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放浪のエル  作者: ゆう
第四章
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百十三



 言いたいことだけ口にして最後は笑顔で消えていった天使は、どうやら他のみんなにも見えていたらしい。光がランプの灯りだけになった森の中でしばらく私たちは誰も何も言えずにただじっとその場に留まっていた。


 そんな中、最初に動き出したのは意外にもアロウである。と言っても彼は自分の理解の範疇を超えたものを目の当たりにしたせいで精神的な疲労から地面に座り込んだだけだったのだけど。それでもその動作一つが私たちの時間を再び動かしたことに変わりはなかった。



「いや、救ってあげてと言われても」



 思わず呟いた私の言葉に、側でそれを聞いていたルトが笑う。そこでようやく漂っていた緊張感が完全に解けた気がした。


 

「そこは仕方ないなって引き受けてあげるところなんじゃない?」


「えぇ、せめて何か報酬をだな……」



 無理矢理繋ぎ止められていた場所から解放されて満足そうに笑ったのはわかるが、もう少し情報を置いていってくれたらよかったのにと思わなくもない。

 

 ただでさえロキルの魔法のせいで貴重な出土品を自分の手で触れて調べることができないのに。

 シロの望みとはいえこちらは魔力を使って骸骨型の道具を壊し、天使を解放してやったというのにその上一方的な願いを残して天使本人は消えてしまった。これではただ働きである。


 そもそもあの方って誰のことだ。名前を言え名前を。


 思わずため息を吐いていると苦笑したルトが手を差し伸べてきた。座り込んだままだった私はその手を取ってようやく立ち上がる。けれど、ふらりとよろけて倒れそうになった体はルトに支えられて何とか留まった。



「大丈夫?」


「なんか、疲れた、みたい……」



 足の感覚が鈍い。立った瞬間に疲労感が一気に押し寄せてきた。堪らず大きなあくびをした私はルトの手から駆け寄ってきたシンディに引き渡され、ひょいと横抱きに持ち上げられるのがわかる。

 おそらくあの道具を壊すのにシロの魔力を大量に使ったせいだ。いつもみたいに動き回ったわけではないのだが、どうやらこの疲労は動作というよりもシロの魔力を使うことで溜まっていくものであるらしい。


 

 今回はいったいどれだけ眠ることになるんだろう。

 

 そんなことを考えているうちに意識は沈んでいき、そうしてあっという間に私は眠りに落ちたのである。









 



 目が覚めると、そこは宿の一室と思われる明るい部屋だった。

 眠る前に最後にいた場所は夜の森だったはずなのに、ざわざわと聞こえてくる喧騒はおそらくどこかの街のものである。私が眠っている間に街に入り、宿で部屋を借りたであろうことは考えずとも理解できた。

 

 相変わらずふかふかの柔らかいシロの羽に包まれていた私は、何度か瞬きをした後首だけを動かして部屋の中を見渡した。


 部屋には私とシロ以外に誰もいない。ルトやシンディは出かけているのか。一人残されているということは、宿の部屋で問題が起きることはそうそう無いはずなので、シロがいれば大丈夫と判断されたからなのかもしれない。

 

 実際に流れる時間は穏やかだった。森の中では当たり前だった魔物の声も気配も無く、窓から入ってくる柔らかい風が頬を撫でていく感じが心地良い。

 だから私は二度寝を決め込むつもりでもう一度シロの羽に潜り込んでいた。

 


 (ようやく起きたか)


 (あともう少し……)



 ルトもシンディもいないのだし、もう少しのんびりとしていようよと。そんな気持ちを込めて頭の中に響いてくる声に返答していると、ふむと何やら考えるような声がした後は何も聞こえなくなったから受け入れてくれたのだと思う。

 こういう時のシロは私にかなり甘い。だから遠慮なく二度寝に入った私は結局、ルトとシンディが部屋にやってくるまでしっかりと睡眠を貪った。



 次は部屋の戸が開く音で目が覚めた。


 ぼんやりしたまま頭を持ち上げると、どうやら街で商売をしてきたらしいルトとシンディがそれぞれの道具を整理しているところだった。それを見てやっと動く気になった私は、シロの背に埋もれていた体をゆっくりと起こしていく。



「あっ。エル、起きてたんだね」


「わっ、本当です!おはようございます、エル」


「ん、おはよ」



 大きなあくびをしながら何となく窓の外を見ると、先程は明るかった空が夕陽に染まっていた。また随分と寝てしまったらしい。もう少しと言っておきながらなんたる体たらく。こんなに何も考えずのんびりしたのは初めてだったかもしれない。


 あれ。そういえばいろいろと考えなければいけないことがあった気が……



「お前たちだけか?」



 ふと思い出して扉の方を見るが、他に人が入ってくる気配はなさそうだった。森で一緒にいたアロウやボウド、そして飛ばされてきたダーガンはいったいどうしたというんだろう。


 私が尋ねると二人はあの日から今日までの出来事を大まかに語ってくれた。



 まず、私が寝落ちてから今日は十日目に当たるらしい。

 

 あの夜は森で野宿をし、翌日の朝にはダーガンたちとは別れたそうだ。

 戦力に不安のあるアロウとボウドはダーガンが王都まで送っていくことになり、そんなダーガンはその後に仲間たちのいる地へ向かうから、と。

 

 なんだかんだと少しの間行動を共にしていた奴らだ。別れの挨拶ができなかったことは少し残念でもあるが、ダーガンは私の探し人でもある魔術師ラグナのいる勇者パーティのメンバーだ。再会はそう遠い未来では無いと思っている。

 


 ダーガンたちと別れたルトとシンディは、眠り続ける私を連れて一先ず森を東に抜けたところにあるこの小さなテイズという街に立ち寄ったそうだ。私がこうして数日の眠りにつくと外で生活するには多少不都合なことが幾つか起きてしまうので。


 そういえば今回は目が覚めた時の髪の長さが変わっていなかったな。と、ふと目を向けた先でシロが満足そうにしていたので、まあそういうことなのだろう。



「迷惑をかけたな。運んでくれてありがとう」



 軽く頭を下げた私に、二人は礼を言われるほどのことではないと言って笑っていた。ルトとシンディには本当に助けられてばかりである。


 

 それにしても、今後シロの魔力の使いすぎには注意した方が良さそうだ。今回は近くに二人がいてくれたからいいものの、万が一シロとも逸れ私一人の時に突然寝落ちてしまったら最悪命にも関わってくる問題だ。どれだけ使うと眠くなるのかとか、その辺りは検証が必要だな、とそんな事を考えていたらふと脳裏に過ぎる存在があった。


 白い肌、白い髪、透き通った灰色の虹彩、純白のドレスに背中には翼。


 ああ、そうだ。また魔力を使いそうな厄介な願いを託されたのだった。



 あの方って結局誰の事なんだろう。

 あんな状態に置かれていた天使が「あの方も」と言ったのだ。おそらく同じ天使のことではないかとは思うのだが、その言い方は目上の者を指す時のものである。

 

 天使の上と言われて真っ先に思い浮かぶのは、辺境伯領へ向かう前にシャンデンの街で一度耳にしたあの大天使の名。



 ――ミカエル。



「いや、まさかな」



 森の地下にあった転移の魔法陣。あれはきっと同じ魔法陣の間を行き来することのできる魔法である。ならばあの場に埋まっていたもの以外にも幾つか存在するはずだ。その根拠として挙げられるのはやはり魔物の異常だろう。

 

 数の増加や、あの森では考えられない強さの魔物がいたこと。本来はいるはずの魔物の姿が見えないこと。そしてダーガンとブラックサーペントが突然現れた事実。


 つまり、幾つかの場所の魔物たちが転移により移動している。そう考えるのが妥当だろう。


 

 私たちが見た魔法陣は、動力として使われていた天使の限界がきっかけで異常を引き起こしていたのだと私は思っている。なぜなら機械人形が箱から出た瞬間に魔法陣は消えてしまったからだ。

 

 無ければ何も起こらないものが、有るだけで例え限界の状態でも思わぬ力を発揮する。そこにロキルという男の何らかの企みがあったのではないか。

 だとすると、逆に私たちが魔法陣には気付かず森を素通りし、天使が機械人形に繋ぎ止められた状態で消えていたらどうなっていたことか。今となっては不明だが、碌なことが起こりそうもないので解放して正解だったと思っておくことにしよう。


 

 そして国のあちこちで同じような魔物の異常が発生しているということは、そこにも存在する魔法陣の動力に問題が生じている可能性があるのではないか。

 全ての動力に天使が使われているのかはわからない。しかし私たちの前に現れた天使の言葉は、それを予感させるものだった。


 だから、少し考えた末に私が出した結論はこれだ。

 

 あの方とやらもどこかで何かの動力として使われている。


 ……本当に、嫌な話だよ。



「そういえばあの箱はどうしたんだ?」



 機械人形が入っていた楕円の箱。一応は異常の原因となるものだ。扱いには困りそうだが。


 

「ああ、あれは――」


 

 寝ていても私に近付けることは全員が反対したので、相談の末に魔物の異常の件も含めてアロウとボウドの手柄とすることになった、とルトは言う。



「今回の件でギルドからも報酬は出るだろうし、あんなものでも遺物だからね。教会とかが高値で引き取ってくれると思うんだ」



 確かに。教会ならこの手の話が好きな奴らばかりだろう。引き渡し先としてこれ以上の場所はない。

 触れられず近付けずといった問題さえ無ければ私が引き取りたいくらいの代物だ。けれどシロも良しと言わないだろうことはわかるので今回は泣く泣く断念だ。こちらにはルトが描いた絵もあることだし、それで我慢しようと思う。

 


「かなりの重さがあったからダーガンが背負って王都まで運んでくれるみたいだよ。彼はA級冒険者だって言ってたし、任せておけば大丈夫じゃないかな」


「へぇ。どうせならその金をしばらく生活の足しにして再就職先探せばいいのに」


「あっ、それならダーガンが冒険者ギルドの職員に推薦してやるって言ってましたよ!ボウドは魔物の解体が得意ですし、アロウは事務作業に向いているんじゃないかって!」


「おお。それはいいな」



 ボウドの魔物の解体は確かに見事なものだった。その手先の器用さを買われて調査の手伝いまでしていたくらいだ。魔物の解体も引き受けている冒険者ギルドの職員は彼の転職先としては申し分ない。

 

 対するアロウはあまり目立ったところが無かったようにも思うが、調査中に私とルトの間で発生した情報のやり取りの仲介をしてくれていたことはしっかり覚えている。あれは本当に助かった。事務作業、確かに向いているかもしれない。



「エルに、二人から伝言だよ。助けてくれてありがとうって」


「……うん」


 

 思わず口元が緩む。正直、最初はただの馬鹿かと思っていた時もあったけれど、あの二人もそれぞれの道を見つけられそうでよかった。今は素直にそう思う。


 

 王都に行った時は冒険者ギルドを覗いてみようか。二人が仕事をしている姿を見に行くというのも面白いかもしれない。また追い出されていたらどうしよう。その時は再就職先を一緒に探してやろう。

 

 そんな事を語り合いながら過ごす夜は、とても穏やかで温かい時間だったのだ。



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