#61 ヘルプ
マレッド村から王都グリードまでの、長い道のりを超えていく。
道中にはたくさんの魔物が徘徊していて、その都度、倒さざるを得ない。
もうすぐ城下町の門!……って辺りでも、かなり魔物の影が増え始めていた。
「くっ……!」
「魔物だらけだわ!」
ギルドで見覚えのある人たちが、蔓延る敵に苦戦している。
戦っているのは“ブルフ”という、レベル6以上のダンジョンに生息するやつだ。
遠いダンジョンからも、数匹の魔物が襲来しているらしかった。
「“唄え、短き命! 勇気の欠片、誓いを守れ”――脈打つ情熱!」
ロクサーヌに跨ったまま、魔法を使ってアシストする。
ブルフの出っ張った鼻先を狙った。
鼻が炎上すると、弱点を焼かれたブルフは悶え、やがて動かなくなった。
「あっ! パトナ・グレム!?」
「さ、さすがランク7ね……どうもありがとう」
「どういたしましてっ!」
ランク7になったのは昨日なんだけど、もう噂が広まってるんだ。
やれやれ、冒険者って情報に敏感なところがあるからなぁ……有名人になっちゃうよ。
えへへ。
それにしても、時間が経てば経つほど、状況が悪くなる。
魔物はダンジョンで復活するし、遠くから来るのも徘徊してるし……
防衛を続けていても、いずれは疲弊して、城下町は崩されるだろう。
再びロクサーヌに走ってもらいつつ、お腹に力を入れる。
やっぱり向かうしかなさそうだ。
「災厄のダンジョンを攻略しないと……!」
そのダンジョンがどこにあるのか、私は知らない。
それに、消滅の魔法陣は未完成のままだ。
そこへ行けたとしても、災厄を倒せるかは分からない。
でも、行くって決めたのなら、なんとしてでも行くしかない。
とりあえず拠点に戻って、師匠の持ち物を漁らせてもらおう。
なにか分かるかも……
「――ねぇ、パトナ。あんたの夢は、その災厄のダンジョンってやつなの?」
「へっ?」
ひとりでブツブツ言ってたら、ノエッタに聞かれていた。
すると、おもむろに真剣な顔をする彼女。
「あたしも連れて行きなさいよ」
「え!?」
「なによ、いいでしょ? あんたの夢、なんなのか知りたいんだもん」
うへー、そういう話になっちゃうのか……
そりゃ、ノエッタが居てくれたら心の支えにはなるけど、災厄のダンジョンはレベル8だし。
師匠だったら絶対に連れて行かないわけで……ていうか、私も心配するわけで。
ダメだね、うん。
ここはキッパリ断るぞ!
「ノエッタ! 私の夢は遊びじゃないんだよ!」
「は、はぁ!? そんなこと思ってないわよ!」
「とにかく来ちゃダメ! 帰るまで待ってて!」
「な、なによ……! 急にそんな、冷たいこと……」
ノエッタは哀しそうな顔をして、私を見つめてきた。
あうぅ、ショゲてるよ……
連れて行ってあげるくらい、良かったかな……?
きっと私のことを思って言ってくれたんだろうし。
と、思ってたら、彼女は急に盛り返した。
「じゃ、どこに行く気なのよっ!」
「わっ!? あっ、まだ分かってないんだ――」
「なんで分かってないの!? しっかりしなさい!!」
「は、はいっ! えっと、レベル8のダンジョンだって、師匠が言ってました!」
「レベル8のダンジョンなんて多くないわよ! あたしが調べたげる!!」
そんなこんなで、強引に拠点まで同行することになった。
図書館のこととか、もう忘れてる感じの勢いだ。
ノエッタってば、強気になったら手が付けられないなぁ。
✡✡✡
街の中までは、まだ侵攻されていない様子だ。
地上はばっちり防衛されているし、空中から攻めようとしても、街には結界が張ってあるから入れない。
ステルスなどの特殊な移動手段を持つ魔物もいるから、戦闘の跡はいくつか残っていたけど、魔物がのさばっている様子はない。
拠点のある街の中心部のほうは、人気は無くなっているものの、被害は見当たらなかった。
「今からナグニレンさんの机を漁るのね?」
「うん」
犯罪計画みたいなものを立てて、いつものように拠点の扉を開ける。
明かりもない室内は、やけに静かで、なんだか寂しい感じがした……
――なんて印象は、少し早トチリだったらしい。
師匠が愛用していたテーブルに、何者かが着席していたのだ。
「……ッ!?」
私はすぐに脈打つ情熱の構えを取り、何者かを牽制する。
拠点の陰に隠れた姿は、こちらへ身体を向けると、スッと立ち上がった。
「やあ。待ってたよ、パトナ・グレム……」
陰から這い寄るその面影に、私は戦慄した。
なぜなら、ヌッと現れた頭のシルエットが――魔族の角を持っていたからだ。
つまり……エンヴィだ!!
「“唄え、短き命ッ! 勇気の欠片、誓いを守れ!!”――脈打つ……」
詠唱を終える前に、私の腕は掴まれる。
攻撃されることを予期した私は、咄嗟に身を固めた。
緊張が身体に漲る。
けれど、なにも起こらない。
「……っ?」
訝しみながら、そっと人物へ目を向ける。
そこにあった顔は、どう見てもエンヴィじゃなかった。
黒髪だけど長くはないし、赤い瞳だけど目元は穏やかで、あっけらかんとした笑みを浮かべている。
彼はポリポリと頬を掻いて、私に困り顔を見せた。
「あ、怪しい者じゃないんだ。いや、不法侵入したのは悪かった……だけど、まずは落ち着いておくれ」
「???」
誰だか知らない人だ。
え?
誰だろ。
なんか忘れてるのかな、私。
「ごめんね、パトナちゃん! その人、ちょっと間が悪いんだよねー」
首を傾げていると、部屋の奥から別の人物がやってくる。
紫がかったピンクのツインテール……特徴的だったから、すぐにティムちゃんだと分かった。
「ティムちゃん! な、なんで!?」
「ふふ。トラフの匂いがここで途絶えてたから、調査中なんだ」
「ひえっ、なに言ってるの……?」
驚く私の横をすり抜けて、ノエッタにも挨拶するティムちゃん。
それから、誰だか知らない人の隣に立って、彼の肩を叩いた。
「この人、ウチのメンバーなんだよ。なんかパトナちゃんに用があるんだって……ほら、用件!」
「あ、そうだな……聞いてくれ、パトナ・グレム」
知らない人はなにか話そうとしている。
だけど、今はそんな暇ない。
大事な話だったとしても、まずは災厄を倒してからじゃないと。
「ごめんなさい、今はちょっと忙しいです」
「……いやいや、ちょっと聞いてくれ。僕はブノスと言って、魔大陸に住むドラゴニュートだ」
「あっ、そうですか。えっと、私は探し物をするので、どうしてもなら後ろで話しててください」
ブノスさんには悪いけど、放置させてもらう。
私はノエッタと一緒になって、師匠のテーブルをバンバカ漁った。
うーん、なんか無いかな……手がかり。
「分かった……探し物をしながら聞いてくれ」
私たちの背中側で、本当に話し始めるブノスさん。
流し聞きすることにした。
「……まず、僕はエンヴィとともに魔大陸からやってきた者だ。元は人大陸を調査するため、僕の飛行能力によって海を渡り、秘密裏に来訪した。それというのも、今の魔大陸が腐敗しているためだ……現在の魔大陸は、すべての民は享楽に耽り、魔王軍の統制すら取れていない、崩壊寸前の有様。どうやら現魔王は、『野蛮に生きるのは人間のやること』だと考えているらしく、魔王軍の撤廃さえ考えているらしい。それに加えて純血主義で、混血を拒み、魔大陸に住む種族を魔族のみに限定しようとする始末……様々な移民によって作り上げた、伝統ある魔大陸の歴史を踏みにじる、愚かな判断だ。このままでは、ドラゴニュート族も大陸から追放されてしまう。先に手を打つべきだと考えた僕は、居住地を探しにここへやって来たというわけだ。もちろん、無法移住であることは承知している……しかし、今の我々には手段を選ぶ力がない。魔大陸はもともと、魔族の圧倒的な力によって統治されていたのだ。突如として見放されれば、たちまち――」
結構な長さだけど、だいたい分かる。
つまり、ブノスさんはエンヴィの知り合いで、一緒に魔大陸からやって来たと。
それにしても、師匠の持ち物って、ほぼ消滅の魔法陣に関するメモだ。
まあ、あんまり物を持たないのは知ってたけど。
――私とノエッタで、声を掛け合いながら手がかりを探す。
「これは?」
「魔法式ね。魔力の循環式だけど……変形だらけで複雑なのに、すごく効率的に繋がってるわね……」
「よく分かるね。私にはなんにも分からないよ」
「あ、あんたねぇ……循環式は基礎でしょ!」
そうこうしてるうちに、ブノスさんの話はクライマックスに。
「恥ずかしい話、僕らはエンヴィの思想的な青臭さを、純粋さなのだと考えていた。実際、共鳴する部分もあったのだ……しかし結局、エンヴィには腹案があった。彼は僕を見限り、同時に魔大陸のすべてを見捨てた。エンヴィは冒険者となり、偽りの姿でグリードに潜伏を果たしたのだ……しかし、彼の思想がここまで行き切ったものだったとは。まさかこんなことになるなんて! 頼む、パトナ・グレム。僕ではエンヴィを止められない……災厄のダンジョンまで送るから、君の力でエンヴィを止めてくれ!」
彼が最後に言った言葉は、私の耳に引っ掛かった。
『災厄のダンジョンまで送るから――』
すぐにブノスさんへ振り返って、もう一回だけ確かめる。
「送ってくれるの!? ダンジョンまで!?」
「ああ、そうだ。厚顔無恥な頼みだと思うが……」
「じゃあ行こう、ブノスさん! ありがとう!」
「なっ、いいのか!? そんなにあっさり……!」
良いも悪いも、ダンジョンに行く方法を探してたんだから、乗るのは当たり前だ。
正直、あんまり話も聞いてなかったし。
ドラゴニュート族が困ってるんだっけ?
ブノスさんは困惑した後、すっと頭を下げてきた。
「パトナ・グレム……我々の過ちを救ってくれるのだな」
詳しくは知らないけど、結果的にそういうことになるみたいだ。
うん、これもなにかの縁だよね。
私もエンヴィを懲らしめたいし、せっかくだから救っちゃえ。
「それじゃ、さっそく出発しよう!」
「待って、パトナ! あたしも……」
「ダメ! ここから先は私ひとりで行くから!」
一緒に来かけたノエッタを、手のひらで制止する。
私の夢を叶えるのは、私自身じゃなきゃいけない。
みんなの力を借りてもいいのは、ここまでのはずだ。
危険な戦いになる。
みんなとの約束を守るためにも、必ず災厄に勝ってこないと!
「どうしてひとりで行くのよ、パトナ……!」
「行ってくるね、ノエッタ。大丈夫、心配しないで」
心配そうな顔をする彼女に、制止だった手を振った。
そして、決意とともに扉を開けると――
「待てよ、パトナ。ひとりだけ出掛ける気か?」
「え……!?」
そこにはウィングの姿があった。
赤い髪を跳ねさせた彼は、空色の眼でニヤリと笑った。
ブノスさんは種族ごとこっそり移住できる場所を探してたけど、エンヴィはそういうの興味なくて、災厄を使って魔大陸も人間の大陸も支配したいんでしょうね。
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