#50 ベアフルーツ
シムとエルグの復讐劇から、少し経ったある日。
朝靄が立ち込める時間に、人の少ないギルドのラウンジで、最後の審判が行われていた。
「リーダー、今日は復讐の決着を付けさせてもらうであります……」
「あァ、分かってる。俺は許されるはずもねェ男だ」
私はエルグと隣り合って座り、対面のシムを睨みつける。
シムは頭を垂れて、罰が下される瞬間を待っていた。
「リーダー……今からリーダーには、達成困難な試練を受けてもらうであります」
「…………よし」
ごくりとツバを呑み込んで、覚悟を決めるシム。
エルグはそんな彼を見据えて――勢いよく指を突き付けた。
「今から受付のお姉さんを口説いてもらうでありますッ!! ドーン!!」
「は?」
……さ、というわけで!
始まりました、エルグの大復讐大会!
これからシムには、どんどん罰ゲームをこなしていただきます。
すべての罰が終わった時、果たして彼は正気を保っていられるのでしょうか……!?
「おい、パトナ。なんだこれ」
「見ものですねー。解説を務めさせて頂きます、パトナ・グレムです!」
「おい……」
シムは引き攣った笑みを浮かべて、ジトッとした視線をこちらに送ってくる。
そんな眼をされても、私は解説だから、なんともできない。
さ! 淡々と、手際よく進めて行かなきゃね。
「ルールは簡単。今からペスカさんには、ギルドの受付のお姉さんを口説いてもらいます。無事に口説き落とせたら、その時点で罰ゲームは終了です」
「おい……説明すんな」
「もし口説けなかったら、罰ゲームは続行となります。おそらく口説けないでしょう!」
「予想すんな」
ルールを聞いたシムだけど、不服そうな顔をして動かない。
納得がいってないのかな。
どんな復讐でも受け入れる感じだったくせに。
彼はガリッと飴を噛んだ。
すると、悪い顔をしたエルグが頬杖を突く。
「ほらほら、リーダーぁ……復讐でありますよぉ? パトナ氏と一緒に、たくさん考えたでありますよぉ? 渋ってる時間はないでありますよぉ?」
「なんで楽しそうなんだよ、お前……こんなもん、復讐でもなんでもねェだろうが」
「ふっふっふ、リーダーの苦しむ顔が見たいでありますなぁ!」
「……ったく、あほくせェな」
エルグの「早く行って醜態を晒してこい」っていう表情に、渋々ながら応えるシム。
彼はカウンターの前に立つと、受付のお姉さんに声を掛ける。
さっきから困り顔で話を聞いていたお姉さんは、すぐに対応してくれた。
「どうも、べっぴんさん」
「あ、おはようございます、シム・ペスカさん……」
「いや、今日は一段と……そのー、朝の艶って言えばいいのかね? そういう、独特の色気っていうか、感じるね」
「あはは、お褒め頂いて嬉しいです。一応お聞きしますが、ご用件はありますでしょうか?」
「用件? そんなもんは……あんたの美しい顔を拝みに来たんだよ、俺は。なァ、今から俺と、洒落たバーで一杯やらねェか。奢るぜ」
「お飲み物のご注文でしたら、隣のカウンターへお申し付けして頂くか、酒場のほうへご案内させて頂きますよ」
「いや、違う。そうじゃねェんだ、あんたテーブルの会話も聞いてたろ? クレームへの対応はいいから、早く返答をくれ。後生だ」
「……えっと、ごめんなさい」
あー、フラれちゃった。
やっぱりシムって役者の才能がないよね。
こう、言葉の厚みが足りないっていうか……薄いっていうか。
「あぁー、残念でしたね! ペスカさん、どんまい!」
「…………」
とりあえず慰めの言葉を掛けてあげた。
カウンターから淀んだ視線を投げかけてくるシム。
うんうん、しっかり罰ゲームが効いてるみたいだね。
「エルグ、もっとキツいのやらせてみようよ」
「ぐふふ、そうでありますね。あのリーダーの顔、面白すぎであります」
「ねー! ぷぷー」
まだまだ罰ゲームはありあまってる。
語尾を「ぴょん」にさせるとか、変な料理を食べさせるとか、魔物のモノマネさせるとか……
いやぁ、復讐って楽しいなぁ!
「こんなに楽しい復讐なら、いくらでもやれるであります……ふふふ」
「おい、エルグよ……いや、お前が満足ならいいんだがな?」
「まだまだ終わらせないでありますよ、リーダー?」
――この後も、罰ゲーム大会は続いた。
朝靄が晴れて、ギルドに色んな人が集まってくる頃まで。
結果としてシムは、めちゃくちゃ愉快な男として有名人になった。
喜劇王だ。
✡✡✡
レベル7のダンジョン、“捧げられし紋章”。
取り壊された小屋の並ぶ、人気のない廃村のような景色。
小屋の壁の至る所に、なにやら怪しげなルーンが描かれている。
遠くには活気ある街の建物が見えるけど、ウワサによると、いくら歩いても近づけないそうだ。
今回はこのダンジョンのボス、“スヴァントヴィート”という魔物から、ワインホーンというお酒入りの角を手に入れる。
ボスの待つダンジョン最奥の祭壇に行くには、まずは四つのルーンを探して、すべて起動しなければならない。
東西南北に隠されているらしいから、けっこう大変そうだ。
なのに私ときたら、ダンジョン攻略中も朝っぱらの楽しさが抜けなかった。
そのせいで、探索中に思い出し笑いなんかしてしまう。
「ぷっ」
「おっ? 楽しそうだな、パトナ」
「ご、ごめんね。集中しなきゃね……ぶふーっ」
「変なもん食ったか?」
小屋の跡らしい壁を通り過ぎる道中、私は吹き出してしまう。
ウィングに呆れられるくらい、笑いが抑えられない。
今はレベル7のダンジョンに居るんだから、少し自重しないと。
あー、でも、シムの顔すごかったなぁ……
「うひひ……っ」
「ぱ、パトナさん……その笑い方は怖いです……」
「物の怪でござるか?」
「ご、ごめんね……っ? ぷぷっ」
私の緊張感の無さに、センコウの眼が厳しくなっていく。
それを和らげるように、ラーンが気を遣って喋ってくれる。
「ですけど、良かったですね。エルグさん、スッキリした表情でした」
「そうだよね! だってさ、ちょっと前は心中とか考えてたんだよ、エルグってば!」
「ふふ、そうは見えませんでしたよ。さすがパトナさんですね!」
穏やかに笑って、私を褒めてくれるラーン。
それほどでもあるけど、ふふふ。
改めて、復讐がこういう平和な形で終わってくれて良かったと思う。
ひとりで思い詰めると、考えが極端になっちゃうんだよね、きっと。
もしエルグが暗い顔してたら、また相談に乗ってあげなきゃ。
もちろんシムも放っておけない。
「これからは、辛いことも一緒に悩んであげられたらいいな……」
「パトナさんなら大丈夫ですよ。エルグさんも心強いはずです」
「ありがとね、ラーン! よーし、頑張らなきゃっ」
私は胸の前に両手をグッと構えて、気合いポーズをとる。
すると、ラーンは一緒になってポーズをしてくれた。
「えへへ」
「ふふっ」
顔を見合わせて、嬉しくなって一緒に笑う。
なんて、女子同士でイチャイチャしてると、ウィングが声を上げた。
「おい、これじゃねーか? ルーンってやつ!」
彼の指差す壁には、確かにルーンが刻まれていた。
粉々の木片が周りに散らばる中、その壁だけはキレイに残っている。
まるで守られてるみたいだ。
こういう分野だから、魔導師の私が代表して触れてみる。
不思議な紋章を、指先で少しなぞってみると――それは僅かに光を放つ。
なんか起動したっぽい。
「……奇怪な落書きでござるな」
「これでボスへの道が開かれるんでしょうか?」
剣に手を掛けつつ、まじまじとルーンを観察するセンコウ。
物珍しげな表情のラーンも、発光する紋章をじっと見つめた。
そんなふたりの後ろで、ウィングはなにかをメモしていた。
ウチのリーダー、そんなことするタイプだっけ?
「ウィング、なにしてるの?」
「おう、ノエッタに頼まれてんだ」
「ノエッタ?」
「俺の剣を強くしてやるから、代わりに本場のルーン見て来いってよ」
「へー」
知らないうちにウィングとノエッタの仲が近付いてる。
なんか嬉しいな。
「ところでよ、なんかノエッタって鋭いよな」
「そう?」
「酒場で俺の好きなもん奢ってくれたんだぜ。なんも教えてないのに……すげーよな!」
「あー、うん」
あの途方もない質問攻めも、少しは役に立ったみたいだ。
やー、良かった良かった。
――そんなこんなで、ダンジョン攻略は順調に進んだ。
✡✡✡
街に帰ってくると、もう真夜中だった。
ダンジョンボスとの激しい戦いでヘトヘトになりなから、なんとかギルドにたどり着くサンロード。
ギルドの中に入ると、ウィングはさっそくテーブルに突っ伏した。
「…………寝る」
「気持ちは分かるよー」
お疲れみたいだから、私が代わりにクエスト完了の手続きを行った。
受付のお姉さんにワインホーンを渡して、依頼書に完了のサインをしてもらう。
会計カウンターで報酬を受け取ってから、お礼を言って、みんなのところへ帰ろうとした時――
「お待ちください、パトナ・グレムさん。大事なお話が……」
「え?」
神妙な顔をしたお姉さんに引き留められた。
「とりあえず、冒険者ライセンスをお預かりしてよろしいですか?」
「は、はい」
言われるがままに、ライセンスを差し出す。
彼女は「しばらくお待ちください」と言って、それをギルドの奥へ持っていく。
何事かと思って、疲れと一緒にぽけーっと突っ立ってると、やがてお姉さんが戻ってきた。
彼女は私にライセンスを返しながら、ニコっと笑った。
「おめでとうございます、パトナさん。あなたはランク7に昇格しました……!」
「え?」
祝福されて、ちょっと考える。
ランク7に昇格……あまりにも現実感がない。
オートマタみたいにライセンスを受け取りつつ、ぺこっと頭を下げる。
そのままサンロードのみんなに合流して、いつものように、せっせと報酬を分配し始めた。
「……えーっと、ドルジー六枚と、ライヴァーズ八枚と、ボゼルン四枚……どう分けようか」
「パトナさん? どうかしましたか?」
「ほえ?」
テーブルにお金を並べていると、ラーンに心配される。
目敏い彼女は、首を傾げる私の手に握られた、冒険者ライセンスを見た。
そして、ふと驚いた顔をした後に、興奮した様子で捲し立てる。
「ぱ、ぱ、パトナさん! それ、はやくお師匠様に……!」
「……師匠?」
「ウィングさんは寝てますし、センコウさんも刀の手入れに帰っちゃいましたから! 分配は明日でいいです!」
「え、えっと……」
彼女は私の背中をどんどん押して、ギルドの外まで押し出してしまった。
それから、ダンジョンでしたみたいに、気合いポーズを見せてくれる。
「報酬は私が管理しますから! おやすみなさい、パトナさん!」
「あ、おやすみ……」
急かされるままに、ギルドの明かりの下で分かれて、私は拠点に帰る。
振り返ると、ラーンはずっと手を振ってくれていた。
私もちょっと振り返して、そのうち角を曲がってからは、ひとりでライセンスを眺める。
武器屋さんから漏れる薄明かりを頼りに、なんとなくカードを調べる。
よく見てみると、ライセンスをフチ取る色が変わっていた。
それに、カードに描かれている魔法陣も、少し形が変わっている。
きっと記載情報に変化があって、今までよりも複雑なものになったのだろう。
ずっと眺めていると、夜風の寒さと一緒に、だんだん頭が冴えてくる。
刹那、心が浮かび上がって、身体ごと空高く打ち上げられたような気がした。
思わず立ち止まって、瞬きして、地面に足が付いてる事を理解して……
改めて見ると、ライセンスは夜に紛れて、ぜんぜん見えなかった。
「私…………ランク7になったんだ」
確かめるように呟いたら、師匠と交わした会話が頭を過った。
《高レベルってどのくらい?》
《8》
災厄が封印されているというダンジョンは、レベル8。
ランク7になった私は、もう正当にそこへ踏み込める。
ようやく――師匠の役に立てるんだ。
「……~~~~っ!」
そう考えると、これまでのすべてが、ようやく結実した気がした。
いよいよ師匠と一緒に、厄災を消滅させる時が来たんだ。
これは夢じゃない……夢が叶うかもしれない。
今まで手の届かなかったことに、やっと挑戦できる。
頭の回転がどんどん早くなって、師匠にライセンスを見せたくて仕方なかった。
顔を上げると、半開きの拠点の扉から、薄い光が漏れ出している。
私はそこに飛び込んで、大きな声で師匠の名前を呼ぼうとした。
「ニョッタししょ――」
扉を開こうとして、拠点の中を覗いた瞬間。
室内に立っていた人物が、ハッキリと目に入った。
「そんな魔法陣、完成させてどうするんだい?」
頭から生える二本の角と、嫌な記憶とすぐに結びつく声。
毒々しい紫のジャケットに身を包む男は、どこからどう見てもエンヴィだった。
最終なので、頑張って更新したいものです。
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そういった反響が、なによりも励みになります。




