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#49 リベンジ

 まぶたを細く瞬かせるエルグは、か細い声で話す。


「自分は……なにを……?」


 魔物化して暴れていた記憶は、どうやら無いらしい。

 彼女は困惑した表情を浮かべながら、まっすぐシムを見つめた。


 最初の緊張が蘇る。

 シムとエルグの話し合いを尊重して、周りにいた私たちは黙った。


 沈痛な表情を浮かべたシムは、苦しそうに言う。


「お前は、俺への憎しみで魔物化したんだ」


 言葉が足りていない。


 その理由は、確かに主な原因のひとつだったかもしれない。

 でも、本当はそれだけじゃなかった。

 そこにエンヴィが割り込んで、場をかき乱したことが一番の原因なのだ。


 なのに、彼にはそれを言う気が無さそうだった。

 罪悪感から、自分だけに責任があると思い込んでいる。

 ちゃんと伝えないと、エルグの誤解を招いてしまうのに。


 聞いたエルグは眼を見開いて、驚きの表情を浮かべる。

 その後で、弱々しいながらも、激しさを含んだ声を出した。


「自分の憎しみは……そこまでなのでありますね……」

「そうだ。俺を許せねェだろ」

「…………当然で、あります…………!」


 彼女の眼に、復讐の色が芽生える。

 だけど、それと同じくらいの強さを持った感情が溢れ出す。

 眉間に寄った眉は、悲しみに歪んでいた。


「自分はずっと……リーダーを信じてきたのに……どうして裏切ったのでありますか…………?」

「すべては俺の弱さが招いたことだ。本当に、後悔してる…………すまなかった」

「後悔なんて……反省や謝罪なんて、なんの意味もないであります。そんなことをしても、死んだ仲間は戻ってこないでありますよ!!」

「分かってる。それでもクズの俺には、こうすることしか出来ねェ……」


 泣き出しそうな顔で訴えるエルグに対して、シムは悲しげに顔を伏せた。

 ふたりの気持ちがすれ違っていく。


 シムは仲間を見捨てて、自分だけ逃げた。

 エルグは仲間を救おうとして、自分だけが生き残った。

 ふたりの気持ちは二分されていて、交わることを嫌う。


 ふたりが黙っている間にも、その隙間は余計に大きくなっていく。

 言葉は亀裂を広げるだけで――これを話し合いと呼ぶには、あまりにも悲しすぎる。


「――リーダー」


 苦し過ぎる瞬間に、ふとエルグが呟いた。

 そして言った。


「自分と一緒に、死んでほしいであります」


 その言葉を聞いて、シムは身を引いて、小さく動揺を示す。

 だけどすぐ、ちょっとだけ安心したような顔になった。


 そして、穏やかに首肯を示そうとした。


「――そんなのダメだよッ!!」


 私は叫んだ。


 もう耐えられない。

 ふたりの会話を尊重するつもりだったけど、これ以上は見ていられない!

 だって、死が解決になるなんて……!


「エルグ、そんなのおかしいよ!  ふたりで死んで終わりなんて……!」

「……パトナ氏」

「もっとちゃんと話し合おう?  お互いの想いをぶつけ合うんだよ!  それで解決するはずがないって思うかもしれないけど、きっと伝わるから…………!  だから、お願い…………っ、死なないでっ!」


 ふたりが死んで終わりなんて、そんなの私が許せない。

 だってそれじゃ、私たちはなんのために命を賭けたのか……エルグを救った意味が分からなくなってしまう。

 私たちは誰一人として、こんなことを望んで助けたわけじゃない。


「パトナ氏。自分はもう、覚悟を決めたであります」


 彼女は首を振って、私の言葉を否定した。

 嘘みたいに冷淡な声色だった。


 それでも懇願しようと、私は口を開く。

 すると、肩に誰かの手が触れて、そっと私を制止した。


「……それって、なんの覚悟なのかな?」


 身を乗り出して、おもむろに口を挟んだのは、ティムちゃんだった。

 彼女は微笑みながらも、瞳の奥には真剣さを湛えて、エルグにそう問いかける。

 今までのお転婆なイメージより、少しだけ大人びた雰囲気を纏っていた。


 彼女の言葉に、エルグは戸惑いながらも答えた。


「死ぬ覚悟であります。自分にはもう、未練は――」

「それは覚悟じゃない」

「……ッ!?」


 エルグが強く言い放とうとした言葉を、ぴしゃりと遮る。

 その時にはもう、ティムちゃんは笑みを消していた。


「君たちは仲間の犠牲があってこそ、ダンジョンから生き延びたんだよ。心中なんてしたら、それこそ犠牲になった仲間たちは報われない」

「…………っ! そ、それは…………その…………」

「仲間への弔いがしたいなら、いつまでも復讐なんかに囚われてないで、お墓に花でも手向けに行きなよ」

「うっ…………」


 エルグを叱るような口調で、淡々と話してみせるティムちゃん。

 言い返そうとしても、エルグには反論が浮かばないようだった。

 顔を引きつらせて、何度も口を開いて閉じて、悔しそうな表情を見せる。

 だけど、その顔からは徐々に攻撃的なものが抜け落ちて、悲しみが一際目立っていった。


「うぅ…………」


 俯いて唇を噛んだエルグは、逡巡するように顔を伏せる。

 時間をかけて、やがて静かに顔を上げた。

 その目尻には、小さな光が揺蕩っていた。


「……きっと、そうでありますね」


 諦めたようにそう言って、彼女は無理をするように笑う。

 それと一緒に、頬に涙を伝え始めた。

 溢れ出す悲しみを押し殺すように、震える声で続ける。


「本当は……、自分は…………死にたくないであります……っ! だけど、もう、どうしていいか……っ!!」


 優しいエルグの中には、まだ強い葛藤が残っているのだろう。

 いくら復讐心があっても、本気でシムと死のうなんて思っていない。

 ただ、自分では抱えきれない絶望のせいで、前に進めなくなっている。


 投げやりにも聞こえる言葉。

 だけど私は、そこに潜むエルグの不安を聞いて、安心してしまった。


 やっぱり彼女は、死ぬことなんて望んでいないんだ。


 そんな彼女にかける言葉は、ひとつしかない。

 悲しみに暮れるエルグへ、私は優しく声を掛けた。


「一緒に悩んで、考えていこう?」

「―――ッ!!」

「これからはみんな一緒だよ。だから、大丈夫」


 目線を合わせて言葉をかけた時、エルグの眼に光が差すのが見えた。

 彼女は白い瞳を揺らがせて、絞り出すように答えた。


「……ありがとう、ございます…………っ!」


 ――そして今度こそ。

 本当に、誰も死なないで帰ることができた。


 ✡✡✡


 みんなでギルドに帰ってきた後、すぐに盗賊王さんを治療室に運んだ。

 冒険者がよく利用する設備は、ギルドにはほとんど設置されている。

 迅速に傷を治せるように、常駐の回復術師ヒーラーもたくさん居た。


 トラフたちはクエストを完了して、報酬を受け取っていた。

 どうやらトラフたちとエルグは、同じクエストに参加していたようだ。

 道理でばったり会ったわけだよ。


 ついでに言えば、エンヴィも参加していたみたいだ。

 目的はよく分からないけど、どうせロクな考えじゃない。

 少なくとも、あいつがエルグを魔物化させたかったのは確かだ。


 エンヴィは途中離脱という形になって、その報酬はトラフたちに分配されることになったらしい。

 それを持って、みんなで酒場に直行した。


「それじゃあ、エルグも無事だったことだし! みんなで乾杯しよっか!」

「いいね! じゃあパトナちゃん、掛け声ヨロシク!」


 それぞれの飲み物を持ち上げて、明るい表情で構える。

 私が音頭を取ると、みんな一斉にグラスを突き上げた。


 シムとエルグは、まだ話しにくいみたいだった。

 乾杯が終わると、ふたりはまた黙って、ちょっと暗い顔になる。

 よし、こういう時は周りが盛り上げてあげないと!


 というわけで、トラフに話しかける。


「トラフ、お酒なんて飲めるんだ! 凄いね!」

「別に普通だろ、子どもじゃあるまいし……パトナ、お前は飲めないのか?」

「えっ? い、いや、飲めるよ? でも気分じゃないからさーあはは」

「どうだか」


 その会話に、すぐにティムちゃんも加わってくれた。

 彼女はトラフの肩に寄りかかって、甘えるような声を出す。


「んー、なんか酔って来ちゃったよ、トラフ……部屋に連れて行って欲しいな」

「嘘つけ……お前、けっこう飲めるだろ。知ってるぞ」

「今日はハメが外れちゃってるもん、ダメっぽい。ふぅ、フラフラしてきちゃった」

「元気そうだし、ひとりで宿まで帰れるだろ」


 積極的なアタックだなぁ、ティムちゃん。

 トラフは酔ってないって決めつけてるけど、ティムちゃんの頬は赤くなってる。

 演技だとしたら上手だ。


「そんなこと言わないでー、トラフのいけずぅ」

「揺さぶるな。俺がフラフラするから」

「構うもんかぁ、フラフラになっちゃえ! 酩酊してるうちに、なんでもやりたい放題だ!」

「やめろ、怒るぞ」


 同い年くらいに見えるティムちゃんだけど、なぜか私より大人っぽく見える。

 もしかすると、私もお酒に酔った演技とか覚えたほうが良いのかもしれない。

 師匠はできるかな?

 あんまりイメージないけど。


「ふふっ」

「あ!」


 トラフたちが楽し気にじゃれてると、ふいにエルグが笑ってくれた。

 ちょっと元気になってくれたみたいだ。

 やった!


「エルグ、もっと食べていいよ? トラフの奢りだからさ!」

「……まあ、そうだが。お前が言うのか、パトナ」


 エルグは律儀に頭を下げて、小さくお礼を呟く。

 そうして、周りにある食べ物を遠慮がちに突ついてくれた。

 その微笑ましい様子に、私とティムちゃんは思わず顔を見合わせて、笑みを交わした。


 ――しばらく時間が経って、テーブルの食材が無くなり始めた頃。

 ずっと飴を咥えてたシムが、おもむろに食材へ手を伸ばした。

 彼は飴付き棒をお皿に置いて、ちょっと乾燥気味の野菜を味わう。


 そして、いくらか躊躇しつつも、エルグに話しかけた。


「エルグ……まだ復讐する気はあるか?」


 その問いが出た瞬間、外野の私たちはまた黙った。

 この話し合いが、今度こそ平和的な解決に落ち着いてくれると願いながら。


 エルグはシムの顔を見ない。

 でも、話す。


「リーダー。今の自分には、復讐のための力が残ってないであります」

「……ああ、そうか。あれだけの魔力を放出したら、魔石も――」

「だから」


 魔力が残っていないことに納得を示すシムは、言葉を遮られた。

 エルグはパッとシムのほうを向くと、少しぎこちない笑みを浮かべた。


「だから、待っていて欲しいでありますよ。自分が復讐できるようになるまで」


 口ではそう言った彼女からは、あまり負の感情を感じない。

 確かにぎこちないけど、どこかスッキリしたような表情でもあった。


 ミスマッチな言葉と表情に、シムは困惑しているようだった。

 少し首を傾げる。

 でも、言われたことには納得して、首肯を示した。


「……煮るなり、焼くなり、好きにしてくれ」


 彼の返事を聞いて、エルグは私のほうを見た。

 耳たぶを触るジェスチャーを送ってくる。

 私はそれに従って、彼女の口元に耳を預けた。


『新しい復讐を、後で一緒に考えて欲しいであります!』


 そう囁いた彼女は、悪い顔をしていた。

 私はウインクを返して、その悪だくみに乗ってあげた。

 ふっふっふ、とびっきり愉快な復讐にしてやろっと。

こっからが本番の本番の本番の本番の……です。

#57までしか書けていませんが、無責任で進行形です。

閑話は挟まずに、最終章となります。


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ぱとながんばえー!……――励みになります。

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