#45 カワード
ノエル
「リーダーで間違いないでありますね……?」
そう尋ねるエルグの眼は真剣そのものだった。
その瞳の奥には、戸惑いが揺れている。
シムは絶句した。
問われても、彼には答えられなかったのだろう。
「…………っ」
事実だと、首を縦に振る事さえ出来ない様子だった。
それほどまでに、彼の動揺は激しいのだ。
ただ黙って、エルグに眼を合わせている。
「シム・ペスカという名前は、偽名でありますか。自分を誤魔化すために使っていたでありますか?」
攻撃的な行動で表れることはない、静かな怒り。
それに当てられて、ようやくシムは声を絞り出した。
「…………エ、ルグ」
でも、それを遮るようなタイミングで、またエルグが口を開く。
「この前、様子がおかしかったのも、隠し事のせいでありますか?」
「俺は…………その」
「なにも聞きたくないであります。信じられないであります」
彼女は怒っているけど、悲しんでいるようでもあった。
口調はハッキリしていても、顔を伏せて、その表情に影を落とす。
私のほうに伝わってくるのは、苦しみから放たれる声ばかりだ。
弁解の言葉さえ、シムには言えない。
易々と紡げないから、始めの言葉も出ない。
私や盗賊王さん、トラフやティムちゃんも、誰も言葉を挟めなかった。
重苦しい空気が満ちていた。
「リーダー。自分を騙していたのでありますね」
「…………俺は……」
「生きていたのでありますね。ひとりで、ひっそりと……」
「すまん」
「それで許される話じゃないでありますッ!!」
シムの小さな謝罪。
それを喰って、エルグの大声があたりに響き渡る。
「どうして逃げたでありますか!? 仲間を見捨てて!!」
感情を爆発させたエルグは、勢い良くシムの胸倉を掴む。
そして、捲し立てた。
「どうして隠れていたでありますか!! 自分は知らなかったであります!! リーダーが生きていることを、もっと早く知りたかったでありますよ!! どうして、どうしてでありますか……っ!!」
「す……すまねェ…………エルグ…………」
彼女の形相は必死で、でも追い縋るようでもあった。
怒りと悲しみを同時に宿していた。
彼女にぶつけられる感情に対して、ひたすら頭を垂れる。
謝る事しかできない――そんなシムは、あまりにも無力だった。
なにも言うことが出来ずに、余計にエルグを苛立たせてしまう。
止めたくても、私には止められない。
シムはきっと、これも覚悟のうちなのだ。
だったら、私がそれを台無しにしちゃダメだ。
「自分は……っ! あの時、最後まで……!」
息詰まるような声とともに、シムから手を離すエルグ。
そして、か細く掠れる声で、振り絞るように叫ぶ。
「みんなを……助けたかったであります……っ」
心の奥から放たれた、震える涙声。
それにも、やっぱりシムは黙っていた。
「どうして……逃げたりなんか、したのでありますか……?」
「…………本当に、すまねェ。俺は――」
また為すすべもなく、シムは頭を垂れようとした。
しかし、そのタイミングで誰かが口を挟む。
「――彼は臆病者なんだよ、エルグ・アヴェン」
その一声を聞いただけで、私は正体を突き止めた。
彼は雄弁な口調で、ふたりの前に躍り出る。
羽根のついた帽子と、紳士風な服を身に着けた、黒い長髪をした男。
「え、エンヴィ……!? どうして!!」
私は思わず声を上げる。
でも、帽子のツバを摘まむエンヴィは、それを無視した。
その赤い眼を光らせながら、エルグに向かって言葉を続ける。
「シム・ペスカは自分の罪から逃げているのさ。君を復讐者にしても、自分だけは過去から逃れようと、とにかく必死なんだ」
その言葉は、明らかにエルグの怒りを助長した。
落ち込んでいた彼女の身体に、眼に見えて力が入っていく。
「許せない…………ッ!!」
すると、彼女の怒りに反応するように、彼女の持っている魔石が光った。
小さな皮袋から、紫の光が強く漏れ出す。
「――魔石……!? みんな、エルグを止めてッ!」
考えるより先に、私は叫んだ。
みんなはすぐに頷いて、行動を開始する。
魔力を吸収し始めたエルグを、なんとか助けようと。
なにが起こってるか分からないけど――止めなきゃ!
光を強める魔石に対して、エンヴィは手を翳していた。
コイツがなにか良くないことをしているのは、考えなくても分かる。
「やめろ、エンヴィっ!」
「やあ、パトナ。これから完全に魔物化したエルグと戦ってもらうよ」
「完全に……!? そんなことさせない!」
エルグを魔物にするつもり!?
ふざけるな……そんなこと、させるもんか!!
私の言葉を聞くと、エンヴィは嘲りの笑みを浮かべた。
「魔物の力とエルグのマナは、もう溶け合っているのさ。今さら止めたって仕方ない」
「“唄え、短き命……!”」
「魔石を何度も使ったから、マナが彼女の影響を受けて変質している」
「“勇気の欠片、誓いを守れ!”」
前と同じだ、コイツ……!
これはエルグとシムの問題で、邪魔していい場面じゃない!
人をバカにするのも、いい加減にしろっ!!
「感情の昂りに対して、敏感に反応を……」
「脈打つ情熱ッ!」
「おっと」
相手が偉そうに語るのを無視して、私は詠唱を唱えた。
火球はエンヴィのほうへ、超高速で向かっていった。
けれど、右腕で簡単に弾かれる。
“死に留まる白”の前で戦った時のように。
「あはは、黙ってなよ……どうせ殺されるんだから」
その言葉を聞いて、ほんの一瞬、身体に重い衝撃を喰らった。
魔法が通用しないという絶望感が、すぐに心を蝕んだのだろう。
前にも経験したから、手に取るように分かる。
でも、絶望してる場合じゃないのだ。
心を奮い起こして、叫べ!!
「死なないっ!!」
「じゃあ止めてみなよ。君には無理だね」
「そんなの、やってみなきゃ分からないよっ!!」
脈打つ情熱が効かなかったなら、別の魔法を試せばいい。
エンヴィに通りそうな魔法は……あれだ!
「“描くは黄金の海! 振れぬ手で芯に触れ、優しい嘘を温めよ! おいで……”――死に際の騎士っ!」
師匠に助けられた時、エンヴィはこの魔法にやられていた。
もしかすると、弱点属性なのかもしれない。
そんな淡い期待を抱きながら、私は黒い炎を出現させる。
闇は確かに、エンヴィを包みはした。
だけど期待は裏切られた。
広がった闇はすぐに萎んで、そして破かれ――エンヴィは無傷で現れる。
その時、前に突き出されていた彼の腕から、相殺されたのだと悟る。
師匠のが効いたのは、おそらく人間性能の問題だったのだろう。
あの時より成長したはずの、今の自分の実力では、まだ有効打にならない。
あまりの手応えのなさに、次の一手が思い浮かばなかった。
その隙をエンヴィは逃さない。
彼はまた、いつかの瞬間移動のような歩法で近付いてくる。
神速の掌底。
気付いた時には、もう避ける術はない。
「が、はぁっ……!?」
お腹を殴られて、吐き気が込み上げる。
胃からなにかが逆流してきたけど、口からは空気だけが吐き出された。
あまりの痛みに立つことができなくて、膝を突いてうずくまる。
崩れた私を見下して、エンヴィは蔑むように笑った。
「君はニョッタ・ナグニレンには遠く及ばない。弁えなよ」
そんなこと、言われなくたって分かってる。
私が一番、その壁の高さを知ってる。
だからこそ。
ここでエンヴィの勝手にさせてるようじゃ、全然ダメなんだ……!
「この……ッ!」
痛みを堪えて、なにがなんでも立ち上がろうとした。
その時――
「ウガアあアァぁァァーーーッ!!」
空を裂くような、魔物の雄叫びが聞こえた。
すぐ近く……エルグの居た場所から。
「……ま、せいぜい頑張ることだね。応援してるよ」
エンヴィはそう言い残して消え去る。
振り向くと、厳めしい魔力の奔流はすべて治まっていた。
そして、マナの残滓が舞うその中に立っていたのは、黒き魔物だった。
手遅れ、だったの……?
それじゃ、エルグはもう……
「ウウ、ウゥ…………!! ユル、サナイ…………ッ!!」
――違う。
魔物の唸り声のように低いけど、人の言葉だ。
怒りの感情を含んだその声には、かろうじてエルグの理性が感じられる。
「エルグ…………!! 大丈夫だよ、まだ助けてあげられる!!」
自分より遥かに大きくなった彼女へ、精いっぱいの大声で言葉をかける。
人間ではありえない、黒い角だけど。
赤く染まった眼も、鋭利な爪牙も、まだ定着しきったわけじゃない。
救えるはずなんだ……!
「ウウ、グゥッ……!! ユル、サナイ!!」
「パトナ! エルグから離れろ!」
「!!」
耳に届いたトラフの声で、咄嗟に身体を動かす。
そのおかげで、落ちてきた黒い拳を、間一髪のところで避けられた。
真っ先にトラフのほうへ走ると、そこにはみんなが居た。
高ランクのメンバーばかりだから、すでに戦闘陣形が完成しているらしい。
私は察して、すぐに後衛へと潜り込む。
「いいか、てめーら。仕方ねーとはいえ、出来るだけアヴェンは傷つけんな」
「ああ、了解だ」
盗賊王さんは前衛に出て、みんなを纏める。
その隣で、トラフが補佐役をしているようだ。
シムはトラフの隣で、どこからか持ち出した槍を構えている……本職は槍術士らしい。
後衛にはティムちゃんがスタンバイしていた。
彼女は私の隣で、シンプルな形の短剣を光らせる。
「盗賊ふたり、前衛職ふたり、魔導師ひとり……意外とバランスは悪くないかもね」
「ティムちゃんはアシストが中心なの?」
「うーん、まあそんなとこ。部位破壊に特化してるタイプだよ」
そう言いながら、彼女は眼を細める。
目線をエルグに定めて、まるで獲物を狩るような表情をしていた。
そうして、さっきまでの明るいイメージとは真逆の、冷たい雰囲気を纏う。
豹変したようで少し怖いけど、それ以上に頼もしい。
「あたしらは前に出るぜッ!! グレム、てめーは後ろから援護だ!!」
「昔みたいな邪魔はするなよ、パトナ」
「オッケー、分かってる! シム、辛いと思うけど……今はグッと堪えてね!」
「あァ……恩に着るぜ、ヤジウマたちよ」
シムが頭を下げるのを合図にして、前衛のみんなは一斉に飛び出した。
それから少し遅れて、隣からティムちゃんの姿が消える。
私は腕を構えて、いつでも脈打つ情熱が撃てるように構える。
だけどこれは、エルグを魔物になんかさせないための戦いだ。
みんなの力を合わせて、必ず彼女を助けるんだ。
「エルグ……! 我を忘れない強さを、あなたは持ってるはずだよ!」
思い出して、エルグ。
揺らがない自分を!
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