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#46 プロミス

 魔物の力に操られるエルグへ、まず盗賊王さんが突進する。

 彼女は自慢の短剣を構えて、黒く硬い表皮へ攻撃を仕掛けた。


「おらぁぁ、喰らいやがれッ! 必殺・盗賊王スライディングスラッシュ!」


 彼女は足下を滑らせるように移動して、エルグの足元で体を大きく捻った。

 回転の力が加わった鋭利な一撃が、黒い脚へと振り降ろされる。


 甲高い音が周囲に響き渡り、火花が散る。

 同時に彼女の短剣は弾かれて、宙に舞い上がった。


「かってぇな、コイツ!!」


 刃は通らず。

 エルグの全身を覆う黒い皮膚は、鎧であり盾なのだ。

 見た目以上の防御力を誇る。

 生半可な攻撃では、傷ひとつ付けられそうにない。


 攻撃を受け、エルグが動く。

 魔物のような鋭い爪をギラつかせて、盗賊王さんへと振り下ろした。


「チッ……! 当たるかよ、んなもん!」


 盗賊王さんは即座に態勢を立て直し、当たれば命はないであろう一撃を、軽い身体捌きで避ける。

 そのまま、二撃目を仕掛けようとした。


「フーシャ、次は俺に」

「あ! てめーっ」


 その肩を押さえて、交代するようにトラフが前に出る。

 彼はスラリと伸びた長剣を手に、勇ましく切り込んでいった。


「ハァッ!!」


 気合いを込めた、鋭い踏み込み。

 狙うはエルグの脚だ。


 だけど、やっぱり攻撃は通らない。

 金属同士がぶつかり合うような激しい音と共に、剣は弾き返された。

 跳ね返ってくる痺れに、トラフの顔が歪む。

 その表情には焦りもあった。


「くそっ……硬いな」

「無理だ! コイツの皮膚に刃は通らねぇよ!」


 盗賊王さんの言葉を受けて、トラフは声を上げた。


「パトナ! 先に魔法で攻撃してくれ!」

「オッケー!」


 エルグはダメージを受けた様子もなく、再び反撃の拳を振り上げる。

 トラフたちは左右に散開し、その攻撃を避けた。

 そして、体勢を立て直す為に距離を取る。


 ふたりが離れたところで、私は動いた。

 準備は万端、もう照準は定まってる!


「“唄え、短き命! 勇気の欠片、誓いを守れ!”――脈打つ情熱(フレイム・ヴェイン)っ!」


 詠唱とともに、勢いよく火球を打ち出した。

 狙うはエルグの角。

 高所の部位にダメージが通るか確かめたいから。


 それに、魔族の弱点は角だと聞いたことがある。

 風のウワサ程度だから、アテにはならないけど……

 効果を期待する価値はあるはずだ。


 火球はまっすぐに伸びて、無防備な角に着弾。

 轟音とともに、爆風が巻き起こる。


「ウッ、ウゥッ!?」


 エルグは少しだけ後退する。

 そのリアクションから、少しはダメージがあったかに思えた。


 だけど、煙が晴れると、そこには無傷の角がある。

 効いてない……それか、私の魔法じゃ力不足なの?

 もっと大きな力で……よし、自縛の金剛星(ジュピター)なら――


「――ッ、パトナ!! 遠隔攻撃だ……!!」

「え!?」


 その時、トラフが叫ぶ。

 考え込んでいた私は、彼の言葉でやっと気が付いた。


 攻撃を受けたエルグの角は、なにかのエネルギーを放出しようとしている。

 察するに……私への反撃だ。

 彼女の目標は、すでに私へ移っている。


「や、ヤバいっ」


 避けようと思って、あたりを見回す。

 でも正直、どれくらいが有効範囲の攻撃なのか、見当がつかない。

 とにかく、その場から離れようとして走り出した。


「ウオオオオオッ!!」


 背後から、エルグの雄叫び。

 そして、大きなエネルギーは空気を焼き切るような音を立てた。


 地面に駆け巡る紫電が、大地を震動させる。

 私の魔法を越える破壊音が、平原を荒れ地に変える。

 私の逃げ込もうとした景色までもが、その暴力に飲み込まれた。


 抗いようのない衝撃。

 私の身体は簡単に吹き飛ばされる。


「うぐぅ……っ!!」


 荒らされた地面へと、強く背中を打ち付ける。

 刹那、呼吸が止まって、目の前がチカチカと明滅した。


「パトナ、平気か!?」

「う、ん……っ」


 トラフの声に返事して、踏ん張って立ち上がる。

 痛みを堪えて、ブンブンと頭を振ったら、平衡感覚もマシになった。

 普通に平気だ。


 油断せずに、私はエルグのほうを見た。

 彼女はまだまだ私を狙っている。


「ユルサナイ…………ッ、ユルサナイ……!!」


 黒い角に、またも紫電が蓄えられていた。

 さあ、もう一発……身体が痛いけど、避けれるかな。


 ――と、思考を巡らせていた時。

 なにやらエルグの頭の上に人影が見えた。

 その影は髪型に特徴があって、すぐに誰だか分かる。


「ティムちゃん!?」


 どうやって登ったのか、彼女はいつの間にかエルグの頭上に立っていた。

 私に向けて「シーっ」というジェスチャーをしながら、紫電を纏う角へ短剣を向けている。


 そして彼女は、勢いよく短剣をぶつけた。

 結果として、角はまったく微動だにしない。

 それを確認すると、彼女は首を傾げて、すぐに降りてしまった。


 ……斬れないよね、そりゃ。

 多分、皮膚と同じくらいの固さはあると思う。

 短剣じゃどうしようもなさそうだ。


「“夢錻力、紫苑の花! 覗けば見落とし、掴めば旗! 谷底に咲く、濡れた咆哮!”――自縛の金剛星(ジュピター)っ!」


 それはともかくとして、私は詠唱を行った。

 天へ掲げた腕に、巨大な球体がのしかかってくる。

 その重さを和らげながら、相手の攻撃してくるタイミングを計った。


 避ける必要なんてない!

 紫電にぶつけて、競り勝てばいいだけ!

 無理やり打ち消してやる!


「ウアアアアアァァッ!!」


 私の意図を知ってか知らずか、エルグも雄叫びを上げて、さらに紫電を纏う。

 ごちゃごちゃ考えるより、打ち合いにしたほうが簡単なのだ。

 これで私が勝てば……


「――狙う相手が間違ってるんじゃねェか、エルグ!?」


 ――ふと、大声でそう聞こえた。

 シムの声だ。


 そう認識すると同時に、彼は私の前へ立ちはだかった。


「し、シム!? なにを……!?」


 戸惑いながら尋ねたけど、取り合ってもらえそうはない。

 彼の顔はこっちに向いていないからだ。

 その眼が見ているのは、おそらく目の前のエルグだった。


「お前が殺してェのは俺だ!! 違うか!? パトナは関係ねェんだよ!!」

「……!!」


 説得するかのように、大きく腕を広げるエルグ。

 だけど、その言葉には不穏さがあった。


「エルグ、俺を狙え!! それですべて終わらせてくれ!!」

「シム、まさか……!」


 終わらせる。

 そこから読み取れる自暴自棄と、解決にならない顛末。

 これは説得じゃなくて……


「殺されようとしてるの!?」

「…………頼む、エルグ!! 俺がすべて悪いんだ!!」


 私の言葉には答えずに、彼はそう叫ぶ。

 完全に魔物化しかけているエルグに、それが届くはずはなかった。

 なんの意思も持たない彼女は、ただ本能のままに私を狙っている。


 攻撃が衝突すれば、凄まじい衝撃波が発生するのは、考えるまでもない。

 だったら、このまま自縛の金剛星(ジュピター)打ち出したら、シムが一番危ない。

 そう思った私は、すぐに魔法をキャンセルした。

 そして、痛む身体を押さえながら、広げられたシムの腕を引く。


「なに言ってんのさ、シムってば!」

「う……っ、放してくれ……! こうなったのは俺の責任じゃねェかよ……!」

「違うよ、シムのせいじゃないっ!」


 紫電はもう放たれようとしている。

 今から回避行動を取っても、間に合う保証はどこにもない。

 でも、命を投げ出そうとするシムを放っておくことはできなかった。


 彼は深刻な顔をして、私に訴え続けた。


「もしかするとエルグは……俺を殺すことで、魔物化から目覚めるかもしれねェ!」

「そんなわけない! 魔力とかと関係ないじゃん!」

「だが、もう見てられねェんだ……! あいつがなんの理性もなく、人を傷付ける様なんざ……!!」

「それは辛いと思うよ……! だけど、今は耐えるしかないの!」


 分かってるよ、シム。

 この戦いで一番苦しいのは、シムとエルグなんだよね。

 だから私たちが、すぐに仲直りさせてあげる。


「大丈夫、私たちでエルグを救えば……」


 頑張って引っ張りながら、死のうとするシムに声を掛け続ける。

 だけど、彼は頑なになって動こうとしない。


「あいつは俺に復讐してェんだろ!! なら――」


 その言葉を最後まで言わせる前に、私は声を発する。

 それが嘘であることは、最初から分かっているから。


「シムが死ぬことは、なんの解決にもならないっ!」

「…………ッ!?」

「見て、エルグを! 我を忘れてる! あんな状態でシムを殺して、復讐が終わると思う?」

「ぐっ…………そ、それは…………」


 図星を突かれたであろう彼は、動揺をして言葉に詰まる。

 それでも事実に反抗しようとして、大きく首を振る。

 青い顔をして、たどたどしく喋った。


「お……俺を、殺せば…………あ、あいつの気が、少しは晴れると…………」


 私の言葉を否定できないのに、他の理由を見つけ出そうとしている。

 そんな彼に、私の言えることはひとつしかない。


「――逃げるなッ!!」


 はっきり遮って、とうとう私は拳骨を振るった。

 シムの頭にガツンと一撃入れる。


 いきなり殴られたシムは、なにがなんだか分かってない。

 そんな彼の顔を上げさせて、私は正面から伝えた。


「ちゃんとエルグの気持ちに向き合ってよ!!」


 すると、彼の顔はハッと表情を変えた。


 ……ちゃんと、気付いてくれたかな。

 拳骨を振るった甲斐はあった?

 シム……今は苦しいと思うけど、それを乗り越えることは、あなたにしか出来ないんだよ。


 ふと、エルグの様子を窺う。

 もはや一刻の猶予もなく、紫電はこちらに降り注ごうとしていた。

 こうなっては、避ける選択は取れそうにない。


 だから私は、背中にシムを庇った。

 せめて彼だけでも守れるように。


「…………ぱ、パトナ…………!!」

「ちゃんと仲直りしてね。約束だよ」


 これは最悪よりマシな選択だ。

 死ぬことは怖いけど、怯えるつもりはない。

 これでも冒険者になってから、少しずつ覚悟を強めてきた。


 こうしていたら、なんだか思い出すな。

 いつか、ラーンも同じように、私だけ逃がそうとしてくれたっけ。

 あの時は本当に、切羽詰まってて……だけど、今のほうがそうかも。


 ごめんね、みんな。


 ユウちゃん、帰れなくてごめん。


 トラフ。途中で死んじゃう私じゃ、ライバルに相応しくないかも。


 ウィング。私が居なくなっても、サンロードは続けてね。


 ラーン、泣かないで。


 センコウ。人を守って死んだんだから、ちょっとはアッパレだよね。


 ノエッタ。才能なんかに負けないで、自分を大事にしてね。


 ニョッタ師匠。

 ありがとう……ごめんね。


『俺を信じていて欲しい。大丈夫、約束は必ず守る』


 お父さん……約束を守るのって、すごく難しいことだね。

 この命はひとつしかないのに、大げさな約束はいくらでも出来ちゃうから。

 そんな短い人生で、守ることが出来る約束って、ちょっとしかない気がするんだ。


 約束は守られるものじゃなくて、守られたのだけが本当の約束なのかも。

 だから私、お父さんは嘘つきじゃないって思う。

 夢を見たら誰だって、輝くそれが嬉しくて、大きな声で語っちゃうんだよね。


 今なら、ちょっとお父さんのことが分かる。

 そんな気がするんだ。


「――パトナァーーーッ!!」


 シムの叫び声と一緒に、空気を焼き切るような音が鳴った。

 私の身体を目掛けて、紫電はまっすぐに伸びた。

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