43.サタナキアの企み
「いいわ、知りたいなら教えてあげる。私達がサタナキア様から仰せつかった大役について……ね」
ウンディーネがわざとらしいくらいに柔らかな笑みを浮かべる。
アディスはそのあからさまな態度を怪しみながらも、あえて好きに喋らせることにした。
「時間稼ぎか。まぁいい、乗ってやろうか。こちらとしても、どんな言い訳をするのか聞いておきたいからな」
今回の遠出の目的は、町の付近を流れる川の水量が急減した原因を探り、それを除去することにある。
ホムラやウンディーネを撃退し、目の前の火球を破壊するだけで万事解決するのなら、アディスは迷うことなくそうしている。
しかし、今のところ、そんな簡単に片がつく保証はどこにもない。
火球を溶鉱炉代わりに『何か』を製造しようとしていることは読めても、それ以外に何も仕掛けがないとは限らないのだ。
「あなたのことだから、とっくに察してはいると思うのだけれど、ルシフェリア魔王国は他勢力との戦いで不利な戦況に追いやられつつあるわ」
「だからギーを寄越して俺を連れ戻そうとした。あまりにも今更だな。自業自得だ」
「ええ、それについては同感ね。私も上手くいく確率は低いと思っていた。仮に、四天王の座に返り咲けるという条件だったとしても、きっと無理だったはず。でも試すだけならタダでしょう?」
「俺としては迷惑料を請求したいところなんだがな。請求書の送り先はまだ魔王城でいいか?」
アディスの皮肉にウンディーネは微笑みを返し、平然と言葉を続けた。
「あなたにギーの部下として働いてもらう試みは失敗に終わった……けれど、だからといって降伏するわけにはいかない。だから、あなたの力で守りを固めるのではなく、敵軍を蹴散らす強大な力を手に入れる……いえ、取り戻すことにしたの」
「取り戻す、だと?」
宙に浮かぶ火球が突如として収縮し、子供の背丈ほどの縦長な光の塊に形を変える。
そして更に周囲を取り巻いていた水流が殺到して、高熱を相殺すると同時に膨大な量の蒸気を撒き散らした。
白い熱風が瞬く間に周囲一帯を埋め尽くす。
アディスは石の壁を目の前に出現させて蒸気と熱風を防ぎ、風圧が収まると同時にそれを砕いて解除した。
「……なるほど、そういうことか」
数秒前まで火球があった場所に浮かぶ、一振りの剣。
柄や鞘などの拵えはなく、金の差し色を帯びた漆黒の剣身だけが、切っ先を下に向けてゆっくりと地表に下りてきている。
「先代魔王ルシフェル様の剣、アウローラ。お前達は何かを造っていたんじゃなくて、そいつを打ち直していたんだな」
「一振りで一軍を砕くとも謳われた魔剣。さすがにそれは誇張されているとしても、砕かれたまま宝物庫に死蔵しておくには惜しい兵器でしょう?」
「やめておけ。そいつは気難しいんだ。魔王の許しを得ていない奴には、触れることすらままならないくらいにな」
「サタナキア様の許しは得ているわ。それに、修復作業中に数え切れないくらい触ったけど、何ともなかったもの。伝説というのは、いつの時代も誇張されるものよね」
魔剣を打ち直すという大役を果たした喜びからか、ウンディーネはアディスから向けられる警戒心に満ちた視線を気にも留めず、余裕に満ちた態度でその剣へと近付いていく。
「……最後に一つ答えろ。どうしてこの山を選んだ。アウローラの打ち直しなら魔界でもできるだろう」
「秘密裏に作戦を進める必要があった。それだけのことよ。敵対勢力に気付かれず、地上の人間にも悟られず、充分な魔力を帯びた水が流れている……その条件を満たしている土地は自ずと限られてくるでしょう?」
ウンディーネが魔剣アウローラにゆっくりと手を伸ばす。
「試し切りの標的になりたくないなら、私達の邪魔は――」
そのときだった。
突如として、アウローラの剣身から鋭い魔力が放たれたかと思うと、ウンディーネの右腕が細切れになって吹き飛ばされる。
「……ええっ!?」
ウンディーネは慌てふためいて後ずさり、その場にどさりと尻餅をついた。
切り刻まれた右腕は水飛沫となって弾け飛び、胴体側の切断面はゼラチンのように半透明で血の一滴も滲んでいない。
信じられないものを見るように目を見開いたウンディーネの眼前で、魔剣アウローラが放ち続ける漆黒の魔力が物理的な形を帯びていく。
「だから言っただろ? さっさと立ち上がって身構えろ。アウローラが目を覚ますぞ」






