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放浪のエル  作者: ゆう
第四章
132/155

百二十九



 今一番疑問なのは、あの聖女が何故私たちを初手で殺さなかったのかというところだ。手段ならいくらでもあったはずなのに。


 私に対しては直接攻撃を仕掛けてきたようにも見える。しかしそれもシロの再生がこちらにある以上生きていれば回復が可能なのだ。それは聖女だってわかっているはずで、ならば何故一撃で殺さなかったのかが不思議でならなかった。

 

 そうする必要がなかったのか、それともできなかったのか。


 仲間たちの方も同じ。いくらでも殺せる機会はあったはずなのに今は街の連中に呼びかけそちらに全てを任せている。意味がわからない。その聖女は高みの見物を決め込んでいるときた。いったい何故?



 気になることはもう一つ。私が夢で見たものをシロは奴の魔力が内に入った影響と言った。

 先程見たあの夢。森で出会った天使の痛ましい姿と、そんな天使に呼びかけられる満身創痍と思われるミカエルのその記憶。

 

 そういえば、魔力の影響で私が他者の記憶や感情を見ることはこれが初めてではなかったはずだ。


 前はルトと共に入ったダンジョンでドラゴンと戦った時である。ルトの術式から魔力を吸い上げ体内に巡らせているとドラゴンが何を思って彼に魔石を託したのか伝わってくるものが確かにあったのだ。



 ならば今回はどうだ。私の体内に入ったと言えば、そこに直接生成された光の針である。あれは機械人形である聖女の肉体を構成している天使のものと考えられる。それが原因であの夢を見たというならば、使われている天使が誰かなんて自ずとわかるというものだ。


 

 森で会った天使は「あの方を救ってあげてください」とだけ言って消えてしまった。その「あの方」が正確に誰を指すかは私にはわからなかったけど、記憶が答えを教えてくれた。


 

 あれは――あの聖女には。

 大天使ミカエルの魔力が今も尚使われ続けているのだと。



「ねぇ、シロ。あれの人格はミカエルのものだと思う?」


「さぁな。だが、人に人を殺させようとしているのは、ある意味復讐とも言えるんじゃないか」


「復讐……」



 夢で見たあの光景を作り出したのが機械人形の生みの親とも言えるロキル・アンティなのだとして。人間であるその男を天使が恨むのも当然だと今なら思う。

 

 しかし肝心のロキルが既に存在しない現代でその矛先が向かうとしたら。それは、人間だろう、とシロは言っているのである。


 

 自分の手で殺してしまうのは簡単だ。だがそれでは意味がない。ならば奴と同じ種族である人間にその役目を与えよう。罪を犯させよう。簡単には死なせない。生きてもらわねば困る。その為の支援は惜しみなく。だからその手を血て染め続けるがいい。



 ここは、そんなミカエルが作った人の街。

 異端者を殺しなさいと告げただけで余所者の排除に乗り出してしまう住人たちが暮らす街。


 この街は、そこに住まう人々は、全て。

 ミカエルの思うままに動く犯罪集団であるのだと。



「人として生きている?人が人を救う?馬鹿言え、全部真逆じゃないか」



 何が神に救いを求める信仰集団だ。人々を幸福にするどころかこれでは不幸に導いているだけだろう。


 嘘ばかり。聖女も、大神官も。きっとこの街の本当の使い道を知っているのはその連中だけなのだ。



 あいつの人格がそのままミカエルなのか、それとも人間に復讐するという意志だけが残った状態なのかはわからない。しかしどちらにしろシロの力を狙っているのならば私にとっては間違いなく敵である。

 奴が直接手を出してこないというのなら反撃の機会は必ずやってくる。


 

 ならば、私は。



 手を伸ばして黒い鉄の格子を掴む。弱まった内の証から入ってくるシロの魔力はとても少なくて、今はその調整すら私にはできそうにない。けれど、魔力を少しずつでも外に出していくことはできる。


 魔力を吸収する鉱物は、限界まで魔力を吸収させると少しの衝撃で爆発する。それがこの鉱物の弱点だから。


 今の私がシロの魔力を送り続けてこの鳥籠が爆発するまでどのくらいの時間がかかるだろう。簡単にはいかないはずだ。でも、やらないよりはずっといい。



「そんなことをしたらエルもただじゃ済まないと思うけどなぁ」



 と、どこかで聞いた覚えのある声がして私は思わず顔を上げた。


 目に入ったのは、鳥籠の上に悠々と腰掛けている黒髪に銀目の少年の姿。目が合うとそいつはニッと笑いながらひらひらと手を振ってくる。



「……私もそろそろ限界なのかな。幻覚が見える」


「残念、オイラは幻覚じゃないぜ」



 聞きたくなかった。幻覚であってほしかった。

 聖女一人でも手に余るというのに、それと同格の化け物が増えてどうする。何故こんなにも想定外の事態が立て続けに起こってしまうのだろう。


 正直今は関わりたくないが、出てきてしまった存在が巨大すぎて触れないわけにはいきそうもない。だから私は仕方なく鳥籠の上にいる奴に声をかけるしかなかった。



「こんなところで何をしているんだ、魔王ゼグ」


「覚えていてくれて嬉しいなぁ」



 相変わらず見た目だけなら人間の子供に見える魔王だ。こいつがここにいて聖女が何もしてこないところを見ると、最初から手を組んでいたとしか思えないから頭が痛い。



「手を組んでるってのはちょーっと違うかな。オイラはエルが欲しくて、あっちはその鳥が欲しい。利害の一致ってやつ?」


「ふざけんな」



 こいつの言っていることが本当だとしたら、私が殺されなかったのはゼグのおかげということになってしまう。

 クランデアの街では散々振り回されたのだ。こんな奴に助けられたとは思いたくないのだが。


 睨む私の視線など全く気にしていないゼグは、傷を負って動けない私を愉快そうに見下ろしたかと思えば、座りながら足をパタパタと揺らしている。それに連動して鳥籠も揺れるから本当にやめてほしい。



「この鳥籠を破壊しようってんならやめておいた方がいいと思うけどなぁ。あの時の枷と違ってこの大きさだと中にいるエルも一緒に吹き飛ぶぜ」


「だから止める為にわざわざ出てきたのか?魔王様もお優しいことで」


「あっ、オイラが出してやろうか!」


「聞けよ。お前に借りを作るくらいなら死んだ方がマシだ」



 私というより私の魔力を欲しているゼグの言葉にここで頷いたら全てが終わる。それくらいわかっている。わかっているからこそ、これ以上口を開かせたくなかった。


 なのに私のそんな願いなど聞き入れられるはずもなく、魔王は現実を突きつけてくる。お前ももうわかっているんだろう、とあえて考えないようにしていた事実を簡単に引き摺り出してしまう。



「本来ならこんな鉱物程度じゃ幻獣の魔力は抑えられねぇのになぁ」



 わかっている。シロの魔力が弱まっているのは鉱物だけが原因じゃないことくらい。



「もう限界なんだって。よく保った方だぜ」

 


 そもそものシロの生命力が落ちてきていることくらい私が気付かないはずがないだろう。


 

 魔王ゼグは初めて会った時、シロを死にかけの鳥と表現した。シロも今日に至るまでそれを一度も否定はしなかった。けれど。



「私は、信じるって決めているから」



 詳しいことは何も教えてくれなくても、お前が思っているようにはならない、と言ってくれたシロの言葉は信じられる。

 だからどんなに絶望的な状況だろうが魔王の手は借りない。そうして口元に笑みを浮かべた私に、ゼグは呆れたようにため息を吐く。相変わらず頑固だな、と。



「オイラの力を使えばこんな鳥籠簡単に壊せるのに。本当は元気なエルを叩きのめして従えたかったけど、お前の仲間たちも苦戦しているみたいだしこれはもう、」


「本当に、これで終わりだと思うか?」



 再び目が合う。

 私は浮かべた笑みを崩さずじっと魔王を見続ける。



 確かに絶望的な状況だ。魔力が使えなくとも戦える者がこちらにはいるとはいえ、街一つを相手にするのは流石に無理があることくらいわかる。しかも相手は一応は民間人である。勇者と呼ばれるような奴が手を出せるとは思えない。それでも。



「――人を、嘗めるなよ」



 言った瞬間、鳥籠の外で白い光の軌跡が走った。それは上空から一直線に私たちの横を通過して街へと落ちていく。


 なんだあれ、とそれを覗き込むように街を見下ろしたゼグは次の瞬間、自分を襲った強い衝撃に目を見開いて驚いていた。魔王も完全に油断するとそういう表情をするのだな。


 岩のような何かが落ちてきたのだ。そしてそれは鳥籠の天井にいた魔王を弾き飛ばし、代わりにそこに居座っている。

 かかった重力に耐えきれず、崩れたのは鳥籠から伸びていた鎖の更にその先で。吊るされていた鳥籠はそのまま街に落下したのである。



「姫って柄じゃあねぇなあ」


「確かに」



 聞こえてきた声には笑ってしまった。



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