いため息を吐いた。前髪を後ろへ流す仕草は相変わらず。どこからどう見ても人である。
「まぁ、そうだな。俺はあいつらに生きていて欲しいのさ。こんな体にならずにな」
「その割には容赦なく巻き込んでいたようだが」
「そこにいたんだから仕方ねぇだろ。俺に連中を避けて敵だけ攻撃するような器用なことはできねぇよ」
元々魔術師でもないし、と言ってふと笑う。その笑みは今までとは違い、何かを憂うようなものだった。
聖女の願いを叶える為に動くだけ。先程ライアードはそう言っていた。今の言葉も合わせると、彼らは本当にそれだけしかできないように作られているのかもしれない。
他人の為に。他人の願いを叶える為に。
そんなの、私だったら耐えられない。
「さて、女。殺すんならきっちりしっかり殺してくれよ」
鎖が巻かれた腕を前に出し、再び構えたライアードが真っ直ぐにシンディを見据える。箱を中心にビリビリと雷に似た魔力を帯び始めたその様子は何か大技を使おうとしているらしい。殺してくれよと言う割には、ただで殺される気はないと見た。
「では、遠慮なく」
こちらも構え直したシンディは、小さく息を吐いてから光の速さで駆け出した。
それと同時に空気を裂くような雷の音が響き渡る。空から落ちてくる無数の稲妻。それをシンディはベールで受け止めながら真っ直ぐに駆け抜ける。
そんな中、ライアードの手元には他とは比べようもないくらいの光がビリビリと音を立てて集まっていた。鎖に括り付けられた箱にまるで詰め込まれるように圧縮されていくそれは、性質は違くとも魔力砲の光によく似ている気がしたのだ。
そして、次の瞬間。
音すらも置き去りにするほどの光の塊が一直線に解き放たれた。それはクランデアの街でルトが使った魔力砲によく似ていて、あっという間にシンディを飲み込んでしまう。けれど。
すぐさま切り裂かれ四散したその光の中で、彼女は最後の一歩を踏み出した。
腕を落とされ、体を斬り裂かれ、血を吹き出して倒れていく男は、最後に口元を吊り上げて不敵に笑っていた。
というのも、魔力砲紛いな大技のせいでライアードの持っていた箱が粉々に砕けて壊れてしまったからだ。回収したいと思っていた私の思惑をしっかり阻止して男は満足そうに死んでいった。
どうやら強力すぎる魔力には耐えられない道具だったらしい。この空間では思うように魔力が使えない私にとっては奴らが持っていた箱だけが頼りだったのでこの結果は正直かなり痛い。戦いに勝って勝負に負けた気分である。
「これであらかた片付いたか。つってもほぼ嬢ちゃんの手柄だが」
上空に漂っていた黒い雲が消え少し明るくなった中、戦っていたダーガンとシンディが戻ってきた。
ちなみに魔術の使えなくなったレインスは一発殴られて気絶したらしくその場に放置されている。そんな少年も体に残った魔力が尽きれば消えてしまうのだろう。
戻ってきたダーガンは雨で多少流れはしたものの、抉れた皮膚から溢れた血が防具を赤く染めていて痛々しい。最後まで駆け回っていたシンディはどうやら体力が尽きかけているらしく、ふらりとよろけたところをダーガンに支えられていた。
「……二人とも、ありがとう」
結局私は見ていることしかできなかったな。けれど、ここで謝るのはどうにも違う気がしたので。礼を告げるとダーガンとシンディは一度顔を見合わせて、それから可笑しそうに笑っていた。




