#60 ドリーム
「かかって来い、ドラゴン!」
トラフと隣り合って、ドラゴンへ宣戦布告する。
すると、巨体は身体を屈め、勢い良く跳躍した。
そのままの勢いで、鋭い爪を振り下ろしてくる。
「わっ!」
「ちっ……」
咄嵯に後ろへ飛んで回避すると、場に激しい砂埃を巻き上がる。
視界が遮られ、ドラゴンの姿が見えなくなる。
消えた相手の姿を探していると、砂埃の中から、尻尾が飛び出してきた。
「グルォオオオッ!!」
「あぐっ!?」
強烈な一薙ぎが、私のお腹へ直撃する。
鈍い痛みと息苦しさが同時に襲ってきて、吹き飛ばされた。
痛みを堪えながら、ガレキを掴んで身体を止める。
勢いを殺しきれずに一緒に転がったものの、なんとか受け身は取れた。
「うぐっ……」
「パトナ、無事か!?」
「うん、だいじょぶ……っ!」
ドラゴンと相対するトラフは、私を庇うように立った。
素早くないだろうと思って、ちょっと油断したかも。
相手は最強格の魔物なんだから、もっと気を引き締めなきゃ。
「グオオッ!!」
ドラゴンはまたも吠えて、点のような瞳孔を、眼前のトラフへ向ける。
今度は翼を大きく広げ、突風を起こしてきた。
踏ん張って耐えることは出来るものの、他の動きを封じられてしまう。
そうして獲物の回避行動を制限した後、仕留めるように放たれるのは、灼熱のブレスだ。
「…………!!」
「トラフ!!」
村の草花を焼き尽くす、無慈悲な一撃。
燃え盛る火炎に包まれたトラフは、紅蓮の胃袋へ消えてしまう。
連なる業火が再び晴れ、焼け跡が野晒しになった時――そこにトラフの姿は無かった。
「グオオオオオッ!!」
標的を焼き尽くしたドラゴンの狙いは、私へ差し向けられる。
さっきと同じように翼を広げ、突風を巻き起こしてきた。
吹き飛ばされないよう、地面に膝を突いて耐える。
「うぐっ……」
動けない私に向かって、ドラゴンの爪が迫ってくる。
当たればひとたまりもない。
避けざるを得なくて、私はわざと風に煽られ、回避行動をとった。
「グオオッ!!」
「……うぅっ!」
転がりながら、致命打を避ける。
ドラゴンが振り下ろした腕は、さっきまで私を支えていた地面を叩き割った。
その衝撃は振動となり、轟音によって大地を揺らした。
あんな打撃、一撃でも喰らったら絶対に殺される。
正面から戦うのは、あまり賢いとは言えなさそうだ。
動きも素早くて、詠唱する隙さえないし……
……思考を巡らせていた時――ドラゴンの背後から、トラフが飛び出した。
「でやああぁっ!!」
彼のロングソードは、落下する勢いのままに、ドラゴンへと叩きつけられる。
けれど、硬く強靭な鱗には、傷ひとつ付けられなかった。
それでも、注意を引くことは出来たらしく、ふとドラゴンの動きが止まった。
「パトナ、今だ!」
「おっけー、トラフ! やっぱり無事だったね!」
ドラゴンの視線が、私からトラフへと移る。
それによって、詠唱をする隙が生まれた。
トラフの合図に応えて、私は前方に腕を構える。
「“唄え、短き命! 勇気の欠片、誓いを……!”」
手のひらに火球を発現させて、強力な一撃を撃ち込もうとした時だった。
「ガアァアッ!!」
「え?」
獰猛に並んだ牙が、空へ開かれる。
咆哮を放った大口は、二発目のブレスを放った。
「なに……っ!? パトナ、上から来るぞ!」
トラフの言葉通り、ドラゴンが放った火炎は、噴水のように四方へ弾ける。
それは無数の火の粉となって、私たちへと降り注いできたのだ。
「あっ、あづッ!?」
身体に付着すると、皮膚が焼けるような感覚に陥る。
腕を振るって払い落としたものの、服は一瞬で溶けてしまった。
慌てていたら、トラフから次の指示が届く。
「ドラゴンの鱗の下へ入り込め!」
「ぎゃーっ、りょーかい!!」
火傷に苛まれつつ、ドラゴンの足元まで駆け抜ける。
巨体を傘にして、どうにか難を逃れた。
「グルルゥウウッ!!」
「うわっと……!」
傘にされたドラゴンも黙っちゃいない。
片方の脚を振り上げて、こちらを踏み潰そうとする。
横に飛び退いて回避し、事なきを得た。
頭上にはトラフ、腹には私。
おそらく鬱陶しくて堪らなかったのだろう。
「グルオォオッ!!」
「わわわわ……っ!!」
苛立ったドラゴンは、翼を大きく羽ばたかせて、お得意の突風を発生させる。
風の発生源が近いから、踏ん張っても風圧だけで押し戻されそうになった。
それでも耐えていると、いつの間にかドラゴンが空中へ舞い上がってしまった。
「あ、ちょっ」
風圧を耐えるのに必死だった私を置いて、トラフとドラゴンは遥か空中へ行く。
巨躯の頭に乗っかっているトラフは、地上からじゃ見えなくなる。
彼も飛べるわけじゃないんだから、あの状態で戦闘すれば、不利なのは間違いない。
「……でも、これって大チャンスだ!」
最高の囮になってるトラフに報いるためにも、一発で仕留めなきゃ。
私の魔法なら、それが出来る。
「“唄え、短き命! 勇気の欠片、誓いを守れ!”」
詠唱に合わせて、手のひらに現れる火球。
暴発した時のような、不安定なコアは形成されない。
私の心臓は正しい手順で、確かな重さで、揺るぎない存在を誇っていた。
トラフは見えないけど、仮に巻き込んだとしても大丈夫だ。
むしろ決着をトラフへ届けるつもりで、まっすぐ撃ってやろう。
最大限の私を、この一発に込めるんだ。
「――脈打つ情熱!!」
撃ち出した火球は、最高速で空へと飛び立つ。
目指すは一瞬。
上空を縦横無尽に飛び回るドラゴンの経由地点。
晴れ渡る青に、火の粉の赤が散っていく。
それだけで、成功することを確信できた。
それ以外は無いって思った。
「師匠……私、諦めないよ」
その時、ドラゴンの翼が本気で羽ばたく。
地上まで到達した突風は、私の前髪を揺らした。
ましてや、舞い上がった火球にとっては、耐えがたい暴威だったと思う。
けれど、吹き消されない。
火球はドラゴンの翼へと向かっていく。
暴風の懐へと潜り込んで、小さくなり、止まって――爆ぜた瞬間、それ以上の暴風を巻き起こした。
撃ち堕とした巨躯が、大きな赤い翼をだらしなく広げて、炎の残滓を描いていく。
魔法の威力に満足してたら、別れて落ちてきた影が、私の頭上に迫ってきた。
「――……トナ!! 俺を受け止めろ!!」
「えっ!?」
慌てて両腕を広げたけど、そうじゃなかったらしい。
結局のところ、私の額とトラフの額が、ごっちーん!!
……って、ゲキトツするのだった。
✡✡✡
やっぱり肩慣らしに過ぎないよね。
ドラゴン討伐は無事に終わった。
私とトラフの負った一番の傷は、不慮の石頭対決によるものだ。
だけど、前頭部の骨って意外と硬いから、ぜんぜん平気。
痛いのは……すっごい痛いけど。
「すごいねパトナ! ドラゴン倒しちゃった!」
「えへへ、そうでしょ? 私って凄いんだよ、えへへ!」
「うん、カッコよかった! ホントにすごいっ!」
「え、えへへ……まーねぇ? 一人前だからねぇ?」
焼け焦げたドラゴンを指差して、ユウちゃんが興奮している。
こんなに褒められたら、さすがに照れちゃうな。
でも、今なら素直に受け止められる。
私ってば、師匠の弟子なんだからね。
これくらい当然だよ! キリッ!
ふとユウちゃんの後ろを見ると、呆れた顔のノエッタが。
ドヤ顔を向けたら、私をあしらうように笑うのだった。
「はいはい」って感じ……えへへ。
「パトナ。あの魔法、前とは比べ物にならない威力だった」
「あ、トラフ……ごめんね、巻きこんじゃって」
「無傷だ、気にするな」
トラフは私の目の前に来ると、スッと拳を突き出してくる。
すると、なんだか昔とは違う気がした。
《二度と手出しするな》
ちょっと前は、まあまあ冷たいこと言われたっけ。
うん、やっぱり私……前に進んでるって思っていいんだ。
「サンキュー、トラフ。いい連携だったね!」
「ティムの次くらいにな」
「あははっ、素直じゃないんだから」
友達として、ライバルとして、ひとりの冒険者として。
拳を突き合わせて、お互いを認め合った瞬間――前に進める気がした。
大丈夫。
エンヴィも、災厄も、私には怖くなんてない。
だって、私の傍には……
「パトナ、もう行くんだよね……?」
「うん、行かなきゃ。またね、ユウちゃん」
「……絶対に、帰ってこなきゃダメだよ」
「もちろん!」
無事を祈ってくれる友達がいる。
「それじゃノエッタ、行こっか!」
「ええ。あんたも元気になったしね」
「……ふふ、ノエッタのおかげもあるよ?」
「ハッ! べべ、別にあたし、ちょっと観光しに来ただけで……ごにょごにょ……」
一緒に居てくれる仲間がいる。
「パトナ、負けるなよ」
「うん、トラフ! 魔物なんか指一本だよ!」
「それだけじゃないが……フッ、まぁ心配ないな」
「ん?」
「とにかく、こっちは任せろ。行け」
背中を預けられるライバルがいる。
足りないものなんて、もうなにもない。
災厄が復活したなら、跡形もなく消滅させるだけだ。
とても簡単な話で、単純な話だと思う。
マレッド村の風車が回転し始める。
背中に感じるのは心地良いリズムと、温かいノエッタの存在。
私は前方を見据えた。
「行こう、ロクサーヌ!」
合図を受け取って、ロクサーヌが駆足を始める。
ノエッタはギュッと私にしがみついた。
後ろを振り向くと、眼を瞑る彼女と、手を振るふたりが見えた。
「元気でねー、パトナーっ!」
「死ぬなよ!」
前髪が煽られるのと一緒に、自然と笑顔がこぼれる。
ノエッタを誘って、ふたりで同じように手を振って返した。
「ユウちゃーんっ! トラフーっ! またねーっ!」
「……マレッド村、いいところだったわよーっ!」
走ることはロクサーヌに任せて、村の入り口が見えなくなるまで手を振った。
緩やかな坂を越えて、やがてゲートが隠れてしまった後、再び前を向く。
もちろん、少しは虚勢だ。
なんの不安もないのかって聞かれたら、「うん」とは言えない。
自分が師匠ほど強くないってことも、ちゃんと分かってる。
「……パトナ。前から思ってたんだけど、言っていいかしら」
「ん? なぁに?」
「あんたって、なにか背負ってるのよね?」
ノエッタは真剣な顔をして、私に問いかけた。
災厄のことは話していないけど、うっすら気付かれてはいたみたいだ。
彼女は師匠ともよく話してたし……なにか勘付くのも頷ける。
なんて答えよう。
使命?
ううん、そんな重そうなものじゃない。
――もっと軽やかで、キラキラしたものだ。
「夢だよっ!」
世界一の大声で返したら、ノエッタはポカンとする。
それから、そっと目を細めて、小さく笑ってくれた。
書かなきゃいけない小説を書くので、しばらく更新停止します。
12月は分かりませんが、1月上旬には必ず次話が出ると思います。
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そういった反響が、なによりも励みになります。




