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#58 レフト

 ただ魔法を使うだけのこと。

 いつもやっていた当たり前の行為。

 それでさえ、まともに扱えない。


「グギャッ……!!」

「きゃあああっ!!」

「な、なん……――」


 周りの声が、荒れ狂う風に掻き消されていく。

 砦の壁が剥がれて、一瞬にして崩れていった。

 制動を失った魔法は、私でさえ吹き飛ばす。


「うっ、うぅ…………!」

「きゃあっ!」


 ノエッタもロクサーヌも倒されて、私と一緒に転げた。

 背中が壁にぶつかったら、壁ごと外へ押し出されてしまう。

 暴走する風圧に逆らえるものは、なにひとつとしてない。


 抉れた地面に、誰もが身を投げ出す。

 そうして暴威をまき散らした挙句、奔放な風は拡散した。


「ぐおお……これが、パトナの魔法……!?」

「はは……あたしらの無敵要塞、吹き飛んじまったねぇ」


 しばらくして、周りから呻き声が聞こえた。

 ハッとして起き上がると、みんなが地面に倒れている。

 気絶していたり、意識はあっても起き上がれなかったり、ケガをしていたり……


 最悪な光景だった。


「あ、あぁ……みんなぁ……」


 頭痛、不安、恐怖、罵声、後悔、失敗、悲鳴……

 あらゆるネガティブが、私の心を壊すためだけに存在していた。


 どうしてこんなことになっちゃったんだろう。

 私は、みんなを傷付けたかったんじゃないのに。


 ダメだ、なんとかしなきゃ。

 安全地帯を奪っちゃったんだから、ゴブリンに襲われる前に、私が責任を取らなくちゃ……

 だってこれは、すべて私のせいで――


「パトナ、こっち」

「……えっ!?」


 その時、私の腕を引いたのは、知っている声。

 振り向くと、懐かしい友達の顔……ユウちゃんだった。


 戸惑っていると、ノエッタも声を掛けてくる。


「ゴブリンくらいなら、あたしにだって倒せるわ! あんたは少し休みなさい、パトナ!」

「……の、ノエッタ……どうして……?」


 休みなさいって……役立たずだってこと?

 私はもう、戦うことすら出来ないってこと?

 待ってよ、そんなこと……次は必ず…………


 次もまた、きっと同じ事になる。


 だけど、ノエッタ……見限らないで。

 私は……


「……っ! お願いね、あなた!」

「うん。えっと……ノエッタちゃん。ありがとね」


 ノエッタは私から顔を背けて、背中越しにユウちゃんへ呼びかける。

 それに応じて、ユウちゃんも走り出した。

 私は彼女に腕を引かれて、ただ運ばれていく。


 どうして、また私は、ただ誰かの背中に庇われたまま?

 師匠を殺したのは私だ。

 いやだ、今度はノエッタを殺すの?

 それだけは、絶対にいけない。

 ダメだ、ダメだ……


「ノエッタ……!! お願い、私にも戦えるから……!! ねぇ、ノエッタ…………!!」


 ――遠ざかっていく背中へ、何度も呼びかけた。

 なにがなんでも、ユウちゃんの腕を振り払おうとした。


「ぱ、パトナ……! そっちじゃないっ」

「放して!! ノエッタが死んじゃう!!」

「放さないっ!」

「なんで…………っ! なんでぇ…………っ!」


 ユウちゃんは意地でも私を放そうとしなかった。

 だけど、身体能力なら私のほうに分がある。

 しがみついてくる腕からも、そのうち抜け出すことができた。


 死なないで、ノエッタ。

 私はもう、大事な人が死んでいくのを見たくないよ。

 お願い、私にも戦いを――


「……ッ! ごめん、パトナ!!」


 拘束を剥がして走り出した、その時。

 背後からユウちゃんの謝る声がして。


「うっ!?」


 私の身体に衝撃が走る。

 そして、意識が遠のいて行った。


「多分、今のパトナなら平気!……だよね?」


 気絶する前に聞こえたのは、それだけだった。


 ✡✡✡


『……トナ。起きなさい、パトナ』


 曖昧な耳に、誰かの声が聞こえる。

 身体の感覚も曖昧で、なんだか心地が良い。


『いつまで寝ていますの、パトナ。起きなさい』


 声の聞こえるほうへ、少しだけ視線を動かす。

 そこにはたおやかな金髪と、吸い込まれそうなほど深い蒼色の瞳があった。


 彼女は私に呼びかける。


『まったく……わたくしが居ないと、すぐに怠けますのね』


 言葉を聞いているだけで、心が満たされる感じがする。


 ところで……そんなに怠けてるかな、私。


『それになんですの、さっきの魔法。それでもわたくしの弟子ですの?』


 えへへ……相変わらず厳しいなぁ。

 ちょっとくらい大目に見てよ、私だって頑張ってるんだもん。

 ……でも、弟子失格にはなりたくないや。


『たまには後ろを振り返っても構いませんけれど、きちんと精神を安定させることね。今度は期待してますわよ』


 あ……良かった。

 まだまだ期待してくれてるんだね、師匠。

 それじゃ、もうちょっと頑張らなきゃ。


 ……師匠?

 あれ……?

 ニョッタ師匠、そこにいるの?


『パトナ、眼を開きなさい。恐れず前を見なさい』


 あ…………

 行かないで、師匠。

 ずっと私の傍に居てよ。

 私、師匠が居なくちゃ……


『わたくしが居なくても、あなたになら出来ますわ――』


 やだよ、師匠……

 私を置いて行かないで。

 これからも、ずっと傍に居てよ。

 お願い、師匠……師匠……!


「――師匠ッ!!」


 叫びとともに身体を起こすと、目の前にはボロボロの牧場があった。

 師匠の姿はない。


「……良かった、ちゃんと起きてくれたね。おはよう、パトナ!」


 右耳の近くで呼びかけられて、すぐに見るとユウちゃんがいた。

 それから周りを見渡すと、崩れた家の瓦礫が、無惨に聳えている。

 ちょうど私たちの身体を隠しているみたいだ。

 

 さっきまでの記憶を取り戻して、ここがマレッド村だと思い出す。

 師匠と話していたのは、ただの夢だったんだと気付いた。


「……うぅっ」

「ぱ、パトナ! 頭が痛いの? 大丈夫?」

「う、うん……」


 師匠のことを考えると、また少しだけ頭痛を覚えた。

 煩わしい痛みが引いてから、改めて頭を整理する。

 確かさっき、私はユウちゃんに連れられて……


 ああ……そっか。

 今度はノエッタの背中に守られて、戦いから逃げたんだ。

 最低だ、私。


「今からでも戻らないと……」


 ノエッタを助けるために、私は立ち上がる。

 すると、ユウちゃんに手を掴まれた。


「私、今のパトナが戦えるとは思わないかな」

「…………っ」


 はっきり言われて、立ち止まる。

 ノエッタだけじゃなくて、ユウちゃんにもそう見えるんだ。

 情けないな。


「大丈夫だよ、ここなら魔物に見つからないから。しばらく休もう?」

「…………」


 休む……みんな、そう言ってくれる。

 だけど、そんな暇があるようには思えない。

 マレッド村はピンチで、戦える人も少ないし……


「あっ」

「?」


 頷けないでいたら、ふとユウちゃんが声を上げた。

 彼女の視線を辿ると、そこには……一匹のゴブリンが。


「あれー? 見つかっちゃった……」

「キシャアッ」


 見つからないって、どういう根拠で言ってたんだろう。

 だけど好都合かも。

 このゴブリンを練習台に、今度こそ魔法を安定させる……!


 私は腕を前方に構えた。

 そしたら、またユウちゃんに止められた。


「ゆ、ユウちゃんっ?」

「大丈夫、私に任せて!」


 彼女は自信満々の様子で、私の前に立つ。

 なにをするのかと思ってたら、いきなり魔法陣を広げた。


「いけー! パトナの荷物から借りた魔法陣、発動!」

「ギシャ!?」


 驚くゴブリン。

 でも、なにも起こらない。

 魔力の通っていない魔法陣は、ユウちゃんの号令には応えなかった。


「…………あれ?」

「えっと、ユウちゃん。魔法陣って、魔力を通さなきゃ使えないよ」

「そうなの? あちゃー」


 一本取られた!……みたいな感じで、額に手のひらを当てるユウちゃん。

 その間に、襲っても問題ないと判断したゴブリンが、ナイフを振りかざしてきた。


「ギジャグギャアア!!」

「あっ……! ユウちゃん、危ない!」


 私は咄嗟に魔法陣を掴んで、陣に魔力を流し込む。

 エネルギーを得た陣は発光して、魔法を発動した。


 なんの魔法かは知らなかったけど、ユウちゃんのチョイスは間違っていなかったらしい。

 ゴブリンは瞬く間に黒い炎に包まれて、音もなくマナへと還っていった。

 発動したのは死に際の騎士(リヴィング・デッド)だった。


 悲鳴もなく消えたゴブリン。

 黒い炎のあった場所に手をさし出しながら、ユウちゃんは驚く。


「わー……今の魔法陣ってパトナが作ったの?」

「う、うん……そうだよ」


 よく分からない質問に答えると、彼女は嬉しそうに笑った。


「凄いね! もうすっかり一人前の魔導師ウィザードなんだ……!」


 一人前って単語に、とても違和感があった。

 そんな立派な言葉、どうして私に当てはまるんだろう。

 本当に一人前だったら、ゴブリンを倒すのに、魔法陣なんて使わずに済んだのに。


 だけど、ユウちゃんはまるで自分のことみたいに浮足立っている。


「あはは、嬉しいけど……なんだかパトナが遠くなっちゃうなー。ちょっと寂しいかも」


 変なふうに持ち上げられてるみたいで、いたたまれない。

 一人前なんて言われるのを、どうしても打ち消したかった。


「違う……違うよ、ユウちゃん。私は一人前なんかじゃない」

「え?」

「さっきも見たでしょ……? ひどい魔法……みんなに被害を加えただけ。魔物だって、ノエッタに任せて、自分は隠れてるだけ……魔導師ウィザードの役目は後方支援だよ、どんな時でも前衛を援護しなきゃダメなんだよ? それなのに、今、私は…………」


 ラーンに話した時みたいに、情けない言葉がたくさん湧き出てくる。

 こんなの、ユウちゃんに聞いてもらう話じゃない。

 本当は……本当なら、ユウちゃんに見せる私は、もっとカッコよくて。

 強くて、立派で――そう、ニョッタ師匠みたいで。


 こんなの、全然違う。

 一人前なんて程遠いよ。


「私が一人前で、ちゃんと自分だけで戦えるなら、師匠は死なないで済んだんだ……! 少しおだてられたくらいで、いつもバカみたいに調子に乗って、失敗ばっかり! 師匠に頼りきりで、それでなんとかしてもらって、自分がダメなことに気付かなかったんだよっ!」


 身の程も知らずに、ただ夢を見てる。

 そうして、取り返しがつかなくなってから、自分には無理だって気付く。

 取り返しがつかないのに。

 こんなに最低なことって、他にはない。


「ランク7の冒険者ライセンスを貰った時だって、浮かれるばっかりで、師匠に見てもらいたいとか考えてた! そうじゃないよ、どうして考えられないんだろう!? それに見合うだけの実力を、きちんと身に付けるべきなんだって、なんで考えられなかったの!? 今の実力で、エンヴィと対等に戦えるなんて思ってたの!? ううん、そんなことさえ考えてなかった!! 褒められたいとか、浮ついた気持ちばっかり……!! 私は、いつも、いつも――」


 なのに、ユウちゃんは私の頭を撫でた。


「――パトナ、頑張ったんだね。すごく、すっごく伝わってくるよ」

「ユウ、ちゃん……?」


 地面ばかり見ていた眼を、思わずユウちゃんへ向けた。

 彼女は優しく眼を細めて、穏やかに微笑んでいた。

(昨日の投稿を忘れてました、サーセンした)

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