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#47 リーズン

 避けることのできない、一条の紫電。

 貫かれる覚悟を持って、私は眼を瞑った。

 走馬灯というやつなのか、今までのことが駆け巡る。

 だけど一瞬で、取り留めがなくて、為す術もなく過ぎて行った。


 そして、紫電の弾ける音がした。

 吹き飛ばされる。

 私の身体は、致命的なダメージを負った。

 地面の上を転げていく。


 私は死んだ。

 ――はずだ。


「パ……ト、ナ……?」


 なのに……まず、シムの声が聞こえた。

 耳が働いているのはどうして?

 加えて、身体を貫かれた痛みが無い。

 紫電は確実に、人の息の根を止める威力だったのに。


 なら、時間の経過が遅くなったのだろうか。

 私のほうが、一部の感覚を失ったのだろうか。

 死に対する恐怖で、なにかおかしく感じているのだろうか。


 なにかがおかしい。


 明らかな異常を感じながら、私は眼を開けた。

 エルグの姿は、ぼやけた焦点の背景だった。

 しっかり焦点が合っている、目の前には――誰かの背中があった。


 ボロボロの服。

 彼女は膝を突くこともなく、腕を組んで堂々と立っていた。

 その力強さは、後ろ姿でも伝わってきた。


「と…………盗賊王さん…………?」


 愛称を呼ぶ。

 だけど彼女は振り向くことはないし、返事もしない。

 そうするだけの意識が残っていないのだ。


 だけど、状況的に明らかなことだ。

 私たちの身代わりになったから、彼女はそこに立っている。


「盗賊王さんッ!!」


 どうして……!?

 無茶にもほどがあるよ……!!


「盗賊王さん、しっかりして!! 死なないで!!」

「…………ガフッ」

「あ、血…………こ、こんな量…………」


 身体中が焼け焦げて、口からも多量の血を吐く彼女。

 瀕死の状態だ。

 今すぐ治療しなきゃ、絶対に助からない。


 そもそも、人が耐えられる限界を越えた攻撃だったのだ。

 いくらグローウィノで強くなっていても関係ないほど。

 それを喰らった盗賊王さんが、まだ生きていることは奇跡だ。


 私は彼女を抱えて走り出す。

 彼女の命が消え去りそうで、堪らなく怖くなる。

 それでも、まだ冷えていない体温を希望にして走った。

 すぐに治してあげないと…………!


 ここから街まで走れば、盗賊王さんを助けられるかもしれない。

 出来る限り、速く……っ!


「――……っ、オイ…………てめ…………」

「……っ!?」


 ふと、満身創痍の盗賊王さんが声を発する。

 こんな状態にまで追い詰められて、まだ意識を保っているのだ。

 もはや頑丈だとかじゃなく、強靭な気力の賜物でしかない。


 だけど、その声は掠れている。

 絶え絶えの息で、彼女は告げた。


「いい……ッ! あたしは、死なねーよッ…………!!」

「そんな……っ!? ううん、今すぐ治療しなきゃ!! このままじゃ、死――」

「死なねーよ……ゲホッッ、それより!! アヴェン……ッ、……優先だろッ!?」


 死にかけているはずなのに、見開いた眼に無限の生命力を宿している。

 血とともに吐き出された言葉は、死を恐れているようには聞こえない。

 そのせいで、私は分かっているはずなのに、彼女が本当に死なないような気がしてしまった。


 ここから私が居なくなれば、エルグが助かる可能性も低くなる。

 今はなにを置いても、まずエルグを助けなければいけない。

 こんな状況であっても、盗賊王さんはそのことを意識しているのだ。


 そうだ。

 私たちが戦ってるのは、紛れもなくエルグのため。

 そして、シムとエルグの仲直りのため。

 それだけは忘れちゃいけない。


「…………ごめんっ、盗賊王さん…………! 死なないでっ!!」

「ペッ…………死ぬか、ボケッ、がはっ」


 断腸の思いで、戦場から離れた木陰に彼女を置く。

 大きな声を出さずに、安静にしていれば、きっと助かるから。

 だって盗賊王さんは凄くて、死なないから…………!!


「シムーーーーっ!! トラフーーーーっ!! ティムちゃーーーーんっ!!」


 みんなの名前を呼びながら、急いで戦場に戻る。

 こうなったら、出来るだけ早く解決するしかない。

 私は誰も死なせたりしない……絶対に!


 ひとつ、作戦はあった。

 上手くいくか分からないけど、やる価値はあるものが。

 大きな声で仲間たちに伝える。


「今からすっごい魔法使うから、時間稼ぎしてーーーーっ!!」


 すると、トラフも大声で返してきた。


「なんだーーーーっ、その魔法はーーーーっ!!」

「すっごいのーーーーっ!!」


 彼は遠目に頭を掻いた。

 だけど、すぐに行動を開始した。

 そして、それに合わせてティムちゃんも現れる。


 シムは愕然としていて、まだすぐには動けない様子だ。

 膝立ちになってエルグを見つめている。

 焦りと苦しみが混ざったような、ひどい顔だった。


 エルグは凶暴な牙を覗かせて、荒い呼気で攻撃を振り下ろす。

 盗賊王さんを攻撃したことで、私を目標にするのはやめたらしい。

 周りにあるものを破壊する彼女は、耳を劈くような咆哮を上げた。


 とにかく、今は出来ることを!!

 明るい結末を信じろ!!


「――“扉をくぐり、証明せよっ!!”」


 エルグの足元に、効果のない斬撃を放つティムちゃん。

 そうして相手の気を引き、囮になってくれていた。

 距離を離しすぎなければ、どうやら紫電を撃たれる恐れはないようだ。


 ……作戦は単純なものだ。

 要するに、エルグは魔石から得た魔力によって、あの姿に変身している。

 ということは――魔石から生まれた魔力を、その身体からすべて取り除けば、元に戻る可能性が高い。


 だから、鎮魂せし抱擁(ユグドラシル)を発動させる。


「“平行線に下る茶利!!”」


 この魔法は、周りにある魔力をすべて吸収し、自分の養分にしてしまう。

 もちろん、吸収されたほうは魔力を失ってしまう。

 そしてエルグの魔力は今、魔石の魔力と同化しているらしい。

 この場合、エルグの魔力を吸収しきってしまえば、魔石の魔力をすべて吸い取ったことになる。


「“ぎらぎらの光の向こう!!”」


 今の状況は、この魔法が最も輝くといっても過言じゃない。

 魔力を吸い取るような魔法は、正直に言ってそれほど多くないのだ。

 ノエッタと一緒に見た本には、たくさんの魔法が載ってたけど、魔力を吸収するのはこれしか載ってなかった。


 ――軽快な動きで、衝撃をものともしないティムちゃん。

 吹き飛ばされても器用に受け身を取って、空中で回転しながら着地してしまう。

 エルグの注意は、すばしっこいティムちゃんに向きっぱなしだ。


 だけど、その横からトラフも攻撃を仕掛ける。

 刺激に反応して、またエルグの注意が逸れる。

 彼女は今、どちらを狙えばいいのか分からなくて、無暗に暴れ狂っていた。

 そしてそれは、ふたりにとって避けやすい攻撃でしかない。


 エルグは完全に私を忘れている。

 チャンスは今!


「“汚れを受け止め、居場所を失くせ!!”――鎮魂せし抱擁(ユグドラシル)ッ!!」


 詠唱は無事に完遂される。

 それとともに、私が狙っていた位置へ、小さな緑色の命が萌芽した。

 暴れに巻き込まれないように少し離したけど、ちゃんとエルグの背後だ。


「全部……吸い取っちゃえ!」


 芽は私の希望を乗せて、だんだんと大きくなっていく。

 魔力を養分に、少しずつ育っているようだった。


 今のエルグの体格と比べれば、まだまだ小さい。

 だけど、もう少しすれば成長して、いずれエルグを越えるはず!

 あれだけ大きな養分があれば、いくらでも成長できるもんね!


 あとは、最後の懸念。

 樹が折られないように、祈るしかない。


「……パトナーーーーっ!! あれかーーーーっ!!」

「! そうだよーーーーっ!!」


 振りまかれる衝撃を乗りこなすトラフが、育ち始めた芽に気付く。

 そして、おもむろに立ち回りを変え始めた。

 もちろんそれは、まだ幼い芽を守るためだ。


 アウンの呼吸で、ティムちゃんも行動を変化させる。

 ふたりは怒り狂うエルグを惹きつけながら、だんだんと芽から離していく。

 それでいて、あまり遠くなり過ぎないように調節してくれた。


 最高のアシストだ。

 そのおかげで、だんだんと樹の姿へと成長していく鎮魂せし抱擁(ユグドラシル)

 着実に魔力を吸収していた。


「よしっ……この調子で…………!」


 願いを口に出して、手に汗を握りながら見守る。


 ――そして、変化のない時間が過ぎた。

 エルグの様子は変わらない。

 彼女はまったく疲労する素振りもなく、暴威の質を維持していた。


 樹は大樹と呼べるまでになり、エルグの肩に並ぶほどになった。

 見るからに成長している……のに、肝心のエルグには衰える様子がない。

 私が予想していたよりも、その身体に溜め込まれている魔力は多かったのである。


 危なげがなかった囮のふたりも、そろそろマズい。

 それなりの時間、積極的に動いているのだ。

 いくら高ランクの冒険者でも、体力が無尽蔵にあるはずなんてない。


『――……!』


 序盤は余裕を見せていたティムちゃんの動きも、少し鈍ってきている。

 その証拠に、さっき攻撃が掠りかけて、声が出ていた。

 それを考えると、ふたりの限界と大樹の成長、どちらが早いかはすぐに分かった。


 お願いしてる場合じゃない。

 もう鎮魂せし抱擁(ユグドラシル)だけに頼ってる場合じゃないよ。

 ふたりがやられちゃう前に、なにか別の作戦を考えなきゃ……!


「ユル……サナイィィィ!!」

「うっ…………! うう、私がなんとかしなくちゃ……!」


 なにかないか、なにか!

 なんでもいい……この状況を打開できる、切り札!

 探せばあるはずだよ! 例えば……


 そう、例えば!

 荷物の中とかね!!


「…………あっ。あれ、とか……」


 ふと、頭の隅にあった記憶が蘇る。

 そうして、背負っていたバッグの中から、すぐに羊皮紙を取り出した。

 それを慌てて開いて、状態を確認する。


「……うん。多分、使えるよね…………?」


 描かれている魔法陣を、改めて検閲してみた。

 自分で描いたものだから、本当に使えるかどうかは定かじゃない。

 ただ、見る分には大丈夫そうに見えるのだ。


 この魔法陣は、まだマトモに使ったことさえない。

 だけど、もしも効果を発揮したなら、逆転の一手になり得る……かも。


「――カウンターの魔法陣……」


 相手の攻撃をトリガーにして、その威力を倍にして返す魔法陣。

 ノエッタに見せようとしたら止められた、不安の残る試作品だ。

 正直、かなり頼りなさを感じてしまう。


 さらに、これを使おうと思ったら、相手の攻撃を受けなきゃいけない。

 どうせなら最大威力の攻撃を跳ね返したほうが良いだろう。

 となると……危険とか言うレベルの話じゃなさそうだ。


「…………ううん。使うしかない、よね」


 エルグを助けられるなら、私は喜んで命を賭ける。

 大切な人を守るためにも、盗賊王さんに報いるためにも!

 覚悟はとっくに決まってるんだ!


 受ける攻撃は、もちろん角の一撃。

 見たところ、あの紫電が最高威力だ。

 この魔法陣には衝撃を吸収する効果も付いてるから、なんとかなるはず……!


 やるんだ!

 私が――


「待て、パトナ」

「……!」


 決意を固めて、震える胸を抑えていた。

 すると、シムが私の肩を叩く。


 彼は一息吸って、落ち着いて発声した。


「俺がやる。そうじゃなきゃ、筋が通らねェ」


 その表情に、さっきまでの狼狽は見られない。

 眼つきは鋭く、まっすぐ私を見ていた。

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