#63 プランジ
バーン!!
めちゃくちゃ速い。
というか、いくらなんでも速すぎる。
「ひぇぇ、寒……っ! 怖……っ! ヤバ……っ!」
再三に渡る加速のせいで、ブノスさんはトップスピード近くまで速くなっていた。
調子に乗って発破をかけ過ぎたのだ。
今やブノスさんに声は届かない。
「速く……っ! なり過ぎよ……っ!!」
「落ちそうで……っ! あります……っ!!」
ブノスさんの隆起してる部分に、みんな必死でしがみついていた。
振り落とされないことに精いっぱいで、もはや会話する余裕がない。
ヤバい。
「さあ、君たち!! そろそろ目的地だ!!」
ウィングたちのテンションは、いつの間にかブノスさんのものに。
そろそろ目的地らしい。
とにかく……なんでもいいから止まって欲しい!
「ブノスさーーーんっ、速過ぎだよ……っっ!!」
「うん!? なんだって!?」
「速過ぎーーーーーっっっ」
「なに言ってるか聞こえないぜーーーっ!! ヒャッハァーー!!!」
世紀末のような盛り上がりで、また加速したブノスさん。
途中で降ろす気はサラサラないって感じで。
「止まれないんだよォーーーっ!!」
身体で切る風がそろそろ痛くなってきたよ。
このままじゃ、みんなブノスさんに殺されちゃうよ。
「いいか、みんなァ!! もう止まれないからね!!! このままダンジョンに突っ込むよ!!」
『『えっ!!?』』
「墜落飛行がなんぼのもんじゃい!!」
この人、速度とキャラ崩壊してる!
このスピードで不時着なんかしたら、私たち死んじゃうんだけど!
「ぎゃーーーっ、ノエッタ先生ーーー!!」
「あたしに助けを求められても困るわよーーーー!!」
為す術ない!!
マトモな会話も出来ないうちに、滑空が始まっちゃった!!
――霞んだ青色の先、数十メートル先の地点に、ひとつの像が現れ始める。
それは天空の城だった。
円状に聳え立つ城砦に、悠々と生い茂った大木の葉が覆いかぶさっている。
人工的な外観を自然が淘汰した光景は、その城が古代の遺物なのだと強調しているようだ。
「見てーーーーーっ!! お城ーーーーーっ!!」
「あれがダンジョンのようでありますねーーーーーっ!?」
大声で話してる間にも、ダンジョンはどんどん近付いて行く。
衝撃に備えようにも、身体を強張らせる以外に出来ることはない。
どうしよう……!?
せ、せめてクッション的なものがあれば……!
「エルグーーーーっ!! 魔石使えーーーーーっ!!」
その時、シムが唐突に叫んだ。
「えーーーーーっ!? でもリーーーーーダーーーーー!?」
「いーーーーーーーから魔石だーーーーーーーーっ!!」
「りょーーーーーかいでありまーーーーーーーーーすっ!!」
了解するや否や、エルグの腰につけたポシェット内で魔石が光始める。
彼女の意思に呼応して、すでにマナをかき集め始めているらしい。
ま、まさか魔物化する気じゃ!?
「自分が衝撃を受け止めるでありまーーーーーすっ!!!」
「で、でもーーーー!! 魔物化ーーーーー!! ぼーーーそーーーーするじゃーーーん!!?」
「しんぱいむよーーーーーでありますよーーーーーーーパトナ氏ーーーーー!!」
「ちょまーーーーーっ!! 心配しかな――」
エルグの魔物化は危険な奥の手だけど、止めている暇はなかった。
すでに目の前まで迫ったダンジョン……衝突するのはあと数秒。
「君たち、衝撃に備えろよォ!!」
会話は強風に遮られ、ブノスさんが最後の加速をする。
死ぬ気しかないトップスピードで、そのままダンジョンの城壁へと突っ込むのだった。
ズッガ―――――――ン!!!!
✡✡✡
………………?
「おいパトナ、起きろよ」
「…………うーん……」
ウィングの声で目が覚める。
気が付くと、外とは違うマナが肌に触れていた。
濃厚な密度……ダンジョンの空気。
「私、生きてたの……?」
ゆっくり起き上がってみる。
すごい衝撃だったはずなのに、身体がそんなに痛くない。
「みんな無事ですよ。パトナさん、ケガありませんか?」
「ラーン! うん、大丈夫だよ!」
ラーンが手を差し伸べてくれたから、掴んで立ち上がる。
かなりの衝撃だったはずだけど、なぜかみんな平気らしい。
周りを見渡すと、ストロベリージャム色の岩壁に囲まれていた。
ダンジョンの外観とは合わない、自然に出来た洞窟のような空間だ。
災厄の影響か、岩肌は少し溶けていて、溶岩のようにドロドロと流れ落ちている。
「ふむふむ……マナを密集させて、クッション替わりにしたのね」
ふと後ろを振り向くと、ノエッタが独り言を呟いている。
彼女が触っているのは……ぶよぶよの黒い壁?
「ね、ノエッタ。その黒いのなに?」
「あ、パトナ! 見て、これは――」
と、ノエッタの説明が為されようとした時、
「魔石の力で作った緩衝材だ」
横からシムが口を挟む。
見ると、彼はニヒルな笑みを浮かべていた。
「緩衝材? 魔石で?」
「魔物化の際に集めるマナを放出したってワケだ。ダンジョンは闇や魔属性の宝庫だからな……固めれば色々と作れる」
「へー……」
なるほど……魔石の吸収能力を応用したんだね。
魔物化以外の使い道を思いつくなんて、頭いーな。
「うぅ、いてて……君たち、無事だったかい?」
「あ、ブノスさん!」
最後に起き上がってきたのはブノスさん。
彼はとっくに龍化が解けていたみたいで、ドラゴニュートの姿に戻っていた。
「ブノスさん、速過ぎだよ!」
「はは、ちょっと張り切り過ぎたよ……まあ目的地には着いたし、結果オーライさ!」
彼は照れ隠しに頬を掻いた後、気を取り直して立ち上がる。
「ここは……“倖失せし眠り姫”と呼ばれるダンジョンだ。千年前、災厄の封印地となった伝説のダンジョンだが……」
「だが?」
「地質もマナの質も文献の情報と一致しない。おそらく災厄の強大な魔力によって、ダンジョン自体に歪みが――」
彼はそこまで話すと、なにかに気付いたようにハッと振り向く。
「……! この気配は……!!」
「え? どうしたの、ブノスさ……っ」
訊ねようとしたその時、私の肌に嫌な魔力が触れる。
「……っ!!」
この魔力……忘れもしない。
チリチリと燃える火の粉のようなのに、どこまでも粘っこい、異質な感触。
「エンヴィ……っ!! どこにいるの!?」
岩壁の景色に隠れる場所は見当たらない。
けれど、その気配は確かに感じられる。
まるで、こちらを射抜くような……
視線……覗かれてる?
「私たちを見てるの!?」
エンヴィ……姿を現さないまま、一方的にこっちを監視してるんだ。
アイツ、この期に及んで卑怯な手を……!
そうはさせるか!
「センコウ、近くに敵がいるよ!! 心眼で返り討ちにして!!」
「む……承知した」
センコウは刀の柄に手をかけると、そっと目を瞑る。
瞬間、彼の纏う雰囲気は冷えていき、彼の周りの空気だけが静止する。
一時の無音が、空間を支配していく。
壱……弐……参……
「――きえぇェいッ!!」
彼は目を開くと、正面へ大きく一歩踏み込んだ。
同時、瞬速の抜刀で空を斬る。
銀色の残像は、まるで空中に入った亀裂のようだった。
「センコウ……今、斬れた……?」
「確かに捉えた……が、既に逃げたでござるな」
手応えがあったのなら、攻撃は当たったに違いない。
なにもない空間に見えたけど、そこにはエンヴィがいたのだ。
そうか、アイツの技は空間移動……空間に監視用の穴を作っていた?
「みんな、気をつけて! 敵はワープ魔法の使い手だよ!」
「え!? パトナさん、ワープ魔法って……」
「信じられないかもだけど、警戒して……! どこからでも襲ってくるよ!」
「は、はい!」
私の警告で、みんなも警戒態勢に入る。
お互いに背中を預け、背後からは出てこれないように寄り集まった。
エンヴィの能力は強力だけど、こっちには八人分の目がある。
そう簡単に不意打ちはさせない。
「拙者の心眼にて刺客を追う故、みな緘黙されよ」
センコウの心眼が、再び場を支配する。
沈黙によって緊張感が高まり、みんなの集中力も引き上がる。
こうなったら、どこから現れても見逃すハズはない。
…………逃がすつもりはない。
エンヴィのことは……私が、この手で……!
「…………」
――そのまま、なにも起こらずに十数秒が経つ。
空間に亀裂が入るような予兆もなければ、嫌な魔力の気配もしない。
センコウの心眼も開かないまま、ただ静かな緊張だけが漂う。
(無駄だよ、エンヴィ。私たちは隙を見せたりしない)
どこからでも来い。
卑怯なお前なんて、これっぽっちも怖くないよ。
出てきた瞬間、返り討ちに……
「…………きゃあっ!?」
「――ッ!? ラーン!!」
その時、張り詰めた空気が、ラーンの声で破られる。
注意を惹かれ、みんながラーンのほうへ振り向いた。
「あ、足が……!! なにかに引きずり込まれて……!?」
ラーンが立つ地面に、いつの間にか黒い空間が出来上がっていた。
明らかにエンヴィの攻撃だ。
それは彼女の身体をみるみる飲み込んでいく。
「し、しまった……!」
「ラーン殿、拙者に捕まるでござる!!」
心眼を解いたセンコウが、地面へと吸い込まれていくラーンへ手を伸ばす。
ラーンもそれを握り返したけれど、引き上げるのは簡単じゃなかった。
「ぐ……っ!! こ、これは……っ」
「センコウさん!? これじゃセンコウさんまで吸い込まれちゃいます……!」
エンヴィめ……出てこれないから攻撃方法を変えてきたんだ!
私たちに油断は無かったのに……!
「お前ら大丈夫か!? チクショーっ、俺に……うおおっ!?」
「あ……っ! わ、私たちまで!」
「な、なんなのよ、この魔法!?」
「自分もでありますかっ!?」
空間はラーンだけじゃなくて、私たちの足元にも広がった。
今度は一人じゃなくて、私・ウィング・ノエッタ・エルグを一気に沈ませていく。
「ちっ……俺だけスルーじゃねェか、この魔法」
「し、シム!! 無事なの!?」
「パトナ。これがワープ魔法ってんなら、目的はパーティの分断ってとこだ。助けられねェし、とりあえず吸い込まれろ」
「ちょっ、ちょっとは助けようとしてよぉ!!」
地面に溺れていく私たちを見て、シムは冷静すぎる判断を下した。
そんな彼の背後の空間に、嫌な魔力を垂れ流す亀裂が浮かび上がる。
エンヴィはシムとブノスさんを狙っている。
おそらく、ラーンとセンコウ、そして私たちは後回し……
八人同時には相手できないから、別々に処理する気なのだ。
「君たち! ワープ先にはおそらく敵や罠がある! 気をつけるんだ!」
――ブノスさんの忠告を最後にして、私たちは完全に吸い込まれてしまった。
読んでくれてサンキュー。
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