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#51 マチュア

 私は半開きになった扉の前で立ち尽くした。

 拠点内の様子を、気配を殺しながら眺める。


 いつもの通り、魔法陣と向き合う師匠。

 その横に、薄笑いを浮かべるエンヴィの姿があった。

 ふたりの表情は横顔でしか分からない。


「僕に殺されたっていうのに、まだ足掻くなんてね。ハクサ・グレムはしつこいなぁ」


 エンヴィは煽るような口調で、師匠に話しかける。

 だけど、師匠はぜんぜん反応しない。

 無視して、黙々と魔法陣に対峙するだけだ。


 ふたりの戦いは、一度だけ見たことがある。

 もしも戦いになったら、エンヴィに勝ち目がないのは分かっていた。

 それでも、もし師匠が襲われたらと考えると、少しだけヒヤヒヤしてしまう。


「……なにも言わないのかい? ああ、ハクサのことなんか忘れちゃったのかな」

「…………」

「見てよ、このキズ。覚えてる? ニョッタ、君に付けられたんだよ……怒った君にさ」


 私からは見えないほうの頬を、師匠へ近付けるエンヴィ。

 挑発的な言葉で師匠を怒らせるつもりらしい。

 傍で聞いてる私でさえ、頭にきてしまう態度だ。


 師匠だって、腹が立つに決まってる。

 なのに、彼女はずっと黙ったまま、手を動かすのをやめない。

 たまに頭に手を当てて、眼を動かした後、また手を動かす。

 どうしてか余裕そうな感じだ。


「なぁ、ニョッタ! 本当は僕を殺したいんだろ。ったく、澄まし顔しちゃってさ……やっぱり貴族だな」


 エンヴィは飽きもせず、ペラペラと喋り続けた。


「殺すのが嫌だとか、そんな下らないこと言わないだろ? ほら、恩人の仇はここにいるぞ」

「お高くとまって、冷静な顔して、そんなに僕をイラつかせたいのかな! 人間のくせに生意気だねぇ!」

「いくら君が天才でも、魔法陣なんか結局はゴミだよ! 知ってるだろ? 人間は魔大陸の詠唱技術を盗んで、ようやく実戦的な魔法が使えるようになったんだ! 魔法陣技術がどれだけ粗悪だったのか、よく分かる!」


 乱打するように、考え付いた罵りを発し続ける。

 そんなエンヴィ自身、最初は嘲りの笑みを浮かべていたけれど、次第に眉を顰め始めていた。

 喋れば喋るほど、表情に余裕が無くなってきていた。


 頑なに黙ったままの師匠は、まったく表情を崩さない。

 聞こえてないか、気付いていないように見える。

 そんなこと、さすがにあり得ないと思うけど……


 痺れを切らしたエンヴィは、今までで一番大きな声を出した。


「だいたい、君には協力者がいるんじゃなかったっけ!? なんでひとりで作ってるのかなァ!」


 ――協力者って、私のことだ。


「ああ、ハクサの娘だっけ!? 能力がないけど、両親が居なくて可哀想だから、弟子にして養ってあげてるのか! あはは、子ども想いだな!」


 彼の言葉は、直接こっちに向けられたわけじゃない。

 あくまで師匠を挑発するために、弟子の私を貶めているだけだ。


 でも、本当のことだって思ってしまう。

 否定できない。

 私自身、そう考えた事があって、師匠に聞きたかったことでもあった。


 師匠はどうして、私を協力者に選んでくれたんだろう?

 ……その回答が得られるんじゃないかって、つい師匠の横顔を見てしまう。


「…………」


 やっぱり彼女は黙っていた。

 けれど、その口元には、心なしかピリついた機微が覗いている。

 なにか話してくれる気がした。


 その表情の変化を、エンヴィも見逃さない。

 彼は急に気を良くして、私を貶めるために喋り出す。


「はは、いや……実はさ、君の気持ちも分かるよ? 少しは期待してたんだろ、あいつの才能に。確かにあいつ、調和力ハーモニティは高いよ。魔導士ウィザードとしての素養に溢れてて、最初に魔法を見たときは驚いたくらいだ――でも、残念だったね。君に肩を並べるほどの器じゃなかったってことだ! 才能ってのは優劣があるものだから、まあ仕方ないよ!」


 嘲りの笑みを復活させて、饒舌に話すエンヴィ。

 その声は、ふと師匠に遮られた。


「――下らない物差しですわね……」


 彼女は手を止めて、静かに言葉を続ける。


「魔法陣を完成させるのは、天賦の才などではありませんわ」


 そう言い切って、呆れたような眼差しをエンヴィに向ける。

 見られた彼は、いきなりのことに動揺したけど、またすぐに話し出した。


「……あはは! 図星だったね? 天賦の才じゃないって、そんなはずないだろ!」

「そう思うなら、どうぞご勝手に」

「はぁ? それ、僕をコケにしてるつもりかい? なぁ、負け惜しみはよせよ。図星だってハッキリ言いなよ!」


 焦るように言葉を注ぎ足すエンヴィは、なんとしてでも師匠を頷かせようとした。

 だけど、すべて空回っていく。

 彼は笑みを消して、さっきよりも色濃い苛立ちを、その瞳に浮かべ始める。


「……必要ないって言うのか!? 才能なんか要らないって!? いやぁ、さすが師弟なだけあるよ……! 君の弟子はそうやって、才能のないやつを傷付けたっけなぁ?」


 エンヴィはノエッタのことを言っているのだろう。

 軽々しく彼女のことを引き合いに出されると、すごく腹が立つ。

 私とノエッタの関係を、あいつに嘲笑される筋合いはひとつもないから。


 私の大事な人たちをバカにされるのは、もう我慢できない。

 そう思って、拠点に入ろうと足を踏み出した時――師匠が私を見た。


「……っ!?」


 驚きのあまり、思わず立ち止まってしまう。


 とっくの昔に、私がいることには気付いてたんだ。

 エンヴィは気付いてないみたいだけど……


 師匠はおもむろに席を立つと、消滅の魔方陣が描かれた羊皮紙をクルクルと巻く。

 怜悧な瞳でエンヴィを見て、言い放った。


「他人の関係や属性ばかり気にして……自分が分からないのね、エンヴィ」

「…………ッ!!」

「道理で成長しないはずですわ」


 突き放して、口元を震わせるエンヴィを放置したまま、扉のほうにやってくる。

 拠点を出て行くことにしたようだ。


「ま、待てッ!! ニョッタ・ナグニレン……ッ!!」

「集中できません。さようなら」

「僕に掴みかかって来いよ!!」


 また取り合わないまま、さっさと外に出る。

 そのまま問答無用で扉を閉めるのだった。


『――~~~~……ッ!!』

「いいの? なんか、叫んでるよ……?」


 拠点の中から聞こえる怒声。

 私が尋ねると、師匠は溜め息をついた。


 ✡✡✡


 一時避難の場所は、やっぱりギルドだった。

 私と師匠は酒場に着いて、お互いに向かい合う。


 道中、色々と考えたけど、そのせいで話しかけられなかった。

 師匠も話しかけてくれなかったから、会話はしてない。

 だからか、黙って座った今も、なんとなく話し出せなかった。


 蒼くて深い師匠の瞳を、そっと覗き見る。

 真正面から見たのは、なんだか久しぶりな気がした。

 そしたら、この時間がとても貴重に思えて、自然と口が開く。

 無駄にしたくない。


「……師匠」

「なにかしら」

「どうしてエンヴィが拠点に居たの?」


 尋ねると、彼女はグラスの水を少し飲んだ。

 それから話す。


「災厄はもう、いつでも復活させられる……そう言いに来ましたの」

「え……!? そ、それって……!」

「気にしなくていいわ、ハッタリですもの。わざわざ伝えに来る必要性がないでしょう」

「あ……そっか」


 エンヴィは師匠を焦らせたかったのかな。

 そのために拠点まで来たってこと?

 うーん、よく分からないけど……


「なにが狙いだったんだろう」

「さあ。魔法陣を奪おうとする様子もなく、無駄口を叩くだけでしたわ」

「それじゃ、無視してたのは?」

「相手にしなくて良いと思ったからですわ」


 些細な眉の傾きで、少しの煩わしさを表に出す師匠。

 かなり鬱陶しかったようだ。

 焦らせるというより、苛立たせるために喋ってたのかな?


「とにかく、パトナが入って来なくて助かりましたわ」

「え?」

「なるべくエンヴィを刺激したくなかったの。拠点を荒らされるのは迷惑だから」

「そ、そうなんだ。あはは……」


 水を一口飲んで、師匠は平常心を取り戻す。

 戦いになっても、負けることは考えてなかったみたいだ。

 エンヴィと師匠の間には、それだけ明確な実力差があるのだろう。


「…………」


 一応、エンヴィが居た理由は聞き終えた。

 だけど、まだ聞きたいことはある。

 さっき師匠が言っていたことの意味……一番、気になっていることを。


 魔法陣は天賦の才で作る物じゃない。

 じゃあ、なにで作り上げるものなんだろう?

 魔法陣を完成させる条件を、私はちゃんと満たせているのかな。


 ――って、思ったけど。

 自分から聞いたりするのは怖い。

 師匠に呆れられる気がしてしまうし、もしも満たしてないと言われたら……

 だけど、やっぱり聞いておきたいな。


「――パトナ。その手の物……ライセンスでしょう」

「へ?」


 悩んでいると、唐突にライセンスを指差す師匠。

 言われてから、ようやく思い出す。

 そういえば、私はずっとライセンスを持ったままだった。


「そうだ、こ、これ……!」

「?」

「師匠っ、わたっ、私ね! あのねっ」

「落ち着きなさいな」


 慌てて喋り出した私を、師匠はぴしゃりと諌める。

 冷静な声に当てられて、私も少し冷静になった。

 深呼吸して、落ち着いてから、また話し出す。


「えっとね。これ……ランク7のライセンス、だよ。私、やっと……ランク7になったんだ!」

「あら」


 両手でそっとライセンスを差し出すと、師匠はそれを受け取って、じっと眺めた。

 表と裏をどちらも確認する姿が、なんだか堪らなくて、思わず声が弾む。


「え、えへへ……これでやっと、師匠の役に立てるよ! 今まで、あんまり役に立たなかったけど……」

「パトナはもう十分、わたくしの力になってくれていますわ」

「……え?」


 ふと、師匠の眼が私のほうに向く。

 ぱたりと眼が合った私は、驚き交じりに師匠を見つめた。


「やっぱり、あなたを協力者に選んで良かった」

「――…………!!」


 その言葉は、今まで師匠から貰った言葉の中で、一番胸を高鳴らせた。

 本当に力になれたのか、私には分からなかったけれど――そんなの関係なくて。

 憧れの人に、私自身を認めてもらえた気がした。


「ほ……ほんと?」

「ええ」

「ほんとにほんと?」

「どうして疑いますの」

「あ、あう……だって……うっ、ぐす…………っ」

「まあ! どうして泣きますの……?」


 悲しいわけじゃないのに、勝手に涙が溢れてしまう。

 今まで思っていた不安が溶けて、流れ出していくみたいだ。

 こんなに最高な瞬間って、きっと人生で一度しかない。


 師匠は珍しく、慌てたように眼を丸くした。

 その姿がとても愛おしくて、自然に笑みを浮かべてしまう。


「あは、ふふ……っ! 師匠ってば……!」

「もう、どういうこと? 笑いながら泣いてますの?」

「えへへっ、おかしいな……!」


 災厄を消滅させても、ずっと一緒にいられたらいいな。

 ニョッタ師匠、大好きだよ。

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それが一番の書き甲斐です。

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