表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/66

#44 リコンシリエーション

 師匠のことが、また少し分かった昨日。

 おかげで今朝は快調だ。

 起き抜けに拠点から出て、澄んだ街の空気を吸う。


「おはよう、師匠!」


 空へ腕を広げて、背中越し、私より早く起きていた師匠に挨拶する。

 彼女は「ええ、おはよう」と、いつも通りに返してくれた。

 それから、またいつもの机に座るのだった。


「ね、師匠。今日もお菓子、買ってきていい?」

「ワッフルかしら?」

「うーん……なるべく別のお菓子にするよっ」


 ワッフルは師匠とお父さんにとっての大事なお菓子だ。

 だったら、私も師匠との特別なお菓子が欲しい。

 今日、余裕があったら探してくるんだ。


 えへへ……なんか今日は、なにもかも上手くいく気がするよ。


 ✡✡✡


 ギルドでシムたちと落ち合う。

 そして、すぐに“春思う樹木(ネヴァーマインド)”へ行った。


 桃色に染まった木々の間に、桃色のはなびらが舞っている。

 少し足を踏み出せば入れそうだけど、実際はそうはいかない。

 ダンジョンの中に入るには、はなびらを肩に乗せなければいけないのだ。

 肩に乗せた瞬間、今まで見ていた景色はガラリと変化して、桃色の世界に吸い込まれる。

 ちなみに、このはなびら、意外に手で掴まえるのは難しかったりする。


 でも、今回は入り口で待ち伏せするだけ。

 エルグがいつダンジョンに来たかは、はっきりしない。

 でも、まだクエストをクリアするには早い時間だ。

 念のためギルドの人に確認したけど、まだ完了報告もないらしい。


 ダンジョンから出てくるか、やって来るか。

 そのどちらかで、必ず彼女に会えるはずだ。


「お前ら、ここに立ってんのかよ」

「心配すんな、アヴェンが来たら散る。それでいいだろ」

「正直……あんまり見られたくねェんだが」

「知るかよボケ! あたしの勝手だろッ」


 盗賊王さんは聞き耳を立てて、ダンジョンから出てくるエルグを待ち構える。

 そしてシムは、ダンジョンにエルグか来ないか見張っていた。


 シムの表情は緊張気味に強張っている。

 謝っても受け入れてもらえるか分からなくて、不安でしょうがないのだろう。

 仲間の死は、そう軽いものじゃないから。


 私が着いてきたのは、このためだよね。

 応援してあげないと。


「シム。大丈夫だよ」

「……パトナ」

「誠心誠意、しっかり頭を下げれば、分かってもらえるはずだから!」

「どうかねェ」

「ま、まぁ最悪、殴られたりとかするかもだけど……でも、そんな、悪いほうには行かないって信じてるよ! 私は!」


 掛けてあげられる言葉は少ないけど、出来るだけ元気に声を掛けた。

 すると、シムはおもむろに飴を咥えて、空を見上げる。


「そうかい」


 横からじゃ顔は見えなかったけど、その声音は後ろ向きじゃなかった。

 少しだけど、力になれたかな。

 私は見守ることしかできないけど……頑張れ、シム。


 ――逸る気持ちを落ち着けながら、待ちぼうけ。

 みんなで今か今かとエルグを待ち構える。

 思ったけど、こんな風に待ち伏せされてたら、エルグは戸惑うだろうなぁ。

 「何事でありますか!?」ってな感じで。


 ダンジョンはただ静かで、何者も拒まないような佇まいをしていた。

 ただでは入れないし、入ったら出られるか分からないのに。

 ぼんやり眺めていると、一色に染まった世界は、たまに恐ろしくなる。

 別の場所へ目線を泳がしたりして、時間を潰していた。


「来ねぇな、アヴェンのヤロー」

「…………やっぱ帰るか」

「あ!? てめッ、ペスカ――」


 待機中の気持ちの起伏で、シムが弱気に流れた、その時。

 盗賊王さんは機敏な動きで、ダンジョンのほうを視認した。


「……! 誰か来やがるぜッ!」


 その合図で、私たちは即座に身構える。

 いよいよエルグとの対面だ……!

 本当のことを、彼女に伝えないと!


 決定的な瞬間が近付いてくる。

 ダンジョンの中にいる人は、私たちの眼には見えない。

 だけど足音は次第に、こちらに近寄ってきた。


 決意と緊張に、ぐっと眼を見開くシム。

 そんな彼の肩を、私は両手で押さえた。


「大丈夫……! 上手くいくよっ!」

「……へ、へへ。期待しとくぜ」


 かくして、ダンジョンに舞っていたはなびらが、突風に吹かれる。

 吹き付ける魅惑の色に、私たちの視界は奪われた。

 眼を閉じて、次に開けると、そこには――


 見覚えのある、水色の短い髪。

 見慣れないマントを羽織って、懐かしい長剣を手に、涼しい顔で佇む男の子。

 キリっとした短めの眉と、少し釣り目気味な水色の眼。

 昔から愛用している、前をボタンでキッチリ閉じた青い服と、身軽そうな青いズボン。

 少し見ない間に、ちょっとだけ変わった顔付き……


 彼は、私を見た。

 そして口を開く。


「パトナ……お前、このダンジョンに用か?」


 現れたのはエルグじゃない。

 私の幼馴染であるトラフだ。


「トラフ!?」


 久しぶりに会ってしまった。

 ま、まさかこんなところで再開するなんて……


 たまにギルドとかで顔を見ることはあったけど、目の前にすると、一緒に旅立った時と雰囲気が違う。

 前はちょっと刺々しかったのが、今は頼りがいがありそうというか、男らしいというか。

 服に隠れてあまり目立たないけど、筋肉も逞しくなってる。


「く、クエストに来てたの?」

「ああ、ダンジョンボスの素材をな。手こずることはなかった」

「そ、そっか……さすが……」


 クールに剣をしまって、背負っていた織物を取り出す彼。

 見ると、それは白い着物……ダンジョンボスの魔物、“コダマ”の着物だ。


 それを見た瞬間、私はハッとした。


 コダマの着物を取ってくる依頼は、私たちも受けていたはずだ。

 このクエスト自体、あまりポピュラーな素材じゃないから、別の人が頼んでいたとも考えにくい。


 ということはつまり。

 トラフも同じクエストを受けてたってことだよ。


 私たちのパーティは、先を越されちゃったってこと?

 ……負けた!


「負けた!」

「遅いぜ、サンロード」

「え!? その発言、知ってるじゃん!」

「気が乗ったんだよ。たまにはこういう競争もいいな」

「わざと受けたね!?」


 してやったりと言った表情で、ゆっくり着物をしまうトラフ。

 どう考えても、サンロードがクエストを受けたって知ってた。

 わざと追い抜いたんだな、こいつー!


 真実を知った私は、トラフに復讐を決意した。

 ガーってなって、服に噛みつこうとした。

 すると、それを別の誰かに止められる。


「クエストは早い者勝ち!」

「うわぁっ!?」


 白くて細い手が、私の腕を引く。

 眼を向けると、腕を掴んでいたのは、一人の女の子だった。


 “春思う樹木(ネヴァーマインド)”に舞う花びらより、少し濃い色の髪。

 前髪は流して、後ろ髪は赤みがかったリボンでツインテールに纏められている。

 桃色の瞳に、細いけれど表情豊かに動く眉が、とても可愛らしい。


 女の子らしいブラウンのブラウスに身を包んだ、絵に描いたような美少女。

 そんな彼女は、私に身を寄せながら、いたずらっぽく笑う。


「僕たちのほうが早かったんだから、恨みっこなしだよ!」

「え、えっと……トラフのお仲間さんだよね?」

「そ! トラフと一緒に死線を潜り抜けた、パートナーとも呼べるべき存在だよ!」


 私から手を離すと、彼女は誇らしげな顔で胸を張った。

 そして、おもむろにトラフのほうを振り向くと、ウインクをする。


「ふふふ。紹介よろしく、トラフ!」

「ああ……えっと、彼女はティム・ローグだ。盗賊シーフで、俺のパーティのメンバーだ」

「うん、サイコーの自己紹介だ! 大好き、トラフ!」


 紹介されるや否や、彼女はトラフに抱き着いて――なんと、頬にキスをした。


 過激なスキンシップ!

 ど、どこに眼をやれば!?


「悪い……やめてくれ、ティム。少なくとも、パトナの前では……」

「なんで? 幼馴染だから? じゃあパトナちゃんに聞こう!」

「いや、なにを?」


 やりたい放題の彼女の眼が、また私を捉える。


「パトナちゃん! 僕とトラフについて、どう思う?」

「ど、どうって……その……」


 自由過ぎるよね、ティムちゃん。

 いきなり言われても、そんなの分からないよ。

 ていうかショッキングだよ、久しぶりに会った幼馴染に恋人が出来てるとか……


 困ってたら、またティムちゃんのほうから喋る。


「言葉にできないほどお似合いってことだよね?」


 解釈がポジティブ過ぎるよ。


 自由過ぎる彼女に振り回されてると、横からシムが口を出す。


「あー、つまり……お前らは幼馴染で、知り合いなんだな?」

「あ、うん。ごめんねシム、置いてけぼりにして」

「構わねェよ。ただ、エルグじゃなかったもんで、なけなしのアレが空回ってるだけだ」


 なけなしのアレってなんだろう。

 と、思いつつ、シムを見ると……彼は少し疲れた顔をしていた。

 どことなく、さっきより疲労しているように見える。


 そうだよね……シムは疲れるに決まってるよ。

 いつでも話せるようにって、心構えしてるんだもんね。

 うーん、できるだけ早く来てくれないかな、エルグ。


「パトナちゃん、その人だぁれ?」

「あ、この人は――」


 首を傾げるティムちゃんから尋ねられて、私はシムを紹介しようとした。

 その時、シムが自分から口を開く。


「俺はシム・ペスカだ。ある個人的な事情があって、ここで人を待ってる。パトナと向こうの女は、その個人的な事情に勝手についてきたヤジウマだ」


 私と盗賊王さんも、ついででダイナミックな紹介のされ方をされてしまった。 

 ヤジウマ扱いは酷いよね、間違ってないけど。


 それにしても、その自己紹介にすら、多少の憔悴が覗いていた。

 眉間に寄った皺が、彼の穏やかじゃない心中を表している。

 休んだほうが良さそうだ。


「シム、大丈夫? エルグはまだ来ないし、休んだほうが……」

「いや、いい。いつ来るか分からねェしな」


 木陰にでも座って、心を休めるように言っても、シムは首を振る。

 そして、具合の悪そうな顔で言葉を続けた。


「俺は今まで、散々逃げてきた。本当のことを言わずに、コソコソと過ごして……罪悪感よりも、臆病さが勝ってたんだよ」

「シム……」

「もうこんな生活はやめなきゃいけないことも、本当は前から分かってたんだ。今日、やっと決心がついた……無為にしたくはねェんだ」


 私が思っている以上に、彼の覚悟は決まっている。

 昨日、一度だけ言いそびれて、より固く結ばれた決意だ。

 少しの心労くらいで、易々と折れるものじゃない。


 シムの男らしいところを、私は初めて見た気がする。

 それに感動して、もっと応援しようとした。


 けど、その時。

 トラフたち以外、誰も現れていなかったダンジョンから、小さく声がした。


「――…………シム氏は、本当にリーダーなのでありますね?」


 聞き覚えのある声と口調。

 その存在に気付いた時、一気に体温が下がった。


 咄嗟に振り向く。

 最初に眼に入ったのは、額にある大きな傷と、不安定な表情。

 耳もとを隠す、緑色の髪――そこに立っていたのは、紛れもなくエルグだった。

この作品が気に入った方は、評価・感想・ブックマーク・いいねなど、応援よろしくお願いします。

そういった反響が、なによりも励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ