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#56 ハイエイタス

 ウィングとセンコウは、私たちよりも早く事態を知って、魔物と戦闘していた。

 パーティメンバーが集合する頃合いを見計らって、ギルドに帰ってきたところ、掲示板にラーンからの報告が貼ってあったという。

 それを見て拠点に来たらしい。


「外は魔物だらけだぜ。街の周りにも、どんどん集まってんだよ」

「かつてない程の、大規模な活動……不穏でござるな」


 ラーンに回復魔法を施されながら、ふたりは状況を話してくれた。

 魔物の動きが活発化しているらしく、冒険者の尽力がなければ、街の人にまで被害が及ぶレベルらしい。

 国からの緊急クエストは常時発令中で、冒険者が休む暇は無いようだ。


 ウィングは前髪を上げて、ラーンにたんこぶを差し出しながら、言葉を続ける。


「とにかく、傷を治したら全員で行こうぜ。俺らがいるだけで違うみたいだからよ」


 新人の冒険者なんかも駆り出されている状況だ。

 ランク7のサンロードは、戦力として切実に求められているだろう。

 こうしている間にも、魔物はダンジョンから抜け出して、街に押し寄せて来ているのだ。


 傷を負っていても、迷いのないウィングの眼。

 魔物と相対することに、なんの恐怖も持っていない。

 ……前までは、私も同じだったはずだ。


「…………」

「……パトナ殿、具合が優れんようでござるな」


 つい、不安が顔に出てしまったようだ。

 センコウの左眼に捉えられて、私は動揺してしまう。


「戦闘に支障を来すならば、養生をお勧め致す」


 休むように言われると、また心が痛くなる。

 それじゃダメだって、反射的に首を振りかけた。

 だけど、そのほうが足手まといにならずに済むとも思った。


 不安や苦しさが増えていくたびに、頭の回転が鈍くなっていく。

 ただ座っているだけなのに、なにかを考える余裕がない。


 センコウは私をジッと見つめた。

 私の沈んでいく気持ちを見透かすように。


「…………」


 人の本質を見抜くときの、彼の静謐せいひつな表情。

 そんな眼で見つめられると、もう逃げたくて仕方なかった。

 顔を背けたくても、「なぜ?」と追求されるのが怖くて、安易にできない。


「……センコウさん。その指の傷、少し見せてくれませんか?」

「……む。これは魔鳥に手元を狙われ、不覚を取った」

「なるほど。毒などは、無いようですけど――」


 傷を見るフリをして、センコウの注意を逸らしてくれるラーン。

 彼女もやっぱり私を案じてくれている。


 つい、助かったと思ってしまった。

 その時、傷の治療を終えたウィングが立ち上がる。


「うしっ、行くか! 元気だせよな、パトナ!」


 右の拳を左手で受け止めて、元気よく励ましてくれた。

 でも、頷けない。

 笑うこともできないどころか、立ち上がることさえ出来なかった。


 身体が怠い。

 心が重い。

 傷があるわけじゃないのに、そんなことで動けないなんて。


「…………パトナ? おい!」

「ごめん……」

「なにがだよ! いいから行こうぜ、ほら!」

「あっ」


 躊躇ばかりしている私の手を、ウィングはグイっと引っ張ってくれた。

 力強くて、強制的に立ち上がらせてくれる。

 彼はそのまま、私の手を引いて拠点を出ようとした。


「待って、ウィング……!」

「ん? なんか忘れ物か?」

「ち、違うけど……その……」


 今の自分じゃ魔物と戦えない気がして、飛び出すことを躊躇してしまう。

 それで黙っていたら、ウィングに呆れた顔をされた。

 私の手を放した彼は、おもむろに腕を組む。


「……どうしたんだよ、らしくねーな。いつもならハッキリ言うじゃねーか」


 いつもなら……確かに、言葉を出しあぐねることもない。

 だって、前は自分の力に自信を持ってて、発言にも疑いがなかったし。

 今はダメ……こうして躊躇するのは、自分が弱いせいだから。

 大変な状況だって分かっているのに、立ち上がれないでいる。


「へへ、悩んでる時は魔物退治だ! なっ!」

「い、いや……」

「気にすんな、なんかあったら俺が守ってやる! だから元気出せ!」

「……ウィング……」 


 屈託のない、爽やかな笑顔。

 ウィングの表情はいつだって、私の悩みを吹き飛ばしてくれた。

 ……そのはずなのに、今はそれも違う。


 いつも通りじゃない自分が嫌で、私はヤケになりながら口を開いた。


「ダメだよ……っ、今の私じゃ、戦いに参加できない!」


 我慢できずに吐露する。

 自分の不甲斐なさを。


「魔物の前に立っても、きちんと魔法を使えるとも思えないし……! 足が震えて、自分じゃ動けないんだよ!? これじゃ足手まといだよ……っ!」


 思っていたことを伝えたら、ウィングは首を傾げた。


「なんか、今日のお前……落ち込みすぎじゃねーか?」


 彼は事情を知らない。

 そりゃ、こんな反応になったって変じゃないけど。

 軽く言われたのは気に入らなかった。


 カッとなってしまって、言い返そうと口を開く。

 けど、私がなにか言う前に、ウィングは言葉を続けた。


「お前がなにを悩んでるか、俺には分からねーけどよ。怯えた顔してんのは、お前らしくねーぜ?」


 その時の、励ますような笑顔。

 事情を知ろうともしないで、ウィングは笑いかけてきた。


 私だって、今の自分が「らしくない」なんてことくらい分かってる。

 だって、そう出来ないだけの、明るく振舞えないだけの理由があるんだ。

 なのに、今すぐ立ち直れって言うの?


「知らないよ……っ、らしさなんて……!」


 唇が震えるままに、私は喋る。


「そんなこと言われても、今の自分をどうしようもないのにっ! 情けないまま、ヘラヘラ笑ってればいいの!? なんの役にも立ちませんって、開き直ってればいいの!? 出来ないよ!!」

「…………パトナ」

「怖くて、不安で仕方なくて、それを止めることもできなくて……! 自分で自分のことを分からないのに、らしさ……!? 意味が分からない……っ!!」


 声が震えた。

 胸が痛くて苦しい。

 泣きたくないのに、涙が出てしまいそうだ。

 なんだか自分で自分を傷付けてるみたい。


 ウィングの顔からは、いつの間にか笑顔が無くなっていた。

 真剣な顔……でも、なにも言わない。

 透き通るような水色の瞳で、ずっと私を見ていた。


「だって…………っ、私……! わた、し…………っ」


 なにも返してもらえなくても、しばらく口を動かした。

 だけど、次第にそれが出来なくなっていく。

 これがケンカじゃなくて、ただのやつあたりだって気付いてから。


「…………っ」


 私がなにも言えなくなった頃。

 ウィングは人差し指で頭を掻いた。


「パトナ。落ち着いたら来いよ」

「――!!」

「行くぜ、センコウ」


 拠点の扉を開いて、外に出ようとするウィング。

 彼の呼びかけに、センコウも黙って立ち上がった。


 すれ違う時、センコウは私に言った。


「しばし休まれよ」


 ふたりは武器と装備を整えて、また魔物たちと戦いに行くのだった。


 ✡✡✡


 そのまま私は、ラーンと一緒に拠点にいた。

 動けないまま、ずっと黙っていた。


 「休め」なんて言われても、そんなの不可能だ。

 頭が痛くて敵わないのに。

 だけど、休ませる判断自体は間違ってないのだろう。

 私が戦えるわけがない。


「…………」

「パトナさん……」


 ずっと黙ってる私に、ラーンの心配そうな声が届く。

 優しい彼女を心配させているのが、心苦しくもあった。

 でも、だからといって、自分の気持ちを無視して笑ったりはできない。

 結局、なにも返事できずにいた。


 停滞。

 ここから動いても、どこにも行ける気がしない。

 逃げても、進んでも、なにかに捕まってしまいそうだ。


 そんな風に考えてたら、扉が開いた。

 ふたりが帰ってきたのかと思ったけど、立っていたのはひとりだ。


「……どうしたのよ、パトナ」


 眼を向けると、赤いチェックのスカートが見えた。

 もう少し目線を上げたら――不安そうな顔のノエッタがいた。


「ウィングくんに聞いたら、あんたが塞ぎこんでるって……べ、別に心配だったわけじゃないけど、まー少しくらい様子を見に行ってあげてもいいかなって……き、来たのよ!」


 目線が合うと、なにも聞いてないのに、言い訳みたいに捲し立てる彼女。

 ちょっと俯いて、言い切る時にまた顔を上げて、おもむろに胸を張る。


「ノエッタさん、心配してくれたんですね。ありがとうございます」

「ふぇっ!? ち、違うわよ、ラーンちゃん! 心配してないって言ってるじゃないの!」

「ふふっ」

「その生暖かい微笑みをやめなさい!」


 ラーンの言う通り、ノエッタはきっと、私を心配して来てくれたのだ。

 だから、本当は「ありがとう」って言いたかった。

 でも、心のどこかでは一人になりたくて、どうしても俯いてしまう。


 ふと、ノエッタが私の傍に来た。

 彼女は私の顔を覗き込む。


「どうしたの……? そんな顔しないでよ、パトナ」

「え?」

「あ、えっと……ふん。元気なのも、あんたの良いところなんだから。ヘコんでるのは見てらんないだけ」

「…………」


 普段はツンツンのノエッタが、珍しく私を褒めてくれた。

 なのに、またなにかに脅されてるみたいで、言葉も返せない。

 すると、ノエッタは急に真剣な顔になって、首に提げている銀のペンダントを握った。


「なにかあったの?」


 耳にかかったオレンジ色の髪をかき上げて、私をまっすぐ見る彼女。


「あっ、ノエッタさん……! そのことについては、私が――」


 私の代わりに、ラーンが事情を話してくれようとした時。

 開いたままだった扉から、いきなり声が転がり込んできた。


「ナグニレンさんっ!!」


 勇ましい男の子の声に、師匠の名が呼ばれた。

 振り向くと、マントをはためかせるトラフの姿があった。


「ロクサーヌを貸してくれ! 今すぐマレッド村に帰らないと……!!」


 早口にそう言った彼の眼が、ふと私にぶつかった。


「パトナ……! ナグニレンさんは!?」


 そう問われた時、私は動揺して、言葉を返せなかった。

 そんな意図があるわけないのに、今の自分を責められた気がして。


 代わりに言葉を返したのは、ラーンだった。


「お師匠様は……ニョッタ・ナグニレンさんは、もういません」


 ラーンの一言に、トラフもノエッタも絶句する。

 他の誰かにはっきりと口にされると、言葉は恐ろしいほどに現実味を帯びた。

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