#48 シンセリティ
覚悟を決めたシムに、私は念のために忠告した。
「シム…………危険だよ? 命があるかどうかも――」
「へっ。まァ、なんとかなるだろ。俺は悪運が強ェから」
「あ、悪運って……ぷっ」
真剣な表情から打って変わって、彼はへらへら笑った。
シムが平常運転に戻ったことで、私の心に安心感が広がる。
そして、思わず吹き出してしまった。
「そうだね。確かにシムは悪運が強いよ」
「だろ? そんなわけで、任してくれ」
「……うん。シムのしたいように」
私は魔法陣を手渡して、シムの背中を押した。
現実と向き合う彼の覚悟を見たら、止める気にはならない。
魔法陣を受け取って、シムは笑った。
「――恩に着るぜ、パトナ」
そして、エルグの正面に立つ。
めいっぱい両手を広げた彼は、大声で叫んだ。
「よォ、エルグ! そろそろ終わりにしようぜ……! 復讐の的はこっちだ! 」
「ウ、グゥウ――……?」
的を絞れずにいたところに、いきなり聞こえた別の声。
エルグはすぐに反応して、ギロリと視線を動かす。
「――ユル、サナイ……! ウアアアァァ!!」
そして、角にエネルギーを凝縮していく。
想定した通り、離れているシムに対して、紫電を撃ち放つ気だ。
さっきまでヘイトを集めていたトラフたちが、シムの行動に戸惑っていた。
私は大きな声で、ふたりに呼びかける。
「ふたりともーーっ、エルグから離れてーー!!」
すると、だいたい察してくれたのか、ティムちゃんが手を挙げて返事してくれた。
ふたりは見る間にエルグから遠ざかって、大きな衝撃に備える。
これでもう巻き込まれる心配はなさそうだ。
あとはシムが上手く立ち回ってくれることを祈るのみ……!
「――エルグ……! 来い!!」
堂々と構えるシム。
その正面で、エルグの攻撃は見る間に充填されていった。
エネルギーの弾け方は、だんだんと勢いを増していく。
「ウアアアアアァァ!!」
咆哮とともに、その勢いは最高潮に達した。
刹那、バチッと痛々しい音を立てて――目標に撃ち放たれる紫電。
高速を捉えて、シムはすぐにカウンターの魔法陣を掲げる。
それが、たったひとつの彼の生命線……死を恐れずに、直撃を誘う。
そして正円は、紫電を受け止めた。
それと同時に、恐ろしいほどの衝撃があたりに散らばる。
距離を取っていた私のほうにも、トラフたちのほうにも、それは平等に降り注いだ。
「うわあぁッ!?」
周りの地面は抉れ、木々も吹き飛んで更地になっていく。
捕まるものさえなかった私は、荒れ狂うマナの流動に動きを合わせて、なるべくダメージを追わないようにした。
魔法陣は発光して、きちんと発動している。
衝撃はしっかり吸収されているのに、このレベルの被害が出てしまうのだ。
エネルギーの半分以上は、緩衝することができていなかった。
結果、シムは魔法陣を残して、後方に吹き飛ばされる。
「ぐあァッ…………!!」
「し、シム……っ!」
なぎ倒された木々とともに、巻き上げられる彼。
それでも手放された魔法陣は、衝撃を受けた位置で浮いていた。
魔法陣は眩しいほどに光って、魔法式を演算した。
そして、すべての計算が終わった時――カウンターが発動したのだ。
紫電が弾けた。
正円から、一筋の太い光線が発射された。
それは確かに、エルグが使った攻撃だったのである。
発射された光線は、まっすぐに伸びていった。
魔法陣から一直線に突き進み、エルグが撃ったものと全く同じ威力を秘めている。
「グガァアッ――!!」
あまりの速さにエルグには避けきれない。
着弾は確実だった。
その事実に、私は歓喜しようとして――ふと、気付く。
「あれ?」
それは致命的なミスだった。
そう……ごく僅かな単位で、魔法の照準がズレている。
本来、魔法陣が捉えるべき相手は、エルグだというのに……その後方の、鎮魂せし抱擁に向かってるじゃないか。
一瞬で気付く。
魔法式のミス!!
そして、一筋の光線は、エルグの黒い肌を掠めて過ぎて行った。
改めて着弾したのは、鎮魂せし抱擁だった。
「…………パトナッ!!」
トラフの怒りの篭った声と一緒に、エルグの顔がこちらに向く。
その充血した眼は、さらなる怒りに燃えていた。
「ウウゥ……!!」
そして、彼女は静かに呟く。
「ユ、ル、サ、ナ、イ…………」
致命的なミスをした私は、もう頭の中がこんがらがっていた。
なにか考えられる状態じゃなくて、立ち尽くす。
少なくとも、このままじゃエルグに殺されるのは分かっていた。
でも、身体を動かせない。
ズンズンと近付いてくるエルグ。
よく見ると、魔法が掠めた肩のあたりには、ちゃんと傷が出来ていた。
あれだけでも、しっかりダメージになっていたのだ。
つまり、当たってさえいれば…………
盗賊王さんの自己犠牲、シムの覚悟、トラフとティムちゃんの協力。
そういうの全部、私のミスで、なにもかもパー……?
わ、わ、笑えないよ…………なにこれ…………
力を失くして、私はへたりこんだ。
頭上にエルグの腕が振り上げられる。
それをただ見上げて、私は震えていた。
その時だ。
エルグに異変が起きたのは。
「ウアァ……!? ア、ガァッ……!」
突然苦しみ出すエルグ。
まるで胸元を抑え込むように、その腕は彼女の胸にめり込んでいた。
「え……っ、なんで……」
訳が分からなくて、呆然とする。
その間にもエルグは膝を突いて、苦しみの声を上げていた。
「ア、アァッ……! ガァッ……!」
はっきりと原因も分からないまま、彼女の苦しむ姿を見ているだけしか出来ない。
それほど呆けていた。
だけど、頭に走った電流のような閃きは、私を覚醒させた。
「……まさか、魔力が…………?」
外傷もないのに、こんなに苦しんでいる。
なら、なんらかの作用が、彼女の内側を乱していると考えるべきだ。
そして今、考えられるのは、魔力の吸収。
……鎮魂せし抱擁!
すぐに鎮魂せし抱擁を確認する。
すると、驚くべきことに――それは、天を突く大樹に成長していたのだ。
さっきまでとは比べ物にならないくらいの大きさ。
それはエルグの背丈より何倍も高くそびえて、未だに空を覆っていく。
太い幹からは何本も枝が分かれていて、たくさんの葉をつけていた。
やがてその影は、苦しむエルグに傘を差すように、ゆっくりと降りてきた。
考えられることは、ただひとつ。
鎮魂せし抱擁は、カウンターの魔法陣が放った魔力を、すべて受け入れた。
そして、もはやエルグの魔力量を凌ぐ吸収力を身に着けたのである。
周りの魔力によって再生する、彼女の無尽蔵の魔力さえも、根こそぎ奪ってしまうほどの。
「ウグァ……ッ、ウウゥ……!」
大樹と反対に、エルグの体格はみるみる縮んでいった。
苦しむ声も、だんだんと小さくなっていく。
今の彼女には、もう暴威を振るうような力なんて残っていない。
このまま魔力がすべて無くなれば、エルグは元に戻る。
そのはず……!
「やった……! これで元に戻るよ、エルグ! 良かった――」
「ううん、まだじゃない?」
「えっ!?」
思わず喜んでいると、隣でティムちゃんが言った。
彼女はいつの間にか、こっちに戻ってきていたらしい。
「まだって、どういうこと……?」
「今のエルグちゃんは、どちらかと言えば魔物に近い存在だからね。このままじゃ魔物として死んじゃうよ」
「そ、そんなっ!!」
エルグが死ぬなんて、そんなのあり得ないよ!
なんとかしなきゃ…………!
と、思ってたら、ティムちゃんが動いた。
彼女は短剣を片手で回して、うずくまるエルグの角を狙う。
「さっきは斬り落とせなかったんだよね、硬すぎて。でも、今ならいけるかな?」
そう言って、なんとも気軽に短剣を振り降ろした。
すると――頑丈に見えた角が、呆気なく斬られる。
まるで手品だ。
「ど……どど、どうやって、どう?!?!」
「ふふふ、テクニックだよ……こうやって、こう」
「それどう!?」
飄々と喋りながら、彼女はもう一方の角も斬り落とした。
ふたつの角を失くしたエルグは、さらに小さくなっていく。
それと同時に、黒かった皮膚が、だんだんと肌色に戻っていった。
「あ……っ! エルグ!」
見覚えのある姿に戻った彼女を、私は慌てて抱きかかえた。
「大丈夫!? ねえ、しっかりして!」
「んー、ちょっと魔力を使いすぎちゃったみたいだねぇ。しばらく寝かせてあげれば、そのうち目を覚ますと思うけど……」
「そ、そうなんだ……良かったぁ……」
ティムちゃんにそう言われて、私はほっとする。
そして、改めて辺りを見渡した。
盗賊王さんは木陰に倒れ込んだまま、私のほうへサムズアップを送ってくれた。
まだ意識を保ってるのが奇跡なくらいの重傷なのに、ぜんぜん平気そうにしている。
とにかく、次は彼女をなんとかしてあげないと。
トラフとティムちゃんも、大きな傷は負ってない。
多少の擦り傷は作ったみたいだけど、攻撃はほぼ避けてたらしい。
涼しい顔をするトラフの実力は、村に居た頃とはまったくレベルが違う。
吹き飛ばされたほうを見ると、ちゃんとシムの姿もある。
彼は今、ようやくこっちに帰ってきて、様子を確かめてるところだ。
そこら中にある倒木を鬱陶しがりつつ、早足で向かってきていた。
戦いは終わった。
みんな無事だった。
「みんな、ありがとう」
私が言うと、トラフが笑いながら答えてくれた。
「少しは魔導師らしくなったんだな、パトナ」
「え、そうかな……えへへ」
「まあ、まだまだ未熟だがな」
「むっ……! またそういうこと言うっ」
腕を組んで、「事実だろ」と呟くトラフ。
その反応がなんだか久しぶりで、私は思わず嬉しくなってしまった。
強くなっても、中身はぜんぜん変わってない。
なにか言い返してやろうと思って、口を開く。
すると、それより先にティムちゃんが言った。
「トーラーフ! 僕とのコンビネーション、最高だったよね!」
「え? あ、おう……」
「やっぱり僕と結婚したほうが良いんじゃない? ね!」
「いや、お前とは無理だろ……」
「えぇー!? こんなに愛し合ってるのに! チュッ」
彼女は見せつけるように、トラフの頬へキスをする。
その後、チラっと私を見てから、さらにトラフへ抱き着く。
「ねー、トラフ! 僕のこと好き?」
「嫌いじゃない」
「やったー! 結婚しよう!」
「しない」
「相思相愛なのに?」
「うるさい」
「ふふ、 素直じゃないんだから……ダーリン」
「やめろ。いい加減離れ――」
ふたりがイチャイチャしてると、私の隣にシムが座る。
そして、私の腕の中で眠っていたエルグへ、そっと声を掛けた。
「――……エルグ」
すると、その言葉に返すように……
「…………リーダーで、ありますか」
意識を取り戻したエルグが、声を発した。
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