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放浪のエル  作者: ゆう
第四章
130/155

百二十七



 元々機械人形相手ならば私も動けてはいたからなのか、それともルトが施してくれた魔力耐性のおかげなのか、聖女が見える距離にいても体調に異変はなさそうだ。

 近くに箱が無くて良かったと思うと同時に、私たちは機械人形が正常に動いている状態を知らない。もし湖にいた魔物のように、核となっている機械の魔力で魔法を使われてしまったら対抗できるかはわからなかった。


 

 まだ戦いも始まっていないのに早速想定外の事態が起きている。さてどうしたものかと考えている内に痺れを切らしたのは相手の方だったらしい。

 

 何かの魔術を通しているのか、距離があってもはっきりと耳に入ってきたのは落ち着いた口調の聞き覚えのある男の声。



「そこにいるのはわかっています。聖女様がわざわざ貴女と話をする為に御身を晒しておられるのです。出てきなさい、エル」



 大神官スノーツ。あいつ、随分と上からものを言うようになったじゃないか。聖女様至上主義と子供嫌いは健在か。まったく面倒な男である。


 このまま無視したいのは山々だが、こちらの居場所が知られている以上隠れ続けるのは逆に危険だ。相手の行動が読めない上に初手を譲ることになる。

 しかしこれが罠だったら。そう思うと簡単には動けないのも事実。神官たちだけならばそこまで慎重になることもないのだが、あの場にいる聖女という不確定要素が私の判断を鈍らせていた。


 

 奴らの言う通り出ていくべきか、それとも今すぐこの場から逃げるべきか。判断を誤ればシロや仲間たちを余計な危険に晒してしまうしれない。そもそも聖女が魔王級の化け物だと始めから知っていたら私は――



「エル」



 思考に沈んでいた私は、突然名を呼ばれてハッとした。振り向くと少し険しい顔のルトとシンディが、先程までそこにいたコルクを押し除けて近くに来ているではないか。

 名を呼んだのはルトだ。シンディは私が強く握った拳をいつの間にか掴んでいた。それがまるで一人で行くなと止められているみたいで、テイズの街で二人が共に行くと言ってくれた時を思い出す。

 

 その瞬間、迷いは無くなった。



「罠かもしれないけど、行こう」



 一緒に、とそう言えば、二人はそれぞれどこか嬉しそうに返事をして頷いた。

 

 敵の腹の中に飛び込もうとしているのにどうしてそんなに嬉しそうなんだか。呆れつつも肩の力が抜けていくのが不思議でならない。これから何が起こるのかも全くわからないというのに、確証も無くどうにかなるような気がしてきてしまう。


 私は深く息を吐いてから、ルトとシンディの後ろにいる二人にも目を向けた。



「そっちの二人も悪いが付き合ってもらうぞ。正直あれは私の手に余る。戦力が欲しい」

 

「ああ。元から最後まで付き合うつもりで来てるんだ。今更お前ら置いて帰ったりしねぇよ」


「いやぁまさか聖女があんな化け物だなんて思わなかったけど、エルを失って困るのはボクらも同じだ。手を貸さない理由はないさ」


 

 こちらも頷いたコルクとラグナは、やはり頼もしい奴らである。



 


 そうして私たちは隠れるのをやめ、スノーツの言葉通りに白服たちが並ぶ階段の前まで歩いて出てきた。


 土の地面が終わりこの辺りは形の揃った石が敷き詰められている。そこを歩くと足元に何やら違和感を覚えたものの、その正体はわからない。

 

 私たちが姿を現せば白服たちが祈りをやめ、左右に広がりあっという間に周囲を取り囲まれた。出てこいと言うから出てきたのに随分な歓迎じゃないか。階段を降りてきたスノーツが同じ大地に立ったのを見てそんな皮肉を投げかけた私に、貼り付けたような笑みが向けられる。



「おや、これを選択したのは貴女ではありませんか。あれからお仲間を増やしたようですが人数が多少増えた程度で我々を止められるとお思いで?」


「そうだな。まさかあんなのが出てくるとは思っていなかったよ。正直少し後悔もした。けど、過ぎたことをいつまでも考えていたって仕方ないからな。どうするかを今考えているところだ」



 あの聖女は話が通じる相手なのかどうか。まずはそこからだ、と私はスノーツから視線を上げ未だに階段の最上段でこちらを見下ろす女を見た。


 外見だけならば機械人形だとは思えないほどに綺麗な女である。しかし紫色の髪の間から覗く同じ色の瞳に光は無く、その表情は無そのもの。不気味としか言いようがない。

 

 その異様さに思わず睨みつけると、この距離からでも目が合ったのがわかった。



「――貴女が、エル」



 鈴のような声。

 その声は、たった一言でその場の空気を支配した。



 私が口も開けずに見上げる先で、聖女はゆっくりと階段を降り始める。髪を揺らし、ドレスを揺らし、一段一段丁寧に。この場にいる全員の視線を浴びても一切動じることなく降りてくる。


 なんなんだあの女は。なんなんだあれは。


 太陽の光を浴びるその姿はまるで天から降りてくる使いのようで、他には目もくれず真っ直ぐに向けられる視線が体に痛みすら感じさせる。

 


 この感情が、恐怖と言うものだろうか。周囲の音が遠くなり、自分の呼吸と心音だけが妙に大きく聞こえてくる。そうして震えそうになる指先が無意識に腰の剣を握りしめた瞬間だった。

 

 階段の中腹で一度足を止めた女が杖で地面をカツンと鳴らせば、辺りに現れた無数の白い光の針。その光景が見慣れたものだったので私は瞬時に理解した。あの機械人形がシロと同じ性質を持つ天使の魔法を使うことを。



 考える前には既に結界を張っていた。あれの危険性を一番知っているのは私だったから。自分と仲間たちを囲む結界だ。しかし、盾と矛が全く同じ性質を持っていたらどうなるのか私にはわからない。


 それでも次の瞬間に降り注いだそれを防げたのは、一瞬遅れて動き出したルトとラグナのおかげだった。二人の魔術師が私に施した強化の魔術。それはほんの少しでも矛を上回る力を盾の与えたのだ。



「うお、おおお!?何がどうなってんだよ!?」


「ちょっとコルク黙って!」



 結界の内側では外の音が少し篭って聞こえる。雨と言うには荒々しく鋭い音に混じってコルクとラグナの声が聞こえた。しかしそちらに意識を向ける余裕があるはずもなく私は結界の維持に集中していた。

 周囲に惜しみなく広げた魔力。それで分厚い結界をイメージして生成する。少しでも削れればすぐさま新しいものを。ルトとラグナの魔術のおかげで強度は若干こちらが上だ。これ以上押されることはない。

 


 しかしまさかこんな唐突に攻撃を仕掛けられるとは。どうやらあの聖女は本気で私の相手をする気でいるらしい。開戦の狼煙は交渉が決裂した時に既に上げられていた言うことか。

 

 だが初手は防いだ。この雨が止むかどうかは正直絶望的な気もしているが対抗できないわけでもない。ここから反撃するしかないと、周囲を見て口を開きかけた、その時。



 一瞬、視界が揺れた。


 

 すぐに体の力が抜け、膝から地に崩れた体を見下ろすと、そこには見慣れた白い光があったのだ。



 ああ、そうか。シロと同じ魔法が使えるのならば、私が考えたものも同じく使えるということだ。敵のいる座標に直接杭を生成する。これは私が考えた戦法じゃないか。



「エル!!」



 誰かの私を呼ぶ声がした。答えることはできず込み上げてきた血を吐き出すと目の前が真っ赤に染まっていく。当然結界など維持できるはずもなく割れたガラスのように弾け飛び、光の雨は容赦なく私たちの上に降り注いだ。


 肩に、腕に、足に。突き刺さる針の威力はとてつもなく、そのまま私たちが立っていた地面すらを破壊した。そして足場が崩れると、どういうわけか襲いくる浮遊感。


 

 (落ちている……?)



 あるはずの衝撃がない。ぶつかるものがない。深い深い空間を落ちているようなそんな感覚。数千人もの人が隠れる居住区がどこにあるのか。その謎が一気に解けた気がした。


 

 続く破壊音と仲間たちの私を呼ぶ声。それとは別に薄れゆく意識の中で私はその鈴のような声をはっきりと聞いたのだ。



「ここは神殿の下に私が作り出した場所。地下都市アンテラ」



 先程のあれは攻撃ではなかったのだと、気付く。


 それすら防げなかった事実に、呆然とする。



「ようこそ。歓迎しますよ、エル」



 そうして意識が完全に落ちる寸前に聞こえてきたのは、牢屋の戸が閉じられたような耳障りな金属の軋む音だった。



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