19.亡命騎士の提案
「ペネム大公国の騎士が村に来て、何か大事な話があると言っています! 用件は村の代表者に直接話すと……早く来てください!」
「やっぱりな。魔王以外の火種があるとしたら、あの国しかないか」
案の定の展開に内心で呆れ果てながら、アディスは村人の求めに応じて騎士が待つ集会場へ赴いた。
――ペネム大公国。
リブラ村に住んでいる難民達の故郷であり、住民達を理不尽な理由で弾圧しているという国だ。
証拠は追放された人々の証言だけではない。
逃走中の難民を乗せた馬車を、ペネムの騎兵が明らかに加虐心を満たす目的で追い回していた様子を、アディスはその目でしっかり目撃していた。
その騎士がリブラ村を訪れたという状況に、きな臭さを感じない者はいないだろう。
「待ちなさい、アディス。念の為こちらを」
「おっと、そうだな。いずれ気付かれることとはいえ、できるだけ隠すに越したことはないか」
アディスはジャネットが手渡してきたフード付きの上着を羽織り、頭ごと角を隠してから集会場に足を踏み入れた。
「待たせた。客人というのは?」
「貴殿が村の指導者か。お初にお目にかかる。私はブランドン。ペネム大公に仕えていた騎士の端くれだ」
ブランドンと名乗る騎士の男は、想定とは違い礼節に則った態度で挨拶をしてきた。
てっきり攻撃的な態度で乗り込んできたのかと思いきや、実際は正反対。
同席していたジャネットは意外そうに目を丸くして、アディスの対応を伺っている。
「仕えていた……過去形、ということは」
「その通り。私は大公を見限って領地の返上を計画している。もはやあの暴君にはついていけぬ」
「なるほど」
アディスは素直にその発言を信じるつもりはなかったが、理屈自体は納得できるものだと受け取っていた。
主君と配下の価値観は必ずしも一致するとは限らない。
他ならぬアディス自身が、そのことを誰よりも身を持って理解している。
魔王サタナキアのように代替わりで方針が変わったのかもしれないし、突如として人柄が豹変してしまったのかもしれない。
あるいは他に選択肢がなく仕えたものの、やはり我慢ができなくなってしまったのかもしれない。
何にせよ、分かりやすく喧嘩を売りに来たわけではないのなら、腰を据えて話を聞く必要がありそうだ。
「ただその報告をしに来ただけじゃないんだろう? この村への移住を望んでいるのか? その割には、まだ『領地の返上を計画している』止まりで、縁を切ったわけじゃないようだが」
「……大したものではないとはいえ、私は領地を持つ身。領民達を暴君のところに置いてはおけぬ。故に、領地返上を伝えて後戻りができなくなる前に、領民達を引き連れての移住の相談をさせていただきたいと思っている」
ブランドンから事情を聞き出しながら、アディスは細かな表情の変化に注意を払い、嘘や偽りがないかを見極めようとする。
対するブランドンも、そんなアディスの意図を理解しているようで、信頼を得るための行動に打って出てきた。
「もちろん、私も二つ返事で受け入れてもらえるとは思っていない。そこで、手土産として重大な情報を持参した」
「重大な情報?」
「ペネム大公はリブラ村と指導者の貴殿を忌々しく思っている。なので大公は、貴殿らを従わせるための軍事力の派遣を計画しているのだ」
集会場に集まっていた住民達がざわざわと騒ぐ。
不安や怖れの言葉を口にする者もちらほら見て取れた。
「この文書には、私が知る限りの計画の内容を全て記してある。もしもこの記述の通りに軍事力が派遣された場合……」
「事前に情報を伝えた見返りとして、自分と領民を村に受け入れてもらいたいと」
深々と頷くブランドン。
アディスはしばし考え込み、それからブランドンが差し出した文書を手にとった。
「妥当だな。そちらは情報を提供する。こちらはお前の情報を活用して大公の軍を退ける。上手くいったら、この村も『村』とは呼べないくらいに人口が増える……これでいくとしよう」






